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転生勇者と魔剣編
第二十六話 王都ティマイオ(1)
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「じゃあ行ってくるよ。次帰るのはいつか分からんが、まあ、仲良くやれよ?」
「――承知しました。レッド様もお気をつけて」
アリーヤ含めたメイドたちのお辞儀を背に、レッドたちは屋敷を出て出発した。
向かうはカーティス領における唯一の目立つ物と言っていい、ワイバーンの停泊地であった。
馬車を使えば五日はかかるが、ワイバーンで出発すれば今日中には、王都ティマイオに到着出来る予定である。
「……レッド。子供の頃からあそこで生活してたの?」
そんな道中で、ふとラヴォワが尋ねてきた。
「ん? ああ、基本的にはあの屋敷で生活してたな。勿論必要な時は王都の別邸にもいたけどさ」
「あら、アトール王国の大貴族は王都で暮らすのが普通だって聞いたけど?」
そうマータが口をはさんでくる。相変わらず耳聡いとレッドは感心してしまう。
「まあな。多分こんなに本家で暮らしてるのは俺くらいだろ。辺境での職務に従事してなきゃな」
「そういえば俺の父も王都に住みたいとよく言っていたな……でもどうしてお前は住まないんだ?」
「いや別に理由がある訳じゃ……そうだな、どうにも馴染めなかったんだな、王都というか別邸での暮らしに。だから距離を置くようにここに来てただけさ」
なんて言葉で誤魔化しておいた。実際別邸暮らしが好きになれない理由はレッド自身不明だったが、前回の記憶を取り戻した今では、あそこで家族や使用人たちに殺されかけた経験が、頭の片隅にあったからだと理解できた。が、それを説明するわけにもいかない。
「ま、昨日も言ったが放っておかれる貴族の三男坊だからな。結構好き勝手やっても許されるもんさ。ま、甘やかされたというか相手にされてなかったって言うか」
「羨ましいわねえ。自分の屋敷持って好き放題遊び放題なんて。代わってもらいたいくらいよ」
「ちょっ、ちょっとマータさん失礼ですよっ」
「構わんよ。ロクデナシのボンボンだって自覚はあるさ」
笑ってそう答える。前回の時も今回の時も、多少の差異はあろうが自分が典型的な貴族の馬鹿息子であることは変わりない、とレッド自身思っていることだ。そんなことで立つ腹は持っていなかった。
すると、くいと左の袖を引っ張られる感覚がした。
「を?」
何かと思って振り返ると、ラヴォワが袖をつまんで引っ張っていた。
「ラヴォワ?」
どうかしたのかと思って聞いてみると、少しの間黙っていたラヴォワだったが、
「……居心地良かったの、あの家が?」
なんて質問を寄越してきた。
「……どうだかな」
レッドはそう答える。
確かに王都よりマシと思って過ごしてきたが、好きだったかと言われると微妙だ。特にあの一斉解雇の時に亜人を入れてから、屋敷の空気が悪くなったこと自体はレッドも気付いていた。何も言わなかったのは、言っても仕方ないと判断していたからだ。仮にレッドが人族側に苦言を呈しても、逆に亜人族側の肩を持っても、より状況は悪化したろう。
だから、ちょっと注意するくらいで留めておいた。向こうでどうにかするのを待つしかないと思っていたが――正しい判断だった自信は無い。しかし、今更間違いを正す方法は、思いつかなかった。
「……そう」
とだけ言うとまた黙ってしまった。どういった意図で質問したのか理解できなかったが、大した理由は無かったのかもしれない。
何なんだろうか、と疑問に感じていたところ、レッドはアレンの様子がおかしいのに気付いた。
「――アレン? なんだ、どうかしたか?」
「え!? い、いえいえ勇者様! 僕は全然元気です!」
ややオーバーなリアクションをしつつ何でもないと言い張るアレン。最近この会話いくつしたろうかとレッドは考える。
