The Dark eater ~逆追放された勇者は、魔剣の力で闇を喰らいつくす~

紫静馬

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転生勇者と魔剣編

第十九話 闇に染まる時(2)

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 戦いの音が聞こえた場所に、レッドたちが到着した時には、既に喧騒は止んでいた。
 流石に火の手が回り始めて逃げたのか、とも思ったが、そうではなかった。
 単に、戦う相手がいなくなっただけらしかった。

「……っ」

 喧騒、つまり村人同士殺し合っていたであろう場所には、山ほどの死体が転がっていた。
 そしてその死体を踏みつけるように立っているのも、やはり村人たちである。
 十数人はいる亜人たちのメンバーは、あの反対派のリーダーと取り巻きたちだった。

 ――よりによって、こいつらが生き延びちまったか……

 一番最悪なパターンを引いてしまったらしいと、レッドはめまいがしてきた。
 未だに剣と鍬を持ってこちらを殺気がかった目で睨んでくる彼らを見れば、何が起きるか見当がつくからだ。

「……ああん!? テメエら、何しに来やがった!」

 体中血まみれで、同様に血に染まった剣を持つリーダーの、そんな頭が壊れたような言葉にレッド自身も激昂してしまう。

「――何してんだはこっちの台詞だ! 貴様ら、なんてことしてるんだよっ!」
「うるせぇんだよ人族が! こっちにうるさく指図するジジイどもぶっ殺して何が悪いっ! 余所者がぎゃあぎゃあ騒いでんじゃねえ!」

 もはや正気を失っているなどというレベルではなかった。自分が何をしているのかさえ分かっていないのかもしれない。ただ激情に任せて、暴れ狂っただけだ。

「……もう、もう止めてくださいっ!!」

 溜まらずにアレンが飛び出した。目には涙が溢れている。

「こんなことして何になるんですか!? ブルードラゴン様はもう完全に狂暴化してしまっているんです、こんなことしても……!!」
「ブルードラゴンなんて関係あるかっ!!」

 アレンの必至の説得も、村人たちには届かない。もはや怒りと憎しみだけの怪物と化してしまっていた。

「犬畜生も余所の連中も人族も……余所者が勝手にズカズカ入り込んできやがって! うざいんだよっ! 目障りなんだよ気色悪いんだよっ!! 殺して何が悪い、仲良くしようなんて反吐が出るんだよっ!!」

 アレンはもはや言葉を失っていた。
 アレン自身、村の人々が自分やレッドたちに忌諱感を抱いていたことくらい承知していただろう。しかし、その正体がこんなものだとは予想すらしていなかったはずだ。

 そもそも亜人の国であるマガラニ同盟国と、人間の国である他国と停戦条約が結ばれたのはたった一年前に過ぎない。そのマガラニ同盟国ですら、所詮は他種族たちが否応無しに寄り集まった代物でしかない。

 何百年も前から他種族を憎み合い殺し合い、それを是として生きてきた者たちが、突然互いに仲良くしましょうなんて言われて収まれるはずがない。彼らは同盟国が建国された後の世代だが、親や祖父の世代から散々叩きこまれて来たのだろう。

 要は――今回のブルードラゴンの騒動などただのきっかけに過ぎない。この国においてこんな惨劇は、どこでも起こり得る当たり前の光景なのだ。

「――下がってろ、アレン」

 目の前に立ったアレンを手で退けさせる。聖剣を抜いて村人たちに向けた。

「勇者様――っ!」

 アレンはもう泣いているのか怒っているのかさえ分からないほど顔をくしゃくしゃにしていた。そんな彼から、レッドは目を背けてしまう。なんと声をかければいいのか、答えに窮したからだ。

「ああん!? やんのかテメエっ!!」

 剣を抜いたレッドに敵愾心を剥き出しにして、向こうも剣や鍬を構える。こちらが勇者だなんてとっくに頭から無くなってるに違いない、もう呆れる他なかった。

 今にも襲い掛かってきそうな村人たちだったが、実のところレッドはどうすべきか迷っていた。

 というのも実は、レッドは訓練での対人戦闘の経験はあったが実戦、もっと言えば人殺しをしたことが無かった。
 前回の時も、亜人狩りと称して父や兄たちと亜人の村を襲撃したことはあったが、直接手を下した経験は無い。人殺しをしたくなかったというより、単に臆病で怖かっただけである。

 そんな自分が、今更人殺しを出来るだろうか? 殺さずに拘束するとしても、この状況では同盟国に引き渡す余裕なんか無いだろう。かといってこんなイカレた奴らを放置すれば被害は拡大する一方だ。
 どうすべきかと、剣を構えたまま苦悶していたが、

