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転生勇者と魔剣編
第二十三話 帰郷(1)
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「――アトール王国に、だと?」
レムリー帝国の宿屋に泊まっていたレッドは、使者から手渡された書状に面食らってしまう。
「ちょっと待て、確かに休暇をくれとは言ったが、何故アトールに来いというんだ? レムリーからどれくらい離れていると思ってる?」
レッドの言葉に、四人も同意した。
アトール王国とレムリー帝国。この二つの国自体は隣同士であるが、レッドたちがいるのはマガラニ同盟国とレムリー帝国との国境沿い。つまりは端である。この要請は、ほとんど大陸を横断しろと言っているようなものだ。休暇目当てだというのに、移動するだけでかなり日数を使ってしまう。
ところが書状を渡しに来たアトール王国の使者は、そんな疑問ににこやかに笑って答えた。
「その点はご心配ございません。移動用のワイバーンをご用意してございます」
「ワイバーンだって?」
レッドは眉をひそめた。
ワイバーンとは、ドラゴン種の近似種と呼ばれる小型の魔物で、全長は三、四メートルくらいしかない。
しかし、その二つの羽で空を自由に舞い、炎のブレスをも吐くその能力があることから、昔から軍や冒険者ギルドが飼って使役することで戦争や移動用に使われていた。そのワイバーンの乗り手は竜騎士と呼ばれている。
レッドたちも今回の旅において、何度も利用させてもらっていた。何しろ大陸中をあちこち移動する旅なのだ。悠長に歩きや馬車では移動だけで何年もかかる。勿論勇者パーティにワイバーンの操縦技術を持っている人間などいないので、竜騎士に相乗りする形ではあったが。
が、今回レッドたちは魔物が出没した地域に急行するのではなく、単に休暇が欲しいと要望しただけである。そんなことに、ワイバーンと竜騎士を派遣するとは思えなかった。飛行する戦力とは何処の国でも貴重であるから、容易に使いたがらない。
ところが、使者を寄越してまで王国は自分たちを招こうとしている。その意味が理解できないほどレッドは馬鹿ではなかった。
――休暇の名目で、王都へ俺たちを連れてきたいだけじゃないか……
恐らくそんなところだろうと思った。また何かの式典にでも参加させるつもりだろうか? しかし、勇者パーティとして旅して四か月ほどだが、まだ魔王の指先すら見つけられていない。こんな時に何を祝うのか。レッドは予想が付かなかった。
「ご安心ください。陛下は各地でご活躍の皆様を労いたいとおっしゃっているだけです。当然のことながら、お望みの最高の保養施設も用意できております」
「――そうかい」
レッドは使者の言葉に惹かれるものを抱いていた。あのブルードラゴンとの戦いからまだ少ししか経っていない。肉体的にも精神的にも疲れ切っていたこともあり、早く渡るように冒険者ギルドを介した書状には、確かに静養したいと書いた。だがまさか、王都に戻れと言われるとは想像して無かった。
「しかしな――ここで王都に戻るとなるとその後の行動に支障が出るかも――」
「いいんじゃないの? ちょっと休む程度ならさ」
悩んでいたレッドに対し、マータが口をはさんできた。
「歓待してくれるってんなら受けてもいいと思うけど? あたしもパレードとか連れ回されるのは御免だけど、そんときゃ逃げりゃいいじゃん」
「おいマータ、王国の式典から逃げるとは何事だ! 丁重に受けるべきだろうが!」
「あんたは自慢の筋肉とアックスを自慢したいだけでしょ! 出立の時のパレードだって突然脱ぎだして怒られたじゃないの!」
「い、いや、あれはつい気分が上がってしまって……」
マータとロイが揉めだした。いつもの事なので無視することにして、次はラヴォワとアレンに聞いてみることにした。
「ラヴォワ、お前はどう思う?」
「……一度、王都に戻りたいのはある。あそこには魔術連盟の支部があるから……」
そう言えば、冒険者ギルドと同じく世界各地に拠点がある魔術連盟だが、王都ティマイオにもその施設があるはずだった。きっと、また資料でも読み漁りたいのだろう。
「そうか……お前はどうだ、アレン?」
「…………」
「アレン?」
「え、あ、はい! なんでしょう勇者様っ!」
どうも上の空だったらしく、こちらに呼ばれていることにようやく気付いたようだ。
実のところ、あのブルードラゴン討伐の時からこんなことが増えていた。どこか様子がおかしいというか、何か考え込んでいるのだ。
あのブルードラゴンや亜人族の村全滅にだいぶ心が痛んだというなら分かるが、レッドはどうもそれだけではない気がしていた。何か、自分に対してよそよそしく感じてならないのだ。
「いや……アトール王国へ向かうかって話なんだけど」
「あ、そうでしたね。僕は構わないと思いますよ。皆さんにも静養が必要だと思いますし」
一番静養が必要なのはアレンだろう、と言いたいが黙っておいた。
実のところ、レッドがアトール行きを渋っている理由こそが、このアレンだった。
確かに王都ティマイオ近辺ならば最高の保養施設などいくらでもあるだろう。道中の足も用意してくれているなら、断る理由など無かった。
