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転生勇者と魔剣編
第二十九話 王都ティマイオ(4)
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「……はあ!?」
スケイプの自己紹介に、ロイがすぐさま激昂した。
「ちょっと待て! 副団長は俺だぞ! どういうことだ!!」
今にもスケイプに掴みかからんとしていたので、定例通りラヴォワを除いた三人で止める。スケイプの方も、近衛騎士団の配下たちが壁となって立ちはだかる。
「馬鹿、お前落ち着けって!」
「馬鹿とはなんだ馬鹿とは! こいつ俺を差し置いて副団長だなんてふざけたこと抜かしやがって、ぶっ飛ばしてやる! アトール王国近衛騎士団の副団長はこの俺……!」
「だから落ち着け! 近衛騎士団って、お前今近衛騎士団にいないじゃねーか!」
「……ん?」
そう言われてやっと、ロイも制止する。三人がかりでもこの筋肉ダルマを抑えるのは大変だ、疲れてしまった。
「あのなあ……お前騎士団から離れて勇者パーティに参加してるんだから、近衛騎士団の仕事なんか出来んだろ。そりゃ、副団長新しいの立てたりするの当然だよ」
「あ……ええと……」
筋肉馬鹿と揶揄されるこの男、脳がこちらの言葉を認識するまで時間がかかるようだ。少しの間ボケっとしていたが、脳が理解したらしく突然「いやいやいや!」と首と手のひらを横に振りまくった。
「聞いてない! 聞いてないぞそんな話っ! 副団長を変更するなんて、俺に話があって当然だろ!」
「それは貴方が聞いていなかったか、団長が言いそびれただけではないですかね。私は単に副団長の地位を与えられただけですので存じませんが」
混乱したロイに冷水のようなスケイプの投げやりな台詞が浴びせられる。そんなことあるのかと問いたかったが、ロイが「いや、あの団長ならあるいは……」などと呟き出していた。団長は相当のアホなのだろうか。
――しかし、副団長ねえ。
ふとレッドは、スケイプの方を見やる。
着ているのはロイと同じデザインの鎧ではあるが、何分体格が違い過ぎるので別物に見えてしまう。筋肉ダルマと揶揄されるほどの大男と、鍛えているとはいえどこか華奢な優男では当たり前ではあるが、鎧に着られている感が激しい。
いや――単純な体格の問題ではない。本人から感じられる迫力というか精神力というか、戦士としての風格というものが全く備わっていない。あって十五歳程度の年齢差だが、本当に大人と子供にしか見えなかった。
当然だろう。前に聞いたが、ロイは幼い頃から少年兵として多くの戦いに参加し、アックス一本でいくつもの功績を得た叩き上げの英雄。
対してスケイプは、レッドは直前に旅へ出てしまったので分からないが、卒業してせいぜいが三か月くらいしか経っていないはず。王都と国王を守護する役目を担っている近衛騎士団では、実戦経験すら無いかもしれない。格が違い過ぎるのが普通なのだ。
そんな素人同然の人間が、副団長なんてやっているのが異常なのだ。
――どう考えたってコネだよなあ。
ジト目で睨みつける。スケイプはこちらの視線に気付いていないのか、顔を合わせたりはしなかった。
卒業後は騎士になると周囲に豪語し鍛え上げていたとはいえ、まさかそんな剣の達人というわけではあるまい。確かに学園では天才だなんて周囲が囃し立ててはいたものの、それはあくまで学生レベルの話、それと世辞でしかない。ましてや、近衛騎士団になんぞ入れる方が異常だ。
本人もそこまで馬鹿では無いから理解していると思うが、もしかしたらこの不機嫌な態度はその辺もあるのかもしれない。だとしたらいい迷惑だが。
まあそんなことは関係無いかと思い、話を戻させる。
「まあそこはいいとして、そちらの第三王女様はどうしてあのようなところに居られたのでしょうか?」
