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転生勇者と魔剣編
第十四話 ブルードラゴンという魔物(2)
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「おらぁ!」
聖剣が横薙ぎに振られ、白い軌跡を作ってビッグワームの頭部を捉えた。
「……くそっ!」
しかし、両断されるかとも思った刃は寸前で避けられ、頭部の一部を少し斬る程度で終わってしまった。
ビッグワームの面倒なところはこれで、ただでさえ狭く身動きが取り辛い場所で戦うことが多い上に、グネグネと縦横無尽動くため先読みが難しく当てづらいのだ。今回は大空洞という空けた空間とはいえ、全方位何処から来るかビッグワームの相手は大変なものがある。
どうしたものかと思っていると、突然ロイの怒号が空洞に響き渡った。
「うおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!」
なんと、ロイが飛びついてきたビッグワームを正面から受け止め、ガッチリと掴み取ったのだ。
「ロイっ! そいつそのまま上げろぉ!!」
こちらが言うのに合わせて、ロイは抱え込んだビッグワームを穴から無理やり引きずり出し、
「うおぉらぁっ!!」
と空中へ五メートルの巨体を放り投げた。
ふわりと浮かんだビッグワームに狙いを定め、レッドは聖剣の力で自らも空中へ跳ねると、
「づぁあああぁっ!!」
縦一閃、今度は狂いなくビッグワームを左右に両断した。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
地面に着地したレッドは息を荒らげる※。体にビッグワームと血と体液が付着したが、聖剣の効果で体に不具合は無いだろう。
なんとか一匹倒したが、まだまだ数は多い。次に向かう。
「ほらほらほらほらほらぁ!」
マータは先ほどの棒状の武器を何本も投げつけてビッグワームに命中させる。当たった武器は破裂し、ビッグワームがのたうち回る。
「お、おい、こんな地下で爆発物なんて使うな!」
「爆弾じゃないわよ! この手の魔物が苦しむ毒物含んだ破裂玉よ!」
マータに訂正された。マータは冒険者ギルドから紹介された腕利き、ナイフだけでなくクロスボウや罠、魔物用の特別な武器にも精通している。流石に彼女らしい選択でこの不測の事態を対処していた。
「……ん」
ラヴォワが杖をビッグワームに向けると、その先から巨大な柱のような物体が飛び出してきた。
いや、それは柱ではなく、柱のように大きい氷で作られた杭だった。
それが何本もビッグワームの胴体に突き刺さり、壁に打ち付けていく。
アイス・ランスと呼ばれる氷系の魔術だが、呪文を介さず無詠唱であそこまで巨大な杭を何本も撃てるのは只者ではない。
が、そんなラヴォワの背後から、新たなビッグワームが巨大な口を開けて食らいついてきた。
「おい、危ない!」
「……よ」
しかし、ラヴォワは振り返る事すら無く、杖だけ後方から迫る敵に突きつけた。
その瞬間、閃光がビッグワームを貫き、黒焦げとなって地面に叩きつけられる。
サンダーボルトと呼ばれる雷系の高威力魔術だ。やはりこうして戦わせてみると、魔術連盟の寄越しただけはあると認めるしかない。
そうして戦い続けている勇者パーティだったが、快進撃している割には状況は良いと決して言えなかった。
「くそっ……ミミズ共が、何匹湧いて出る!」
ロイがそう喚きたくなるのも無理はない。先ほどから述べ十匹ほど倒しているが、その間にもビッグワームが何匹も何匹も湧いて出ているのだ。いくら斬っても終わる気がしない。
「レッド! とっとと逃げないとやばいわよっ!」
「わかってるよ、でも……!」
レッド自身逃げなければいけないとは理解していた。それは矢継ぎ早に襲ってくるビッグワームそのもののせいではなく、地盤の問題だった。
今自分たちがいるのは地下深く、しかも大空洞の下である。周囲をこんな大型のビッグワームが大量に這いずり回って穴だらけにされれば、天井が抜けて落ちてくるのは時間の問題だろう。生き埋めになるのは必至だ。
