The Dark eater ~逆追放された勇者は、魔剣の力で闇を喰らいつくす~

紫静馬

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転生勇者と魔剣編

番外編 枢機卿長補佐司教アリア・ヴィクティー

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  アトール王国。首都ティマイオ。
 そこに、ラルヴァ教教団の総本山、レムール大神殿がある。
 流石にポセイ城に比べれば見劣りするものの、この世界殆どで信仰されている神を祀る最大の神殿であるだけに、その姿は威厳と格式を持った素晴らしい建築であった。
 赤と白を基調とする神殿は、ラルヴァ教の教えに沿っており、美しさだけならポセイ城や他国の城にも決して負けはしない。そうこの神殿を見た者は思うであろう。

 そのレムール大神殿のとある廊下を、たった一人の女性が歩いていた。
 赤髪をポニーテールに纏め、美しい黒の瞳には地味なデザインの眼鏡がかけられている。神官服を着ているが、どちらかというと国政を担う政務官のような風貌をしていた。

 そんな彼女が、両手に書類や本など荷物をいっぱいに抱えて歩いているのは、大神殿の廊下ではあるものの、大きな通りでなく外れたような狭く細い道だった。
 裏道のような、日も差しづらい影のような場所に、有能そうな女性が何の躊躇もなく歩いているというのは、旗からすれば奇妙な光景ではあった。

 しかし、彼女はその道を歩けることを何よりも誇りに思っていた。

 何故なら、この道に通じるのは、ラルヴァ教の中枢と呼んでいい場所だったからだ。

 やがて道は終わり、奥にはこれまたさしたる威厳も風格も無い、普通のドアがあった。装飾の類も一切なく、知らない人間からすれば物置にでも通じているドアだろうと思うに違いない。

 彼女がドアをノックすると、「どうぞ」と少年のような声が返答してきた。

 ゆっくりと扉を開き入ると、そこには扉からは予想もつかない世界が広がっていた。

 意外にも部屋は広く、大神殿の応接間にも匹敵する。しかもこの部屋だけでなく、左右には別の部屋に通ずるドアがあった。
 が、そんな広い部屋も、現状かなり狭く感じられてしまう。
 理由は、そこかしこに大量の本が本棚から溢れ、それだけでなく巨大な魔物の骨や怪しげな魔道具、何の実験に使うか分からない実験道具などが所狭しと並べられているからだ。最低限の歩くスぺース以外、全部埋まってると言っていい。

 そんな部屋の中心に鎮座された執務机に、銀髪の少年のような容姿で、両眼を布で覆ったエルフが本を読んでいた。机も大量の本で埋まっており、ギリギリあるスペースでいくつもの資料を読み更けている。

「失礼します、枢機卿長様。ご依頼の資料をお持ちしました」
「はい、ご苦労様。その辺に置いといて。いつもありがとうねアリアちゃん」
「とんでもございません。枢機卿長様のお役に立てて光栄でございます」

 そうお辞儀をする。アリアと名前で呼ばれ、感謝の言葉を貰っただけで、彼女、アリア・ヴィクティーは全身に震えるほどの喜びを感じていた。

「しかし君も相変わらず堅物だね。ゲイリーでいいっていつも言ってるじゃない」
「いいえ。偉大なる枢機卿長様をそのような名で呼ぶことは許されませんので……」
「本人がいいって言ってるんだから構いやしないんだよ。なんならゲイリー様でもいいからさ」
「――畏まりました。ゲイリー様」

 そう呼ぶと、枢機卿長はまるで本当の子供のように屈託のない笑顔で笑いかける。その笑顔を向けられると、アリアはいつも顔を赤くしてしまう。

「ところで、上の方はどうだった?」
「はい。教皇猊下と枢機卿団の皆様が議論しておりますが、何分魔物の数が多く浄化のためには神官の数が足りないのが実情で……」
「そんなことは初めから分かり切ってるだろうに、ちゃんと対策してなかった方が悪いよ。やはりある程度は五か国と冒険者ギルドの助力が必要かな」
「申し訳ありません。教皇猊下に進言なさいますか?」
「別にいらんでしょ。あんなボケジジイだって仮にも教皇なんだ、それぐらい出来て貰わなきゃ困るよ」