何か隠しているか悩んでいるかは明白なのだが、何しろ絶対口を開かないためどうしようもなかった。意外に頑固なアレンの事だから、喋らないと決めたら絶対喋らないだろう。
どうしたものかと思っていたら、いつの間にかワイバーンの停泊地に辿り着いていた。広々とした土地に専門の厩舎が建てられている。数はそれほど多いわけではないが、ここがカーティス領地で本家屋敷を除けば、唯一目立つ場所だ。
勝手知ったる様子でレッドが四人を引きつれて中に入ると、荷車を押していた農民がこちらに気付く。ボサボサの白い髭をたくわえた、この厩舎の管理を長年しているサーブ爺さんである。
「これはこれはレッド様。もうお行きになるのですか?」
「ああ。来たばっかりだけどね。今日も頼むよ」
「畏まりました。レッド様にはいつものあいつが待ってますよ」
「うん? あいついるのか。そりゃいいや、乗せてくれ」
「わかりました。すぐお持ちしますね」
そう言ってサーブ爺さんは厩舎へ入っていく。
「なによレッド、あいつって」
「ああ、別に大したもんじゃないよ。昔馴染みみたいなもんだ」
そんな風に軽く流す。四人が疑問を抱いていると、やがてサーブ爺さんが戻ってきた。
五匹のワイバーンと、四人の竜騎士を連れて。竜騎士とは本来ワイバーンに騎乗して戦う騎士の事だが、ワイバーン乗りを示す慣用句として使われることも多い。
その内の一匹、基本的に灰色一色であるワイバーンの中で、尖った耳の部分が少し赤みがかっている個体にレッドが近寄り、首の部分をさする。
「ようグレン、元気にしてたか?」
そう言って撫で続けると、グレンはグルルと小さく吠える。
「勇者様、そのワイバーンは?」
「うん、グレンてんだ。ここで生まれたワイバーンで、名前は俺が付けた。ま、昔馴染みみたいもんだな」
ワイバーンの寿命は三十年くらいであり、だいたい五年もすれば人が乗れるようになる。このグレンというワイバーンは十年ほど前に生まれ、少し赤色を含んだのが気に入って自分で名前を付けさせてもらったのだ。
以来乗れるようになってからちょくちょく乗っていたのだが、その利用方法上いつも同じ停泊地にいるわけではないワイバーンの都合上、移動の際常に乗ることは出来ず、今回もこちらへ来る際は不在だったため別のワイバーンを使った。今日はたまたま戻ってきていたらしい。
「それじゃいつも通り使わせてもらうよ。爺さんも元気でな」
「ありがとうございます。レッド様もどうかお元気で。またお会いしましょう」
「はは、どうかな。あんま帰ってきて欲しくないんじゃないの?」
「何を仰います。レッド様に帰ってきて欲しい者などこの地にはおりませんよ」
「あっはっはっはっは! ……は?」
「は?」
二人は硬直する。
サーブ爺さんが慌てだして「いやいや違います! 帰ってきて欲しくない者はと言いたかったので……!」なんて言い出したが、無視してそのまま乗り込むことにした。皆にもそう指示する。
他の四人はワイバーンに竜騎士と一緒に乗り込んだが、レッドはグレンに一人で乗った。
「なに、あんた一人でワイバーン乗れるの?」
「いや、あんまり長距離は無理だけどね。王都程度なら余裕だよ。こいつは乗り慣れてるしな」
そう言って、鐙にしっかり足を入れると手綱を絞った。
グレンはその羽を羽ばたかせ、ゆっくりと空へ浮かんでいく。
他の四匹のワイバーンもそれに倣うと、勇者パーティは王都へ向けて飛んでいった。
――やっぱ好きだな。この感じは。
グレンの背に乗り空を飛びながら、レッドはそんな思いに更けていた。
実を言うと頻繁に本家屋敷に戻っていたのは、このワイバーンに乗りたかったというのもある。停泊地の方で都合が悪かったり、自分の調子が悪い時は馬車に乗っていたが、それ以外ではワイバーンで行き来していた。前回の時はワイバーンが怖くて全然乗った事が無かったが、今回のレッドは違った。
この空を飛んで、風を切る感覚がたまらなく好きなのだ。