しかし問題は、アトール王国における亜人差別だ。
一年前、マガラニ同盟国との休戦条約のずっと前から、国内における亜人に対する非道な扱いを、禁止する法律が立てられていた。
しかし、禁止されてはいてもアトール王国の人族が持つ亜人への差別意識が消えるはずもなく、貴族がこっそり亜人狩りを楽しんだり、裏で奴隷として売買しているなど珍しい事ではなかった。
法律で禁止しても、大貴族であれば力で揉み消せてしまう。かつてのレッド含めたカーティス家の人間のように。
そんな場所に、アレンを連れて行くのは危険ではないかという気持ちがあった。あの出立式の日、城に入れたこと自体が異常なのだ。迂闊に行って大丈夫だろうかと、危惧するのは当然だった。
停戦条約と、今回の魔王討伐に関する各国との同盟自体反対する勢力があるとも聞いていた。下手に行けば、面倒事に巻き込まれる可能性もあった。
どうしたものかとしばし悩んだレッドだが、やがてため息を吐いた後、
「――わかった。行こう。準備が出来次第出発する」
そう応じた。
どの道、選択肢など無い。これは国王陛下からの要望なのだ。なんとか辞退する言い訳を考えたものの、納得させられる理由は思いつかなかった。
「承知しました。すぐにでも王都にも知らせましょう」
そう使者は恭しく答え、部屋を出ていった。
「いいわねえ、酒に食い物に男、せいぜい楽しもうじゃないの」
「そうだな、この筋肉を見せる機会はないかもしれんが、王都の連中に俺の活躍を聞かせてやろうか!」
「……新しい研究のための資料、沢山手に入れないと……」
「はは……皆さん体が休まるといいですね」
なんてバラバラなことを言いながらもテンションが上がっている様子なのを尻目に、レッドはソファに深々と座りため息をついた。
ただ休暇が欲しいと言っただけだったのに、予想よりはるかに大事になってしまった。不安もあるが、皆も楽しみにしているからには断れない。何事もなく終わることを祈るしかないと開き直ることにした。
ならば自分も休暇を満喫しようと考えたが、具体的に何をするかまるきり思いつかなかった。マータではないが酒に食い物に男――じゃなかった、女というのも食指が動かない。酒は強くないし食い物にも拘りが無い。女も最近抱きたいと思えなくなってしまった。
ロイのように友人に会うというのも無理だった。そもそもレッドに友人などいない。社交界でも学園にいる時もほとんど一人で過ごしていたくらいだ。ラヴォワのような趣味も無いため、何をすればいいか分からない。
かといって、何もしないというのも勿体ない気がした。どうしたものかと困っていたところ、
「……ん?」
ふと、先ほどの使者が持ってきた書状が目に留まった。
それは単に国王からの要請ではなく、地図に具体的なワイバーンによる移動ルートが記されていた。
その細い道筋の中に、見慣れた場所が描かれていたのだ。
「――なるほどねえ」
少しニヤリとしつつ、もう一度深々とソファに体を沈めさせた。
「帰省ってのも、悪くないかもしれないね」
その地図のルートには、カーティス家領地、そして本家屋敷が描かれていたのだ。
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「ワイバーンだって?」
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しかし、その二つの羽で空を自由に舞い、炎のブレスをも吐くその能力があることから、昔から軍や冒険者ギルドが飼って使役することで戦争や移動用に使われていた。そのワイバーンの乗り手は竜騎士と呼ばれている。
レッドたちも今回の旅において、何度も利用させてもらっていた。何しろ大陸中をあちこち移動する旅なのだ。悠長に歩きや馬車では移動だけで何年もかかる。勿論勇者パーティにワイバーンの操縦技術を持っている人間などいないので、竜騎士に相乗りする形ではあったが。
が、今回レッドたちは魔物が出没した地域に急行するのではなく、単に休暇が欲しいと要望しただけである。そんなことに、ワイバーンと竜騎士を派遣するとは思えなかった。飛行する戦力とは何処の国でも貴重であるから、容易に使いたがらない。
ところが、使者を寄越してまで王国は自分たちを招こうとしている。その意味が理解できないほどレッドは馬鹿ではなかった。
――休暇の名目で、王都へ俺たちを連れてきたいだけじゃないか……
恐らくそんなところだろうと思った。また何かの式典にでも参加させるつもりだろうか? しかし、勇者パーティとして旅して四か月ほどだが、まだ魔王の指先すら見つけられていない。こんな時に何を祝うのか。レッドは予想が付かなかった。
「ご安心ください。陛下は各地でご活躍の皆様を労いたいとおっしゃっているだけです。当然のことながら、お望みの最高の保養施設も用意できております」
「――そうかい」
レッドは使者の言葉に惹かれるものを抱いていた。あのブルードラゴンとの戦いからまだ少ししか経っていない。肉体的にも精神的にも疲れ切っていたこともあり、早く渡るように冒険者ギルドを介した書状には、確かに静養したいと書いた。だがまさか、王都に戻れと言われるとは想像して無かった。
「しかしな――ここで王都に戻るとなるとその後の行動に支障が出るかも――」