 ふと、その剣がピクピクと脈動するのを感じた。

「――っ!?」

 レッドは戦慄する。この感覚は知っていた。前回でも今回でも飽きるほど感じた、危険を察知した聖剣独特の反応。

「レッド!!」

 珍しくラヴォワの叫び声が聞こえたかと思えば、同時にものすごい強風が吹いてその場にいた全員を空中へ放り出した。

「うわぁっ!」

 強烈な風が否応なしに皆を吹き飛ばし、荒れ狂った嵐が家々を燃やしていた炎を消してしまう。もっとも、風は一瞬で収まったが。

「ううっ……」

 全身を打ち付けられてそこかしこに痛みを感じたが、大した怪我はしていないようだ。そう確認したレッドが、起き上がってみると、

「……っ!」

 その場に、今までレッドたちが対峙していた場所を埋めるかの如く、巨大な影が鎮座していた。
 いや、それは影ではなかった。

 闇の中でも、まだ燃え続ける家屋が照らしてくれた、青い肌。
 その二枚の羽で空を舞い、先ほどの風を巻き起こしたであろう、大きな翼。
 無数の牙を見せつけるかのように開いた、大きな口。
 忘れもしない、先ほどあの大空洞でその神の如き姿を見せつけられた、ブルードラゴンが目の前に居たのだ。

「……血の匂いを嗅ぎつけてきやがったな……!」

 レッドはそう吐き捨てる。仮にレッドが、ブルードラゴンの狂暴化の可能性を知っていなくても、今の彼は同じことを結論付けたであろう。

 何故なら、眼前にいるブルードラゴンは、剥き出しになった牙から涎をダラダラと零し、瞳を飢えと渇きに血走らせていたからだ。

 しかし、そんなことも理解できない者たちがいた。突如として、狂ったような高笑いがその場に響く。

「ははは、ははははは、ははははははははははははぁっ!!」

 それはあのリーダーが発した笑いだった。生き残った反対派の数人も立ち上がり、同じく笑い出す。

「おい、貴様ら何してんだ! とっとと逃げ……」
「うるせぇ! ブルードラゴン様だぞ、ブルードラゴン様が来てくれたぞ! クソ生意気な人族と犬コロ喰い殺しに来てくれたんだよっ! やっぱ俺たちの神様だってことだ! さあブルードラゴン様、このウザったい奴らをぶっ殺」

 最後の言葉まで、彼は喋ることが出来なかった。

 何故なら、彼らはブルードラゴンに頭から喰われ、ほぼ一瞬でその身を口の中に含まれたからである。

「――そりゃ、多くて抵抗してない奴から食うわよね」

 こちらも起き上がってきたマータが冷たく言い放つ。他の皆も少々怪我をしているようだが全員無事らしい。

 グチャグチャと、ブルードラゴンが村人たちを咀嚼する音が響いてくる。あんなものでブルードラゴンの食欲を満たすことは出来ないだろう。すぐに次の獲物を求めるに違いない。

「――ラヴォワ、他の生存者は?」
「……あの人たちが最後だったみたい。他は全員死んだ……」
「つまり、次喰われるのはあたしたちってことね」

 咀嚼音が短くなってきた。あの咀嚼音が終わった時、自分たちの余命も尽きる。そう考えると、まるで死に神の足音のように聞こえてしまう。

「どうする、逃げるか?」
「――無理だな。この周辺にはもう俺たちしかおるまい。逃げるにしろ、こいつと戦わないで上手く逃げれるか」
「そうかい、分かったよ」

 ロイがそう理解すると斧を背中から降ろし構えた。筋肉バカではあるが、こうして自分のすべきことを理解すればこの男は頼もしい。
 マータもラヴォワも戦闘態勢に入る。どの道戦うしかないのであれば、腹をくくるしかない。

 だが唯一アレンだけが、その場に立ちすくんでいた。

「――アレン、下がってろ」
「…………」
「アレン!」

 レッドが叫ぶと、ビクッと体を揺らしアレンが気付いた。

「――下がってろ。防御魔術は自分だけでいい。己の身だけを守っとけ」
「で、でも勇者様……っ!」
「いいから逃げろっ!」

 もう一度命令すると、アレンは必至になって駆けだした。この場で彼を守りながら戦うなんて出来ない。なるべく離れてもらうしかない。

 そのすぐ後に、ブルードラゴンの咀嚼音が消えた。食い切ったらしい。
 余韻に浸る間もなく、ブルードラゴンは次のターゲットを目に付けた。つまり、レッドたちである。

「来るぞっ!」

  その叫びに呼応するように、ブルードラゴンはこちらに食らいついてきた。
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