人の手が届かないような遠い場所で、誰からも何からも自由でいられる。そんな感覚。
それが幻想だと分かっていても、今だけはその幻想に浸りたい。そう想いながら。
「――承知しました。レッド様もお気をつけて」
アリーヤ含めたメイドたちのお辞儀を背に、レッドたちは屋敷を出て出発した。
向かうはカーティス領における唯一の目立つ物と言っていい、ワイバーンの停泊地であった。
馬車を使えば五日はかかるが、ワイバーンで出発すれば今日中には、王都ティマイオに到着出来る予定である。
「……レッド。子供の頃からあそこで生活してたの?」
そんな道中で、ふとラヴォワが尋ねてきた。
「ん? ああ、基本的にはあの屋敷で生活してたな。勿論必要な時は王都の別邸にもいたけどさ」
「あら、アトール王国の大貴族は王都で暮らすのが普通だって聞いたけど?」
そうマータが口をはさんでくる。相変わらず耳聡いとレッドは感心してしまう。
「まあな。多分こんなに本家で暮らしてるのは俺くらいだろ。辺境での職務に従事してなきゃな」
「そういえば俺の父も王都に住みたいとよく言っていたな……でもどうしてお前は住まないんだ?」
「いや別に理由がある訳じゃ……そうだな、どうにも馴染めなかったんだな、王都というか別邸での暮らしに。だから距離を置くようにここに来てただけさ」
なんて言葉で誤魔化しておいた。実際別邸暮らしが好きになれない理由はレッド自身不明だったが、前回の記憶を取り戻した今では、あそこで家族や使用人たちに殺されかけた経験が、頭の片隅にあったからだと理解できた。が、それを説明するわけにもいかない。
「ま、昨日も言ったが放っておかれる貴族の三男坊だからな。結構好き勝手やっても許されるもんさ。ま、甘やかされたというか相手にされてなかったって言うか」
「羨ましいわねえ。自分の屋敷持って好き放題遊び放題なんて。代わってもらいたいくらいよ」
「ちょっ、ちょっとマータさん失礼ですよっ」
「構わんよ。ロクデナシのボンボンだって自覚はあるさ」
笑ってそう答える。前回の時も今回の時も、多少の差異はあろうが自分が典型的な貴族の馬鹿息子であることは変わりない、とレッド自身思っていることだ。そんなことで立つ腹は持っていなかった。
すると、くいと左の袖を引っ張られる感覚がした。
「を?」
何かと思って振り返ると、ラヴォワが袖をつまんで引っ張っていた。
「ラヴォワ?」
どうかしたのかと思って聞いてみると、少しの間黙っていたラヴォワだったが、
「……居心地良かったの、あの家が?」
なんて質問を寄越してきた。
「……どうだかな」
レッドはそう答える。
確かに王都よりマシと思って過ごしてきたが、好きだったかと言われると微妙だ。特にあの一斉解雇の時に亜人を入れてから、屋敷の空気が悪くなったこと自体はレッドも気付いていた。何も言わなかったのは、言っても仕方ないと判断していたからだ。仮にレッドが人族側に苦言を呈しても、逆に亜人族側の肩を持っても、より状況は悪化したろう。
だから、ちょっと注意するくらいで留めておいた。向こうでどうにかするのを待つしかないと思っていたが――正しい判断だった自信は無い。しかし、今更間違いを正す方法は、思いつかなかった。
「……そう」
とだけ言うとまた黙ってしまった。どういった意図で質問したのか理解できなかったが、大した理由は無かったのかもしれない。
何なんだろうか、と疑問に感じていたところ、レッドはアレンの様子がおかしいのに気付いた。
「――アレン? なんだ、どうかしたか?」
「え!? い、いえいえ勇者様! 僕は全然元気です!」
ややオーバーなリアクションをしつつ何でもないと言い張るアレン。最近この会話いくつしたろうかとレッドは考える。
何か隠しているか悩んでいるかは明白なのだが、何しろ絶対口を開かないためどうしようもなかった。意外に頑固なアレンの事だから、喋らないと決めたら絶対喋らないだろう。