だから、今すぐ逃げなければならない。分かってはいるものの、対処に精一杯で暇が無かった。
聖剣の力を使えれば、と何度も思ったが、その度に頭を振って否定する。
確かに聖剣の光の刃ならこの程度の相手一瞬で全滅させることも可能だ。しかし、あれは威力が強すぎる。使えば間違いなく壁か天井が砕けて地面が自分たちに降りかかってくるだろう。マータやラヴォワもそれを警戒して、高威力の爆発物や攻撃魔術より、一匹ずつ仕留める小規模な攻撃しか使えない。ロイは殴るか斧で切り裂くだけでいつもと違いはないが。
いずれにしろこのままでは死を待つ一方だ。何度目か分からんビッグワームを薙ぎ払いながらどうするか考えていると、アレンと彼が守っている亜人たちのところにビッグワームが一匹突進していった。
「アレンっ!」
思わずレッドは叫ぶが、アレンは自ら手持ちの小型の杖をかざすと、
「ライトっ!」
と叫ぶと、強烈な光が瞬きビッグワームの正面に叩きつけられ呻く。
ライトは魔力で周囲を照らす魔術としては初歩的なものだが、何かと便利ではあるし魔力次第では光量をいくらでも上げられるので重宝される魔術だ。攻撃魔術が使えないアレンでも目くらましとしてよく使っている。
当然、ビッグワームもその強い光に射され少し怯んだが――すぐに何事も無かったかのようにまた食らいついてきた。
「くっ! シールド!」
それに対してアレンは防御魔術を唱えた。口を大きく開けて襲いかかろうとしたビッグワームは、自らとアレンとの間に作られた見えない壁によって阻まれる。
シールドもまた防御魔術としては初歩の物で、本来は自らの身に魔力の壁を形成し鎧として着こむ技なのだが、アレンは自分だけでなく周囲一定の範囲を守ることが出来、後ろで縮こまっている亜人たちをも守護していた。
「勇者様、おかしいですよ! さっきからこのビッグワームたち、いくらライトを浴びせても気にせず襲ってきて……っ!」
アレンの困惑した声が響く。それはレッドも感じていたことだった。
そもそもこんな魔光石の輝く場所にビッグワームが出てきたことも変ならば、牽制としてレッドたちが何度も光を浴びせても、少し臆する程度でまたすぐ襲撃してくるのも変。
なにより、こいつらは逃げないのだ。いくら獰猛とはいえ、基本的に臆病で敵に遭遇すれば逃げるというビッグワーム。これだけ仲間がやられ自らも傷つけられて、なおも追撃の手を緩めないなどあり得ない。かつて戦ったシャドウウルフよりもはるかになりふり構わぬ様に恐怖すら覚えてしまう。
やはり何か異常なことが起きている――そうレッドが感じていると、頭の中で声がした。
(……聞いて)
一瞬驚愕したが、声の主がラヴォワと気付いた時、これは念話だと悟った。
念話とは主に魔術師が使うもので、言葉を声ではなく魔力で伝えることで特定の人間や騒音などが酷い空間でも会話することが出来る。脳内に感じるように流れてくるので慣れないとキツいのが難点だが。
(ちょっと、この忙しい時に何よっ!)
(これは今言わなくちゃいけない……この森で起きてる異常事態と多分関係あるから……)
(なんだと? ――よし、続けてくれ)
レッドはまた、こちらを食べようとしたビッグワームを輪切りにしながら話を許可する。そしてラヴォワは自らの推測を述べ始めた。
(……ビッグワームは目を持たない。なのに光を嫌うのは、ビッグワームの頭頂部にある目とは別の感覚器官が、光に触れると激痛を感じさせるから……)
つまり、やはりビッグワームにとって光が弱点なのは間違いないということだ。
(じゃ、じゃあラヴォワさん、どうしてここのビッグワームは平気なんですか?)
(……平気じゃない。一瞬怯んでる。でも襲い掛かって来るのは……多分、それどころじゃないから……)
(それどころじゃない、ってどういうことだ?)
聖剣でビッグワームの頭部を串刺しにしながら問いかける。ラヴォワも氷系魔術で二匹くらいまとめて氷漬けにしながら結論を言おうとした。
(……まだ推測だけど、多分……)
(おい、上っ!)