「ああ、こいつはな、時々ああしてスラム街に入って、炊き出しやら無償での怪我や病気の治療を行うのだよ。ボランティア、とか言ってたか? まったく馬鹿馬鹿しい。あんな連中を生かして何の得があるというのだ」
まさに吐き捨てるような台詞に、先ほど同様珍しくアレンの機嫌が悪くなる。同胞でもある亜人たちもいるスラム街の人々を、ゴミのように扱われては当然だろう。
ベル自身も、そんなあまりに冷徹な兄の言葉を怯えつつも咎めようとする。
「そんな……お兄様、あの人たちだって人間よ! それに亜人の人たちとは、同盟を組むんだって……!」
「それはマガラニ同盟国という国との同盟でしかない。個々人の亜人となんの関係があるものか。それに同盟など、所詮は建前に過ぎん。あのような醜いケダモノと真に手を組むことなどあるものか。お前もくだらん奉仕などしてないで、世の事を知るべきだな」
――その亜人の代表が、目の前にいるんだけど……
レッドは呆れどころか泣きたくなってきた。全然変わってないどころか、より悪化している。建前というものを理解して無いのはどっちだと口に出すのを堪えていた。
そんなことをしていると、言い争っていた広間に、新たに人が入ってきた。
「何をしてらっしゃるのです、あなたたちは」
何人ものメイドたちを引きつれて歩いてきたのは、緑髪にグレーの瞳をした、煌びやかに拵えられた華美なドレスを纏った女性だった。
「……!!」
彼女の姿を一目見たレッドは、慌てて敬礼する。他の三人も、スケイプ以外の近衛騎士団の兵も同様に行う。出遅れたアレンも、急いでそれに倣った。
アレンも四~五か月前に一度見たきりだから忘れているのだろう。
この妙齢の女性の名はカトリア・クリティアス。
スケイプやベルの母にして、この国の王妃であると。
「あなたたち、このような場所で、しかも勇者様たちを立たせてまでなにをしてらっしゃるのかしら?」
「お母様、これは……!」
「口答えは無用です!」
びしっ、と扇子を前に突き出し抗弁しようとしたスケイプを制する。流石に王妃だけあって所作や言葉一つ一つに人を従わせる力があるような気がした。
「あなたはベルの保護と勇者様の迎えを指示されたはず。それだというのに、こんなところで油を売っているとはどういうことです? あなたも騎士になったのであれば、自覚というものを持ちなさい」
「……はっ。王妃様」
打ちのめされたスケイプは膝をつき、改めて従者としての敬礼を行った。身分差別が酷い男だが、だからこそ自分より上の身分に逆らうほどアホではないようだ。
膝をついたスケイプを一瞥すると、次はその瞳をベルに向けた。
「あなたもです、ベル。あのようなところへ行くのはお止めなさいと何度言えば分かるのです?」
「お母様、でもあの人たちは……!」
「あなた一人に出来る施し程度で、本当に彼らを救えると思っているのですか?」
そう言うと黙ってしまった。あまりにも冷徹な言い様だが、間違っていない。レッドも同意した。
「あなたのしていることなど、所詮浅はかな自己満足に過ぎません。王族の役目も放棄して遊んでいるだけです。本当に世の人のためなど考えているのなら、その甘い考えを捨てるべきですね」
あまりにもバッサリ言い捨てられてしまい、第三王女は絶望したような表情で項垂れてしまう。見かねたアレンが肩を抱こうとしたが、近衛兵が近づけまいとする。
そんなやり取りは無視して、王妃はレッドたちの前に立つと、恭しく頭を下げた。
「え!?」
これにはレッドも他のメンバーも仰天した。この国で二番目に偉い立場である王妃が頭を下げるなんて、あり得ない光景である。
「勇者様方、本日はわざわざお越しいただいたというのに、愚かな息子たちがご迷惑をおかけして申し訳ありません。彼らの母として、この国の王妃として謝罪いたします」
「い、いえ、顔をお上げください! 迷惑など感じておりませんから!」
そう慌てて答えると、顔を上げた王妃はこう告げた。