 教皇猊下を笑ってボケジジイ呼ばわり。仮にもし他の人間がすれば、何らかの重い処罰を食らっても当然な行いである。

 だが、今ここにいる彼、枢機卿長ゲイリー・ライトニングだけはそれが許されていた。その理由は、たった一つ。

 実は、ラルヴァ教教団において教皇などは単なる表向きの指導者に過ぎず、真に実権を握っているのは彼、ゲイリー・ライトニング枢機卿長なのだ。
 と言っても普段の実務は教皇含めた枢機卿団たちが引き受けており、枢機卿長自身は目立たない神殿の奥にある、彼専用の執務室で日々研究などに勤しんでいた。彼自身が教団の表に立つのは、何かしら不測の事態が発生した場合のみだ。

 しかしその権力は絶対で、枢機卿及び教皇の決定権も彼一人が持っている。事実上教皇以下全ての神官たちは、彼の手足に過ぎない。

 このことを知っているのは教皇と五十人ほどいる枢機卿たち、つまり教団の中枢にいる人物のみであり、世間では極秘とされている。

 けれども、ここにいるアリアはその真実を知っていた。
 その理由は、彼女がただの神官ではなく、補佐司教と呼ばれる立場にあるからだった。

 補佐司教とは、その名の通り司教のお役目を補佐するために置かれる神官の事である。通常は枢機卿一人につき一人か二人が配属されるが、枢機卿長の場合話が違った。

 枢機卿長がその任を受けた際に、十人ほどの若く優秀な神官から補佐司教が選ばれ、枢機卿長の仕事を手伝う役目が課される。これはアトール王国が誕生した五百年前から続く伝統だ。

 何故そんなことをするのかというと、これは単なる補佐としての役目ではなく、次の枢機卿長を選ぶ試験でもあるからだ。

 実は枢機卿長の任期は十年ほどであり、任期が終われば別の枢機卿長が選ばれるが、これは他の枢機卿からではなく、枢機卿長に仕えた補佐司教に与えられる。それ故、枢機卿長は若者ばかりとなっている。

 現在のゲイリー・ライトニング枢機卿長は就任してから九年目。そろそろ交代の時期が迫っている。

 そして次の枢機卿長の、最有力候補こそが、アリア・ヴィクティーなのだ。

「あのジジイも昔は優秀だったから教皇なんて地位与えたけど、歳取ると人間てのはダメになっちゃうのかねえ。そろそろ交換の時期かな? ちょうど、枢機卿長の交換も近いからね――ねえ、アリアちゃん?」
「はっ……」

 頭を下げつつ、アリアは歓喜の笑みを抑えられずにはいられなかった。

 枢機卿長。ラルヴァ教教団の真の支配者。世界各地で信仰されている教団の実権を握るということは、この世界の実権を握ることと同じことだ。

 その地位を得るためだけに切磋琢磨し、時にライバルを追い上げ時に蹴落としてきた。自らの野望を果たす邪魔者は誰であろうと手にかけた。全ては、枢機卿長の椅子に座るためだけに。
 それだけの価値が、枢機卿長という地位にはある。全ての欲望を満たす地位と権力、それを手に入れるためには、誰もがしていることだ。

 そんな内心をおくびにも出さず、アリアは真摯な顔だけを枢機卿長に見せていた。

 枢機卿長は彼女の野心を知らないのか、朗らかな笑顔のままで話を続ける。

「ところで、僕らの勇者様の動向はいかがかな?」
「はっ。こちらをお読みください」

 そういうとアリアは、二枚の手紙を枢機卿長に手渡した。
 一つは普通に使われる茶封筒であったが、もう一つは赤い色をしたあまり見ない特別な装飾が施された手紙だった。

 枢機卿長はまず茶封筒の方から読み始めた。目元に巻かれている布はそのままで、である。世間では枢機卿長は盲目とされているが、実際は布に特殊が細工がしてあり、巻いたままでも読めるようになっていた。