しかしその直前、会話に参加していなかったロイの叫びにかき消される。
上から轟音が鳴ったかと思えば、なんどビッグワームが五匹ほど天井を突き破り飛びかかってきたのだ。
「やばっ……!」
レッドも一瞬焦る。聖剣に力を込め、迎撃の刃を放とうとした。
しかしそれは不発に終わる。自分のところに落ちてこなかったのだ。
「……え?」
思わず呆けたような声を出してしまう。見るとアレンたち他のところにも行っていない。最初からターゲットが違ったからだ。
なんと、ビッグワームの狙いは今まで我関せずとばかりに寝そべっていたブルードラゴンだった。自身の倍以上ある巨大な竜に食らいついていく。それは落ちてきた五匹だけでなく、今までレッドたちと戦っていた他のビッグワームも同様である。
ブルードラゴンは自分の体に食いつかれても平然と寝たままだったが、何匹も何匹もその身に覆い被さって見えなくなると、突然鎌首をもたげ起き上がったかと思えば、肉体を大きく揺らして食いついていたビッグワームたちを振り払った。
「うわぁっ!!」
四方八方飛んできたビッグワームたちに思わずレッドは体をかがめ、マータは横っ飛びに避けてロイは斧で弾き飛ばし、ラヴォワやアレンも全力の防御魔術で受け止めることに成功した。結果全てのビッグワームが壁か地面に打ちのめされることになった。
ミミズ共を払ったブルードラゴンの体に傷らしい傷は全然無く、その壮言な姿を少しも失ってはいなかった。
しかし、その目は鋭く射るような視線を辺りに向けており、凄まじい敵意と殺意を周囲に分け隔てなくまき散らしていた。
そしてブルードラゴンは再び鎌首をもたげると、天に向かって雄々しい咆哮を上げた。
グオオオォォォ……という激しい雄たけびが、大空洞全体を飲み込んだ。
「ぐあっ……!」
思わずその場にいた全員が耳を塞いだ。もはや音どころか衝撃波の域であり、レッドたちのみならずビッグワームたちまで苦しみもがいている。
やがて、永遠に続くかと思われた叫びが収まると、もう一度こちらを睨みつけてきた。
まずい、とレッドは怯える。きっと、他の仲間もそうだろうとも。
勝てない。勝てる気がしない。生物としての格が違い過ぎる。まさに神と呼ばれた魔物だ。そう確信していた。戦おうとする意志など、完全に奪い取られていた。
が、そんなただ滅ぼされるのを待つだけの石と化した人間たちに反して、ビッグワームは果敢にも、無謀にも突貫していった。
「んなっ!?」
信じられない光景に目を見開く。ビッグワームの臆病な性格もあるが、あれだけの恐ろしい魔物に構わず戦いを挑むなど常軌を逸している。やはり異常事態がこの森で起きているのだ。
飛びついてくるビッグワームに対し、ブルードラゴンは爪や尻尾で打ちのめしていく。ビッグワームは何度叩かれても向かっていくが、勝ちはいずれ決まるだろう。
「あんたたち、なにボサっとしてんの! とっとと逃げるわよっ!」
と、そこで金縛りが切れたマータの叫びで正気に戻る。
「今がチャンスよ、これ以上モタモタしてたらブルードラゴンが火吐いてあたしら丸焦げになるわよ!」
「え、ブルードラゴンて火吐くのか? てっきり氷でも吐くかと思ったが」
「……ブルードラゴンの名前は単に体色が青いからそう呼ばれているだけ……生息域が異なるけど同じ火を吐くレッドドラゴンの近似種と言われている……」
「そんな話は後にしなさいっ! とっとと逃げる!」
つい口にした疑問にラヴォワが答えてくれたら怒られた。レッドも気を取り直して指示を飛ばす。
「よしわかった。アレンは防御魔術と支援魔術を全員にかけろ。最悪生き埋めになってもしばらく生きれるためにな」
「任せてくださいっ!」
「ラヴォワとマータは攻撃魔術と爆弾の準備をしておけ。道が塞がれてたら吹き飛ばして作るんだ」
「わかった……」
「仕方ないわねっ!」
「ロイは……」
「おうっ!!」
意気揚々、自信満々に指示を全うしようとするロイに対し、レッドは、
「――そいつら運んでやれ」
と、縮こまったまま震えている亜人たちを指さした。
「へ――?」
思いもしない命令にキョトンとされたが、その直後揺れが酷くなっていった。いよいよ倒壊の危機が迫っているのかもしれない。
「ほら、行くぞっ!!」
「お、おうっ!!」
ロイも急かされて言われるまま両脇に抱え込んで走り出した。
先頭で駆けながら、レッドは聖剣を強く握った。
――このクソ剣、こんな時くらいは力貸せよ……!