「ありがとうございます。それでは、陛下がお待ちしております、すぐにお越しくださいませ」
「え、陛下?」
レッドは思わず聞き返してしまった。何の話だと思っていたら、王妃に怪訝な顔をされた。
「あら、愚息から聞いていなかったかしら――いえ、そういえば話しませんでしたね。近衛騎士団にも一部しか知らせていない話ですから」
「な、お母……王妃様、どういう事です!? いったい何を……!」
スケイプは動揺していた。自分の知らない所で何か動いていたということに気が気でないようだ。
「――そうですね、スケイプ。あなたはもう近衛騎士団の一員、そろそろ知るべきでしょう。ベル、あなたは自室に戻りなさい」
王妃にそう命じられ、ベルは頭を下げると駆け足で去っていった。
そんな彼女に目をくれずに、王妃はその場にいた皆に告げる。
「それでは参りましょう。陛下も含め皆が揃っているはずです。勇者様方をお連れした理由はそちらで話します」
***
通されたのは謁見の間ではなく、少し外れた場所にある長テーブルが置かれた部屋だった。少し調度品がある程度で、華美さや派手さは一切ない。
普段は会議にでも使っているのだろう部屋で、王妃やレッドたちを待っていたのは国王陛下だけではなかった。
政務を勤めているであろう大臣などの文官、見ただけで将軍クラスだと分かる鎧を着た武官。そんなメンバーが何人も揃っていた。
その中には、ロイやスケイプと同じく近衛騎士団専用の鎧を着こんだ初老の男がいた。金髪碧眼であるため王族の血統を持つ大貴族かもしれないが、傷だらけの顔に右目は眼帯をしており、金髪も短く刈り揃えられていて、陛下含む王族やレッドとは全然印象が違った。
「団長……!」
と言ってロイが怒りのまま詰め寄ろうとしたが、周りの近衛兵たちがせき止めたため、やはりあの男が近衛騎士団団長らしかった。
「どういうことです団長、なんで副団長が俺じゃなくてこいつに……!」
「その話がしたければ後にしろ、ロイ。今はそんな事を話している場合ではないのだ」
そう左目だけで睨み付けると、ロイも黙りこくってしまう。流石は近衛騎士団の団長である。迫力が違った。
そんなやり取りをよそに、陛下がわざわざ立ち上がってこちらに声をかけてきた。
「よくぞ戻られた、勇者様ご一行よ。諸君の世界各地での活躍、私も誇らしく聞いておったぞ」
「い、いえ、勿体お言葉です陛下!」
そう再び敬礼する。一応礼はすることは出来たが、レッドは混乱していた。
なんで休暇を申請して指示された通り来ただけなのに、国の文官武官問わず重鎮が集まっているのだろうか? 理解できなかったのは、他の四人も一緒だったろう。
「あの、陛下。恐れながらお聞きしても宜しいでしょうか」
そう尋ねると、質問されることは分かっていたのだろう、はいともいいえとも言わずに、ふっと笑いかけると、
「混乱させてすまない。しかし、これはとても重要かつ極秘の事なのだ。だからこそ、こんなやり方で呼ばざるを得なかった。騙すような真似をして、すまないと思っている」
「い、いえそんな、陛下に謝罪されるようなことなど! しかし、これはいったいどういう……」
「結論から言えば、あなたがたに休暇を取らせるため王国へ戻ってもらったというのは嘘、ということです」
そんな国王とレッドの話に、割って入ってきた者がいた。
レッドはその声を聞いた途端、ぞくっと全身に悪寒が走った。
声の方へ振り向くと、今まで着席していた者たちとは別に、新たな人間が部屋に入ってきていた。
彼らはラルヴァ教の神官たちだった。三人のうち二人は、ラルヴァ教の神官服の特徴である白を基調としているが、それぞれ金や銀など華美な刺繡の付いた特別な服。それぞれフードで顔を隠しており、一人は眼鏡をかけた女性だとかろうじて分かる程度だった。
そしてその二人を付き従えて現れたのは、ラルヴァ教のナンバー2を意味している山吹色の神官服を着た、目を布で覆った美少年のエルフである。
――ゲイリー・ライトニング……ッ!