 最初の一枚は特に変化も無く読んでいたが、二枚目の赤い封筒の手紙を読んでいくと、眉間にしわを寄せてしまう。

「ゲイリー様? いかがなされました?」

 枢機卿長はその質問には答えず、しばらく考え込んでいたが、やがて茶封筒の手紙を拾い上げてアリアに伝えた。

「……勇者様が、休暇を取りたいってさ」
「休暇……ですか?」

 アリアは眉をひそめる。

「ブルードラゴン討伐で疲れちゃったんだって。まあ、ブルードラゴンはこちらの予想以上に成長していたみたいだし、なんか色々あったそうだよ。この数か月働きづめだったし、確かにそろそろ休ませてもいいかもね」
「しかし、宜しいのですか? こちらも聖剣の勇者には成長を促さねば……」
「そりゃ、一月も二月も休ませる気はないさ。向こうだってそれぐらい分かってるでしょ。まあ別にそれは構わないんだけどさ、それより――」

 そういうと枢機卿長は、もう一枚の赤い封筒に入っていた手紙を取り出した。

「こっちの方が問題かな。どうも、上手くいってないらしい」
「上手くいってない……と言いますと?」
「文字通りの意味さ。どうやらこちらの想定通りに事が運んでないようだ。最悪、計画に支障をきたすって」
「そんな……!」

 アリアは焦り出した。計画に支障が出るということは、それは世界の滅亡を意味している。

「大変ではないですか。これではアークプロジェクトが……!」
「慌てるんじゃないよ。当初の計画とズレたって、本筋そのものは変わりはしないんだから」

 そう言って枢機卿長はアリアを制止させる。右手の人差し指で目元の布をずらし、血のように赤い瞳を露出させて。

 アリアはビクッとして固まった。補佐司教として、極秘である枢機卿長の隠された瞳は何度も見たことがあるが、その度に背筋を凍らせるような恐怖を抱いてしまう。慣れるということは、どうしても出来なかった。

「所詮予定は予定だよ。現実と噛み合わなくたって、別の計画に変更すれば済む話さ。ま、最初の計画が一番良かったのは違いないけど……人選ミスかな。しょうがないよ。今更だし」
「は、はあ……」

 そう苦笑する枢機卿長に生返事しか返せなかった。

 枢機卿長はしばらく足をブラブラさせて何か思案していたようだが、やがて一枚目の手紙を手にして呟いた。

「――会ってみるかな」
「え? 聖剣に選ばれし者にですか?」

 アリアは驚いた。基本的にこの執務室に入り浸りの枢機卿長は、滅多に外出などしない。まさか、教団でも極一部しか知らないこの部屋に招く筈もない。

「まあそれもあるけど、勇者パーティにはちょっと会いたい人たちもいるからね……計画に変更があるなら、一度確かめてからの方がいいかなと思ってさ。都合良く、彼らも休みたがっているしね」
「わ、わかりました。では予定をこちらで調節いたします」
「ああ、いいよいいよ。僕が考えておくから。それより――紅茶を用意してくれない?」

 枢機卿長はそう頼んできた。この枢機卿長は紅茶が大好物で、世界各地からあらゆる品種の紅茶を取り揃えている。その紅茶を淹れるのも、補佐司教の大事な役目だった。

「畏まりました。銘柄は何になさいますか?」
「ムウ共和国のイースト高原産。採れたてのがいいな」

 ピク、とアリアは固まってしまう。
 目を見開いた顔をこちらに向けてくるアリアに、枢機卿長はぷっと笑いだすと、

「冗談だよ。なんだっていいさ。君のオススメを淹れてくれ」
「は、はい。少々お待ちください」

 と言って、アリアはそそくさと部屋を出て紅茶を淹れに行く。



 部屋を出たアリアは、執務室に一人残った枢機卿長が、

「――あいつ、なんで知ってたんだ……?」

 そう呟いていたことに、気付くことは出来なかった。
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