レッドが念じると、聖剣は輝きを増して光を溢れさせる。
その光はレッドのみならず他の全員にも届き、不思議と力を増していった。
これが聖剣の力。自分のみならず仲間たちの傷や疲れを癒やし、魔力を向上させる作用もある。
忌ま忌ましい剣だが、使うしかない。そう判断しレッドはあるだけの力を注ぐ。
こうして、人族と亜人のブルードラゴン調査団は撤退していった。
聖剣が横薙ぎに振られ、白い軌跡を作ってビッグワームの頭部を捉えた。
「……くそっ!」
しかし、両断されるかとも思った刃は寸前で避けられ、頭部の一部を少し斬る程度で終わってしまった。
ビッグワームの面倒なところはこれで、ただでさえ狭く身動きが取り辛い場所で戦うことが多い上に、グネグネと縦横無尽動くため先読みが難しく当てづらいのだ。今回は大空洞という空けた空間とはいえ、全方位何処から来るかビッグワームの相手は大変なものがある。
どうしたものかと思っていると、突然ロイの怒号が空洞に響き渡った。
「うおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!」
なんと、ロイが飛びついてきたビッグワームを正面から受け止め、ガッチリと掴み取ったのだ。
「ロイっ! そいつそのまま上げろぉ!!」
こちらが言うのに合わせて、ロイは抱え込んだビッグワームを穴から無理やり引きずり出し、
「うおぉらぁっ!!」
と空中へ五メートルの巨体を放り投げた。
ふわりと浮かんだビッグワームに狙いを定め、レッドは聖剣の力で自らも空中へ跳ねると、
「づぁあああぁっ!!」
縦一閃、今度は狂いなくビッグワームを左右に両断した。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
地面に着地したレッドは息を荒らげる※。体にビッグワームと血と体液が付着したが、聖剣の効果で体に不具合は無いだろう。
なんとか一匹倒したが、まだまだ数は多い。次に向かう。
「ほらほらほらほらほらぁ!」
マータは先ほどの棒状の武器を何本も投げつけてビッグワームに命中させる。当たった武器は破裂し、ビッグワームがのたうち回る。
「お、おい、こんな地下で爆発物なんて使うな!」
「爆弾じゃないわよ! この手の魔物が苦しむ毒物含んだ破裂玉よ!」
マータに訂正された。マータは冒険者ギルドから紹介された腕利き、ナイフだけでなくクロスボウや罠、魔物用の特別な武器にも精通している。流石に彼女らしい選択でこの不測の事態を対処していた。
「……ん」
ラヴォワが杖をビッグワームに向けると、その先から巨大な柱のような物体が飛び出してきた。
いや、それは柱ではなく、柱のように大きい氷で作られた杭だった。
それが何本もビッグワームの胴体に突き刺さり、壁に打ち付けていく。
アイス・ランスと呼ばれる氷系の魔術だが、呪文を介さず無詠唱であそこまで巨大な杭を何本も撃てるのは只者ではない。
が、そんなラヴォワの背後から、新たなビッグワームが巨大な口を開けて食らいついてきた。
「おい、危ない!」
「……よ」
しかし、ラヴォワは振り返る事すら無く、杖だけ後方から迫る敵に突きつけた。
その瞬間、閃光がビッグワームを貫き、黒焦げとなって地面に叩きつけられる。
サンダーボルトと呼ばれる雷系の高威力魔術だ。やはりこうして戦わせてみると、魔術連盟の寄越しただけはあると認めるしかない。
そうして戦い続けている勇者パーティだったが、快進撃している割には状況は良いと決して言えなかった。
「くそっ……ミミズ共が、何匹湧いて出る!」
ロイがそう喚きたくなるのも無理はない。先ほどから述べ十匹ほど倒しているが、その間にもビッグワームが何匹も何匹も湧いて出ているのだ。いくら斬っても終わる気がしない。
「レッド! とっとと逃げないとやばいわよっ!」
「わかってるよ、でも……!」
レッド自身逃げなければいけないとは理解していた。それは矢継ぎ早に襲ってくるビッグワームそのもののせいではなく、地盤の問題だった。