どうしたものかと思っていたら、いつの間にかワイバーンの停泊地に辿り着いていた。広々とした土地に専門の厩舎が建てられている。数はそれほど多いわけではないが、ここがカーティス領地で本家屋敷を除けば、唯一目立つ場所だ。
勝手知ったる様子でレッドが四人を引きつれて中に入ると、荷車を押していた農民がこちらに気付く。ボサボサの白い髭をたくわえた、この厩舎の管理を長年しているサーブ爺さんである。
「これはこれはレッド様。もうお行きになるのですか?」
「ああ。来たばっかりだけどね。今日も頼むよ」
「畏まりました。レッド様にはいつものあいつが待ってますよ」
「うん? あいついるのか。そりゃいいや、乗せてくれ」
「わかりました。すぐお持ちしますね」
そう言ってサーブ爺さんは厩舎へ入っていく。
「なによレッド、あいつって」
「ああ、別に大したもんじゃないよ。昔馴染みみたいなもんだ」
そんな風に軽く流す。四人が疑問を抱いていると、やがてサーブ爺さんが戻ってきた。
五匹のワイバーンと、四人の竜騎士を連れて。竜騎士とは本来ワイバーンに騎乗して戦う騎士の事だが、ワイバーン乗りを示す慣用句として使われることも多い。
その内の一匹、基本的に灰色一色であるワイバーンの中で、尖った耳の部分が少し赤みがかっている個体にレッドが近寄り、首の部分をさする。
「ようグレン、元気にしてたか?」
そう言って撫で続けると、グレンはグルルと小さく吠える。
「勇者様、そのワイバーンは?」
「うん、グレンてんだ。ここで生まれたワイバーンで、名前は俺が付けた。ま、昔馴染みみたいもんだな」
ワイバーンの寿命は三十年くらいであり、だいたい五年もすれば人が乗れるようになる。このグレンというワイバーンは十年ほど前に生まれ、少し赤色を含んだのが気に入って自分で名前を付けさせてもらったのだ。
以来乗れるようになってからちょくちょく乗っていたのだが、その利用方法上いつも同じ停泊地にいるわけではないワイバーンの都合上、移動の際常に乗ることは出来ず、今回もこちらへ来る際は不在だったため別のワイバーンを使った。今日はたまたま戻ってきていたらしい。
「それじゃいつも通り使わせてもらうよ。爺さんも元気でな」
「ありがとうございます。レッド様もどうかお元気で。またお会いしましょう」
「はは、どうかな。あんま帰ってきて欲しくないんじゃないの?」
「何を仰います。レッド様に帰ってきて欲しい者などこの地にはおりませんよ」
「あっはっはっはっは! ……は?」
「は?」
二人は硬直する。
サーブ爺さんが慌てだして「いやいや違います! 帰ってきて欲しくない者はと言いたかったので……!」なんて言い出したが、無視してそのまま乗り込むことにした。皆にもそう指示する。
他の四人はワイバーンに竜騎士と一緒に乗り込んだが、レッドはグレンに一人で乗った。
「なに、あんた一人でワイバーン乗れるの?」
「いや、あんまり長距離は無理だけどね。王都程度なら余裕だよ。こいつは乗り慣れてるしな」
そう言って、鐙にしっかり足を入れると手綱を絞った。
グレンはその羽を羽ばたかせ、ゆっくりと空へ浮かんでいく。
他の四匹のワイバーンもそれに倣うと、勇者パーティは王都へ向けて飛んでいった。
――やっぱ好きだな。この感じは。
グレンの背に乗り空を飛びながら、レッドはそんな思いに更けていた。
実を言うと頻繁に本家屋敷に戻っていたのは、このワイバーンに乗りたかったというのもある。停泊地の方で都合が悪かったり、自分の調子が悪い時は馬車に乗っていたが、それ以外ではワイバーンで行き来していた。前回の時はワイバーンが怖くて全然乗った事が無かったが、今回のレッドは違った。
この空を飛んで、風を切る感覚がたまらなく好きなのだ。
人の手が届かないような遠い場所で、誰からも何からも自由でいられる。そんな感覚。
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