そう。現れたのは、レッドにとって憎むべき敵、ゲイリー・ライトニング枢機卿長だったのだ。
驚愕しているレッドをよそに、枢機卿長は皆に笑いかけ、
「陛下、そして皆さま。遅れて申し訳ありません。世界の命運を左右する大事な会合だというのに、こちらの都合で間に合わずお詫びいたします」
「構わん。そちらにもだいぶ苦労をさせてしまっているのだ。この程度で教会の献身を疑ったりなどせんよ」
「お心遣い、感謝いたします。では、会合を始めましょう。ですが、その前に……」
すると、枢機卿長は立ちっぱなしのレッドに向かうと、
「とりあえず、席についてお茶としましょうか」
そう言って着席するよう促した。
言われるままレッドたちやスケイプなどが座ると、伺ったようなタイミングで紅茶が運ばれてくる。赤みが強く、爽やかな香りがする紅茶だった。
枢機卿長はその紅茶を少し嗅いで、香りを楽しみ終わると一口含む。「はあ……」と感嘆の息を漏らすと、
「やはり、パシフィカ帝国産は香りと味のバランスが良いですね。少し癖の強いところもありますが、それが特徴として個性を引き出していて……」
などと感想を述べ始めた。何か話が長くなりそうだと思ったのか、国王が咳ばらいを一つすると、「おっと、失礼しました」とカップを降ろす。
そうして今度は、テーブルをはさんで自分の正面に座ったレッドと勇者パーティに対して語り出した。
「さて、何から語りましょうか、勇者様」
そうこちらに問いかける枢機卿長は、明らかにこの場の支配者だった。
陛下もいるというのに、この会合を仕切っている。むしろ、陛下など付け添えに過ぎないと無言で言っているようなものだ。
何か嫌なものを感じたレッドだったが、それを正直に尋ねることは出来ず、とりあえず最初の疑問を口にした。
「では恐れながら――どういうことなのですか? 我々に休暇を取らせるというのは嘘であるとは」
「そうですね。まあ簡単に言いますと、あなたがたに今すぐこちらに来て欲しかったのです。しかも秘密裏に。そのため、こんな騙す形でお呼びせざるを得なかった、というわけです。それに関して謝罪いたします。申し訳ありませんでした」
そう言って頭を下げる。頭を下げられたのはいいとしても、まだ何も分かっていなかった。
「なるほど、そうでしたか。しかし……そこまでして我々を呼び戻したかった理由とは何なのです? しかも誰にも表向きの理由を知らせずに」
「私としても不本意でしたが……事が事だけに、そうするしか無かったのです。もし世間に知られれば大変なことになりますから」
それだけ言うと、また紅茶を一口含める。ひとしきり味を堪能したところで、
「ベヒモスが復活します」
と一言言い切った。
スケイプの自己紹介に、ロイがすぐさま激昂した。
「ちょっと待て! 副団長は俺だぞ! どういうことだ!!」
今にもスケイプに掴みかからんとしていたので、定例通りラヴォワを除いた三人で止める。スケイプの方も、近衛騎士団の配下たちが壁となって立ちはだかる。
「馬鹿、お前落ち着けって!」
「馬鹿とはなんだ馬鹿とは! こいつ俺を差し置いて副団長だなんてふざけたこと抜かしやがって、ぶっ飛ばしてやる! アトール王国近衛騎士団の副団長はこの俺……!」
「だから落ち着け! 近衛騎士団って、お前今近衛騎士団にいないじゃねーか!」
「……ん?」
そう言われてやっと、ロイも制止する。三人がかりでもこの筋肉ダルマを抑えるのは大変だ、疲れてしまった。
「あのなあ……お前騎士団から離れて勇者パーティに参加してるんだから、近衛騎士団の仕事なんか出来んだろ。そりゃ、副団長新しいの立てたりするの当然だよ」
「あ……ええと……」
筋肉馬鹿と揶揄されるこの男、脳がこちらの言葉を認識するまで時間がかかるようだ。少しの間ボケっとしていたが、脳が理解したらしく突然「いやいやいや!」と首と手のひらを横に振りまくった。
「聞いてない! 聞いてないぞそんな話っ! 副団長を変更するなんて、俺に話があって当然だろ!」
「それは貴方が聞いていなかったか、団長が言いそびれただけではないですかね。私は単に副団長の地位を与えられただけですので存じませんが」