今自分たちがいるのは地下深く、しかも大空洞の下である。周囲をこんな大型のビッグワームが大量に這いずり回って穴だらけにされれば、天井が抜けて落ちてくるのは時間の問題だろう。生き埋めになるのは必至だ。
だから、今すぐ逃げなければならない。分かってはいるものの、対処に精一杯で暇が無かった。
聖剣の力を使えれば、と何度も思ったが、その度に頭を振って否定する。
確かに聖剣の光の刃ならこの程度の相手一瞬で全滅させることも可能だ。しかし、あれは威力が強すぎる。使えば間違いなく壁か天井が砕けて地面が自分たちに降りかかってくるだろう。マータやラヴォワもそれを警戒して、高威力の爆発物や攻撃魔術より、一匹ずつ仕留める小規模な攻撃しか使えない。ロイは殴るか斧で切り裂くだけでいつもと違いはないが。
いずれにしろこのままでは死を待つ一方だ。何度目か分からんビッグワームを薙ぎ払いながらどうするか考えていると、アレンと彼が守っている亜人たちのところにビッグワームが一匹突進していった。
「アレンっ!」
思わずレッドは叫ぶが、アレンは自ら手持ちの小型の杖をかざすと、
「ライトっ!」
と叫ぶと、強烈な光が瞬きビッグワームの正面に叩きつけられ呻く。
ライトは魔力で周囲を照らす魔術としては初歩的なものだが、何かと便利ではあるし魔力次第では光量をいくらでも上げられるので重宝される魔術だ。攻撃魔術が使えないアレンでも目くらましとしてよく使っている。
当然、ビッグワームもその強い光に射され少し怯んだが――すぐに何事も無かったかのようにまた食らいついてきた。
「くっ! シールド!」
それに対してアレンは防御魔術を唱えた。口を大きく開けて襲いかかろうとしたビッグワームは、自らとアレンとの間に作られた見えない壁によって阻まれる。
シールドもまた防御魔術としては初歩の物で、本来は自らの身に魔力の壁を形成し鎧として着こむ技なのだが、アレンは自分だけでなく周囲一定の範囲を守ることが出来、後ろで縮こまっている亜人たちをも守護していた。
「勇者様、おかしいですよ! さっきからこのビッグワームたち、いくらライトを浴びせても気にせず襲ってきて……っ!」
アレンの困惑した声が響く。それはレッドも感じていたことだった。
そもそもこんな魔光石の輝く場所にビッグワームが出てきたことも変ならば、牽制としてレッドたちが何度も光を浴びせても、少し臆する程度でまたすぐ襲撃してくるのも変。
なにより、こいつらは逃げないのだ。いくら獰猛とはいえ、基本的に臆病で敵に遭遇すれば逃げるというビッグワーム。これだけ仲間がやられ自らも傷つけられて、なおも追撃の手を緩めないなどあり得ない。かつて戦ったシャドウウルフよりもはるかになりふり構わぬ様に恐怖すら覚えてしまう。
やはり何か異常なことが起きている――そうレッドが感じていると、頭の中で声がした。
(……聞いて)
一瞬驚愕したが、声の主がラヴォワと気付いた時、これは念話だと悟った。
念話とは主に魔術師が使うもので、言葉を声ではなく魔力で伝えることで特定の人間や騒音などが酷い空間でも会話することが出来る。脳内に感じるように流れてくるので慣れないとキツいのが難点だが。
(ちょっと、この忙しい時に何よっ!)
(これは今言わなくちゃいけない……この森で起きてる異常事態と多分関係あるから……)
(なんだと? ――よし、続けてくれ)
レッドはまた、こちらを食べようとしたビッグワームを輪切りにしながら話を許可する。そしてラヴォワは自らの推測を述べ始めた。
(……ビッグワームは目を持たない。なのに光を嫌うのは、ビッグワームの頭頂部にある目とは別の感覚器官が、光に触れると激痛を感じさせるから……)
つまり、やはりビッグワームにとって光が弱点なのは間違いないということだ。
(じゃ、じゃあラヴォワさん、どうしてここのビッグワームは平気なんですか?)
(……平気じゃない。一瞬怯んでる。でも襲い掛かって来るのは……多分、それどころじゃないから……)
(それどころじゃない、ってどういうことだ?)
聖剣でビッグワームの頭部を串刺しにしながら問いかける。ラヴォワも氷系魔術で二匹くらいまとめて氷漬けにしながら結論を言おうとした。
(……まだ推測だけど、多分……)
(おい、上っ!)