「いいんじゃないの? ちょっと休む程度ならさ」
悩んでいたレッドに対し、マータが口をはさんできた。
「歓待してくれるってんなら受けてもいいと思うけど? あたしもパレードとか連れ回されるのは御免だけど、そんときゃ逃げりゃいいじゃん」
「おいマータ、王国の式典から逃げるとは何事だ! 丁重に受けるべきだろうが!」
「あんたは自慢の筋肉とアックスを自慢したいだけでしょ! 出立の時のパレードだって突然脱ぎだして怒られたじゃないの!」
「い、いや、あれはつい気分が上がってしまって……」
マータとロイが揉めだした。いつもの事なので無視することにして、次はラヴォワとアレンに聞いてみることにした。
「ラヴォワ、お前はどう思う?」
「……一度、王都に戻りたいのはある。あそこには魔術連盟の支部があるから……」
そう言えば、冒険者ギルドと同じく世界各地に拠点がある魔術連盟だが、王都ティマイオにもその施設があるはずだった。きっと、また資料でも読み漁りたいのだろう。
「そうか……お前はどうだ、アレン?」
「…………」
「アレン?」
「え、あ、はい! なんでしょう勇者様っ!」
どうも上の空だったらしく、こちらに呼ばれていることにようやく気付いたようだ。
実のところ、あのブルードラゴン討伐の時からこんなことが増えていた。どこか様子がおかしいというか、何か考え込んでいるのだ。
あのブルードラゴンや亜人族の村全滅にだいぶ心が痛んだというなら分かるが、レッドはどうもそれだけではない気がしていた。何か、自分に対してよそよそしく感じてならないのだ。
「いや……アトール王国へ向かうかって話なんだけど」
「あ、そうでしたね。僕は構わないと思いますよ。皆さんにも静養が必要だと思いますし」
一番静養が必要なのはアレンだろう、と言いたいが黙っておいた。
実のところ、レッドがアトール行きを渋っている理由こそが、このアレンだった。
確かに王都ティマイオ近辺ならば最高の保養施設などいくらでもあるだろう。道中の足も用意してくれているなら、断る理由など無かった。
しかし問題は、アトール王国における亜人差別だ。
一年前、マガラニ同盟国との休戦条約のずっと前から、国内における亜人に対する非道な扱いを、禁止する法律が立てられていた。
しかし、禁止されてはいてもアトール王国の人族が持つ亜人への差別意識が消えるはずもなく、貴族がこっそり亜人狩りを楽しんだり、裏で奴隷として売買しているなど珍しい事ではなかった。
法律で禁止しても、大貴族であれば力で揉み消せてしまう。かつてのレッド含めたカーティス家の人間のように。
そんな場所に、アレンを連れて行くのは危険ではないかという気持ちがあった。あの出立式の日、城に入れたこと自体が異常なのだ。迂闊に行って大丈夫だろうかと、危惧するのは当然だった。
停戦条約と、今回の魔王討伐に関する各国との同盟自体反対する勢力があるとも聞いていた。下手に行けば、面倒事に巻き込まれる可能性もあった。
どうしたものかとしばし悩んだレッドだが、やがてため息を吐いた後、
「――わかった。行こう。準備が出来次第出発する」
そう応じた。
どの道、選択肢など無い。これは国王陛下からの要望なのだ。なんとか辞退する言い訳を考えたものの、納得させられる理由は思いつかなかった。
「承知しました。すぐにでも王都にも知らせましょう」
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「そうだな、この筋肉を見せる機会はないかもしれんが、王都の連中に俺の活躍を聞かせてやろうか!」
「……新しい研究のための資料、沢山手に入れないと……」
「はは……皆さん体が休まるといいですね」
なんてバラバラなことを言いながらもテンションが上がっている様子なのを尻目に、レッドはソファに深々と座りため息をついた。
ただ休暇が欲しいと言っただけだったのに、予想よりはるかに大事になってしまった。不安もあるが、皆も楽しみにしているからには断れない。何事もなく終わることを祈るしかないと開き直ることにした。
ならば自分も休暇を満喫しようと考えたが、具体的に何をするかまるきり思いつかなかった。マータではないが酒に食い物に男――じゃなかった、女というのも食指が動かない。酒は強くないし食い物にも拘りが無い。女も最近抱きたいと思えなくなってしまった。
ロイのように友人に会うというのも無理だった。そもそもレッドに友人などいない。社交界でも学園にいる時もほとんど一人で過ごしていたくらいだ。ラヴォワのような趣味も無いため、何をすればいいか分からない。
かといって、何もしないというのも勿体ない気がした。どうしたものかと困っていたところ、
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それは単に国王からの要請ではなく、地図に具体的なワイバーンによる移動ルートが記されていた。
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「――なるほどねえ」
少しニヤリとしつつ、もう一度深々とソファに体を沈めさせた。
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