混乱したロイに冷水のようなスケイプの投げやりな台詞が浴びせられる。そんなことあるのかと問いたかったが、ロイが「いや、あの団長ならあるいは……」などと呟き出していた。団長は相当のアホなのだろうか。
――しかし、副団長ねえ。
ふとレッドは、スケイプの方を見やる。
着ているのはロイと同じデザインの鎧ではあるが、何分体格が違い過ぎるので別物に見えてしまう。筋肉ダルマと揶揄されるほどの大男と、鍛えているとはいえどこか華奢な優男では当たり前ではあるが、鎧に着られている感が激しい。
いや――単純な体格の問題ではない。本人から感じられる迫力というか精神力というか、戦士としての風格というものが全く備わっていない。あって十五歳程度の年齢差だが、本当に大人と子供にしか見えなかった。
当然だろう。前に聞いたが、ロイは幼い頃から少年兵として多くの戦いに参加し、アックス一本でいくつもの功績を得た叩き上げの英雄。
対してスケイプは、レッドは直前に旅へ出てしまったので分からないが、卒業してせいぜいが三か月くらいしか経っていないはず。王都と国王を守護する役目を担っている近衛騎士団では、実戦経験すら無いかもしれない。格が違い過ぎるのが普通なのだ。
そんな素人同然の人間が、副団長なんてやっているのが異常なのだ。
――どう考えたってコネだよなあ。
ジト目で睨みつける。スケイプはこちらの視線に気付いていないのか、顔を合わせたりはしなかった。
卒業後は騎士になると周囲に豪語し鍛え上げていたとはいえ、まさかそんな剣の達人というわけではあるまい。確かに学園では天才だなんて周囲が囃し立ててはいたものの、それはあくまで学生レベルの話、それと世辞でしかない。ましてや、近衛騎士団になんぞ入れる方が異常だ。
本人もそこまで馬鹿では無いから理解していると思うが、もしかしたらこの不機嫌な態度はその辺もあるのかもしれない。だとしたらいい迷惑だが。
まあそんなことは関係無いかと思い、話を戻させる。
「まあそこはいいとして、そちらの第三王女様はどうしてあのようなところに居られたのでしょうか?」
「ああ、こいつはな、時々ああしてスラム街に入って、炊き出しやら無償での怪我や病気の治療を行うのだよ。ボランティア、とか言ってたか? まったく馬鹿馬鹿しい。あんな連中を生かして何の得があるというのだ」
まさに吐き捨てるような台詞に、先ほど同様珍しくアレンの機嫌が悪くなる。同胞でもある亜人たちもいるスラム街の人々を、ゴミのように扱われては当然だろう。
ベル自身も、そんなあまりに冷徹な兄の言葉を怯えつつも咎めようとする。
「そんな……お兄様、あの人たちだって人間よ! それに亜人の人たちとは、同盟を組むんだって……!」
「それはマガラニ同盟国という国との同盟でしかない。個々人の亜人となんの関係があるものか。それに同盟など、所詮は建前に過ぎん。あのような醜いケダモノと真に手を組むことなどあるものか。お前もくだらん奉仕などしてないで、世の事を知るべきだな」
――その亜人の代表が、目の前にいるんだけど……
レッドは呆れどころか泣きたくなってきた。全然変わってないどころか、より悪化している。建前というものを理解して無いのはどっちだと口に出すのを堪えていた。
そんなことをしていると、言い争っていた広間に、新たに人が入ってきた。
「何をしてらっしゃるのです、あなたたちは」
何人ものメイドたちを引きつれて歩いてきたのは、緑髪にグレーの瞳をした、煌びやかに拵えられた華美なドレスを纏った女性だった。
「……!!」
彼女の姿を一目見たレッドは、慌てて敬礼する。他の三人も、スケイプ以外の近衛騎士団の兵も同様に行う。出遅れたアレンも、急いでそれに倣った。
アレンも四~五か月前に一度見たきりだから忘れているのだろう。
この妙齢の女性の名はカトリア・クリティアス。
スケイプやベルの母にして、この国の王妃であると。
「あなたたち、このような場所で、しかも勇者様たちを立たせてまでなにをしてらっしゃるのかしら?」
「お母様、これは……!」
「口答えは無用です!」
びしっ、と扇子を前に突き出し抗弁しようとしたスケイプを制する。流石に王妃だけあって所作や言葉一つ一つに人を従わせる力があるような気がした。
「あなたはベルの保護と勇者様の迎えを指示されたはず。それだというのに、こんなところで油を売っているとはどういうことです? あなたも騎士になったのであれば、自覚というものを持ちなさい」