しかしその直前、会話に参加していなかったロイの叫びにかき消される。
上から轟音が鳴ったかと思えば、なんどビッグワームが五匹ほど天井を突き破り飛びかかってきたのだ。
「やばっ……!」
レッドも一瞬焦る。聖剣に力を込め、迎撃の刃を放とうとした。
しかしそれは不発に終わる。自分のところに落ちてこなかったのだ。
「……え?」
思わず呆けたような声を出してしまう。見るとアレンたち他のところにも行っていない。最初からターゲットが違ったからだ。
なんと、ビッグワームの狙いは今まで我関せずとばかりに寝そべっていたブルードラゴンだった。自身の倍以上ある巨大な竜に食らいついていく。それは落ちてきた五匹だけでなく、今までレッドたちと戦っていた他のビッグワームも同様である。
ブルードラゴンは自分の体に食いつかれても平然と寝たままだったが、何匹も何匹もその身に覆い被さって見えなくなると、突然鎌首をもたげ起き上がったかと思えば、肉体を大きく揺らして食いついていたビッグワームたちを振り払った。
「うわぁっ!!」
四方八方飛んできたビッグワームたちに思わずレッドは体をかがめ、マータは横っ飛びに避けてロイは斧で弾き飛ばし、ラヴォワやアレンも全力の防御魔術で受け止めることに成功した。結果全てのビッグワームが壁か地面に打ちのめされることになった。
ミミズ共を払ったブルードラゴンの体に傷らしい傷は全然無く、その壮言な姿を少しも失ってはいなかった。
しかし、その目は鋭く射るような視線を辺りに向けており、凄まじい敵意と殺意を周囲に分け隔てなくまき散らしていた。
そしてブルードラゴンは再び鎌首をもたげると、天に向かって雄々しい咆哮を上げた。
グオオオォォォ……という激しい雄たけびが、大空洞全体を飲み込んだ。
「ぐあっ……!」
思わずその場にいた全員が耳を塞いだ。もはや音どころか衝撃波の域であり、レッドたちのみならずビッグワームたちまで苦しみもがいている。
やがて、永遠に続くかと思われた叫びが収まると、もう一度こちらを睨みつけてきた。
まずい、とレッドは怯える。きっと、他の仲間もそうだろうとも。
勝てない。勝てる気がしない。生物としての格が違い過ぎる。まさに神と呼ばれた魔物だ。そう確信していた。戦おうとする意志など、完全に奪い取られていた。
が、そんなただ滅ぼされるのを待つだけの石と化した人間たちに反して、ビッグワームは果敢にも、無謀にも突貫していった。
「んなっ!?」
信じられない光景に目を見開く。ビッグワームの臆病な性格もあるが、あれだけの恐ろしい魔物に構わず戦いを挑むなど常軌を逸している。やはり異常事態がこの森で起きているのだ。
飛びついてくるビッグワームに対し、ブルードラゴンは爪や尻尾で打ちのめしていく。ビッグワームは何度叩かれても向かっていくが、勝ちはいずれ決まるだろう。
「あんたたち、なにボサっとしてんの! とっとと逃げるわよっ!」
と、そこで金縛りが切れたマータの叫びで正気に戻る。
「今がチャンスよ、これ以上モタモタしてたらブルードラゴンが火吐いてあたしら丸焦げになるわよ!」
「え、ブルードラゴンて火吐くのか? てっきり氷でも吐くかと思ったが」
「……ブルードラゴンの名前は単に体色が青いからそう呼ばれているだけ……生息域が異なるけど同じ火を吐くレッドドラゴンの近似種と言われている……」
「そんな話は後にしなさいっ! とっとと逃げる!」
つい口にした疑問にラヴォワが答えてくれたら怒られた。レッドも気を取り直して指示を飛ばす。
「よしわかった。アレンは防御魔術と支援魔術を全員にかけろ。最悪生き埋めになってもしばらく生きれるためにな」
「任せてくださいっ!」
「ラヴォワとマータは攻撃魔術と爆弾の準備をしておけ。道が塞がれてたら吹き飛ばして作るんだ」
「わかった……」
「仕方ないわねっ!」
「ロイは……」
「おうっ!!」
意気揚々、自信満々に指示を全うしようとするロイに対し、レッドは、
「――そいつら運んでやれ」
と、縮こまったまま震えている亜人たちを指さした。
「へ――?」
思いもしない命令にキョトンとされたが、その直後揺れが酷くなっていった。いよいよ倒壊の危機が迫っているのかもしれない。
「ほら、行くぞっ!!」
「お、おうっ!!」
ロイも急かされて言われるまま両脇に抱え込んで走り出した。
先頭で駆けながら、レッドは聖剣を強く握った。
――このクソ剣、こんな時くらいは力貸せよ……!
レッドが念じると、聖剣は輝きを増して光を溢れさせる。
その光はレッドのみならず他の全員にも届き、不思議と力を増していった。
これが聖剣の力。自分のみならず仲間たちの傷や疲れを癒やし、魔力を向上させる作用もある。
忌ま忌ましい剣だが、使うしかない。そう判断しレッドはあるだけの力を注ぐ。
こうして、人族と亜人のブルードラゴン調査団は撤退していった。
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