「……はっ。王妃様」
打ちのめされたスケイプは膝をつき、改めて従者としての敬礼を行った。身分差別が酷い男だが、だからこそ自分より上の身分に逆らうほどアホではないようだ。
膝をついたスケイプを一瞥すると、次はその瞳をベルに向けた。
「あなたもです、ベル。あのようなところへ行くのはお止めなさいと何度言えば分かるのです?」
「お母様、でもあの人たちは……!」
「あなた一人に出来る施し程度で、本当に彼らを救えると思っているのですか?」
そう言うと黙ってしまった。あまりにも冷徹な言い様だが、間違っていない。レッドも同意した。
「あなたのしていることなど、所詮浅はかな自己満足に過ぎません。王族の役目も放棄して遊んでいるだけです。本当に世の人のためなど考えているのなら、その甘い考えを捨てるべきですね」
あまりにもバッサリ言い捨てられてしまい、第三王女は絶望したような表情で項垂れてしまう。見かねたアレンが肩を抱こうとしたが、近衛兵が近づけまいとする。
そんなやり取りは無視して、王妃はレッドたちの前に立つと、恭しく頭を下げた。
「え!?」
これにはレッドも他のメンバーも仰天した。この国で二番目に偉い立場である王妃が頭を下げるなんて、あり得ない光景である。
「勇者様方、本日はわざわざお越しいただいたというのに、愚かな息子たちがご迷惑をおかけして申し訳ありません。彼らの母として、この国の王妃として謝罪いたします」
「い、いえ、顔をお上げください! 迷惑など感じておりませんから!」
そう慌てて答えると、顔を上げた王妃はこう告げた。
「ありがとうございます。それでは、陛下がお待ちしております、すぐにお越しくださいませ」
「え、陛下?」
レッドは思わず聞き返してしまった。何の話だと思っていたら、王妃に怪訝な顔をされた。
「あら、愚息から聞いていなかったかしら――いえ、そういえば話しませんでしたね。近衛騎士団にも一部しか知らせていない話ですから」
「な、お母……王妃様、どういう事です!? いったい何を……!」
スケイプは動揺していた。自分の知らない所で何か動いていたということに気が気でないようだ。
「――そうですね、スケイプ。あなたはもう近衛騎士団の一員、そろそろ知るべきでしょう。ベル、あなたは自室に戻りなさい」
王妃にそう命じられ、ベルは頭を下げると駆け足で去っていった。
そんな彼女に目をくれずに、王妃はその場にいた皆に告げる。
「それでは参りましょう。陛下も含め皆が揃っているはずです。勇者様方をお連れした理由はそちらで話します」
***
通されたのは謁見の間ではなく、少し外れた場所にある長テーブルが置かれた部屋だった。少し調度品がある程度で、華美さや派手さは一切ない。
普段は会議にでも使っているのだろう部屋で、王妃やレッドたちを待っていたのは国王陛下だけではなかった。
政務を勤めているであろう大臣などの文官、見ただけで将軍クラスだと分かる鎧を着た武官。そんなメンバーが何人も揃っていた。
その中には、ロイやスケイプと同じく近衛騎士団専用の鎧を着こんだ初老の男がいた。金髪碧眼であるため王族の血統を持つ大貴族かもしれないが、傷だらけの顔に右目は眼帯をしており、金髪も短く刈り揃えられていて、陛下含む王族やレッドとは全然印象が違った。
「団長……!」
と言ってロイが怒りのまま詰め寄ろうとしたが、周りの近衛兵たちがせき止めたため、やはりあの男が近衛騎士団団長らしかった。
「どういうことです団長、なんで副団長が俺じゃなくてこいつに……!」
「その話がしたければ後にしろ、ロイ。今はそんな事を話している場合ではないのだ」
そう左目だけで睨み付けると、ロイも黙りこくってしまう。流石は近衛騎士団の団長である。迫力が違った。
そんなやり取りをよそに、陛下がわざわざ立ち上がってこちらに声をかけてきた。
「よくぞ戻られた、勇者様ご一行よ。諸君の世界各地での活躍、私も誇らしく聞いておったぞ」
「い、いえ、勿体お言葉です陛下!」
そう再び敬礼する。一応礼はすることは出来たが、レッドは混乱していた。
なんで休暇を申請して指示された通り来ただけなのに、国の文官武官問わず重鎮が集まっているのだろうか? 理解できなかったのは、他の四人も一緒だったろう。
「あの、陛下。恐れながらお聞きしても宜しいでしょうか」
そう尋ねると、質問されることは分かっていたのだろう、はいともいいえとも言わずに、ふっと笑いかけると、
「混乱させてすまない。しかし、これはとても重要かつ極秘の事なのだ。だからこそ、こんなやり方で呼ばざるを得なかった。騙すような真似をして、すまないと思っている」
「い、いえそんな、陛下に謝罪されるようなことなど! しかし、これはいったいどういう……」
「結論から言えば、あなたがたに休暇を取らせるため王国へ戻ってもらったというのは嘘、ということです」
そんな国王とレッドの話に、割って入ってきた者がいた。
レッドはその声を聞いた途端、ぞくっと全身に悪寒が走った。
声の方へ振り向くと、今まで着席していた者たちとは別に、新たな人間が部屋に入ってきていた。
彼らはラルヴァ教の神官たちだった。三人のうち二人は、ラルヴァ教の神官服の特徴である白を基調としているが、それぞれ金や銀など華美な刺繡の付いた特別な服。それぞれフードで顔を隠しており、一人は眼鏡をかけた女性だとかろうじて分かる程度だった。
そしてその二人を付き従えて現れたのは、ラルヴァ教のナンバー2を意味している山吹色の神官服を着た、目を布で覆った美少年のエルフである。
――ゲイリー・ライトニング……ッ!
そう。現れたのは、レッドにとって憎むべき敵、ゲイリー・ライトニング枢機卿長だったのだ。
驚愕しているレッドをよそに、枢機卿長は皆に笑いかけ、
「陛下、そして皆さま。遅れて申し訳ありません。世界の命運を左右する大事な会合だというのに、こちらの都合で間に合わずお詫びいたします」
「構わん。そちらにもだいぶ苦労をさせてしまっているのだ。この程度で教会の献身を疑ったりなどせんよ」
「お心遣い、感謝いたします。では、会合を始めましょう。ですが、その前に……」
すると、枢機卿長は立ちっぱなしのレッドに向かうと、
「とりあえず、席についてお茶としましょうか」
そう言って着席するよう促した。
言われるままレッドたちやスケイプなどが座ると、伺ったようなタイミングで紅茶が運ばれてくる。赤みが強く、爽やかな香りがする紅茶だった。
枢機卿長はその紅茶を少し嗅いで、香りを楽しみ終わると一口含む。「はあ……」と感嘆の息を漏らすと、
「やはり、パシフィカ帝国産は香りと味のバランスが良いですね。少し癖の強いところもありますが、それが特徴として個性を引き出していて……」
などと感想を述べ始めた。何か話が長くなりそうだと思ったのか、国王が咳ばらいを一つすると、「おっと、失礼しました」とカップを降ろす。
そうして今度は、テーブルをはさんで自分の正面に座ったレッドと勇者パーティに対して語り出した。
「さて、何から語りましょうか、勇者様」
そうこちらに問いかける枢機卿長は、明らかにこの場の支配者だった。
陛下もいるというのに、この会合を仕切っている。むしろ、陛下など付け添えに過ぎないと無言で言っているようなものだ。
何か嫌なものを感じたレッドだったが、それを正直に尋ねることは出来ず、とりあえず最初の疑問を口にした。
「では恐れながら――どういうことなのですか? 我々に休暇を取らせるというのは嘘であるとは」
「そうですね。まあ簡単に言いますと、あなたがたに今すぐこちらに来て欲しかったのです。しかも秘密裏に。そのため、こんな騙す形でお呼びせざるを得なかった、というわけです。それに関して謝罪いたします。申し訳ありませんでした」
そう言って頭を下げる。頭を下げられたのはいいとしても、まだ何も分かっていなかった。
「なるほど、そうでしたか。しかし……そこまでして我々を呼び戻したかった理由とは何なのです? しかも誰にも表向きの理由を知らせずに」
「私としても不本意でしたが……事が事だけに、そうするしか無かったのです。もし世間に知られれば大変なことになりますから」
それだけ言うと、また紅茶を一口含める。ひとしきり味を堪能したところで、
「ベヒモスが復活します」
と一言言い切った。
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