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転生勇者と魔剣編

第十二話 アレン・ヴァルドという少年(4)

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「断るべきじゃないの? この依頼」

 開口一番、マータのその言葉にレッドは黙ってしまった。

 アレンの方を見ると、悲しそうな、すがるような目をこちらへ向けてくるので、思わず目を逸らしてしまった。

 レッドは一旦落ち着こうと思って腰を下ろした。ボロボロの手作り椅子のようだがとりあえず座れるだけマシである。

 勇者パーティ五人は、小さな小屋に集まっていた。それも先ほどまでいた兎族の村長宅ではなく、隣の避難して誰もいなくなった牛族のなんとか破壊を免れた家にである。

 わざわざ離れたのは、これ以上あの場にいるのはまずいと判断したからだった。殺気立った彼らの前に居ては、暴動すら起きかねない。だからまあ、逃げてきたわけだ。

「はっきり言ってあたしらの身が危険だよ。それもブルードラゴンのせいじゃなくてね。こんなところからさっさと引き上げるべきだと思うけど?」
「そ、そんな、でもマータさん、このままだと村の人たちが!」
「その村人たちが狩るなって言ってるんじゃないのよ! あたしら二つの国に貧乏くじ引かされたんじゃないの、こんな仕事引き受けたくないね!」
「まったくだ、あいつら人がわざわざ来てやったというのに礼というものが無い。あんな恩知らずの連中の助けなど御免だ!」

 ロイも力強く同意する。しかし、ロイはどうもマータが何を言っているのか理解できていないらしい。

 と言っても、レッドとしてもマータの意見には同意である。マガラニ同盟国の依頼通りブルードラゴンを討伐したところで、待っているのは村人、どころか亜人たちからの怨嗟の声だろう。明らかにハイリスクノーリターンの仕事である。出来れば逃げたい気持ちは分かる。

 が、それはこの依頼がだ。
 レッドは胸元に入れていた例の書状を見せながら言った。

「そう言ってもな……これはマガラニやレムリーだけじゃなく、うちのアトールや教会まで通した依頼だぞ。断るなんて無理だろ」

 これには二人も二の句が継げなかった。

 そう、自分たちはギルドが雇った冒険者でも用心棒でもなく、五か国が共同して作った『勇者パーティ』である。食費宿泊費移動費全部負担して貰えているが、その分寄越された依頼は全部果たさねばならない。これは仕事ではなく義務だ。

「そうは言っても……こんな状況じゃ狩れないわよ? あいつら邪魔してくるに決まってるじゃない」
「まあな……最悪こっちが狩られる対象になる」

 頭を抱えたくなった。逃げることは出来ないしこのまま進むことも出来ない。かといって留まり続けるのはもっと無理だ。どうしたものかと泣きたい。
 ふと、アレンの方を視線を移す。アレンも不安そうな表情でこっちをひたすら見つめてきていた。

 しばし逡巡した結果……「――ラヴォワ」と声をかけた。

「……なに?」
「魔術連盟なら魔物に対する知識は豊富だろ。ブルードラゴンについて何か知らないか?」

 魔術連盟とは冒険者ギルドの下部組織に属する組織で、元々各国の魔術師が国の垣根を越えて魔物や魔術に関わる様々な研究、を共有し発展させるため作られたものだ。本来魔術は国家の財産であり武力なのだが、国境に関わらない魔物被害や疫病など様々な問題を解決するために、国家に研究結果を還元するという形で存在を認められている。

「……ブルードラゴンは既に種としては絶えた魔物。研究が少なすぎて分からない」
「そうか……」

 落胆するレッドに、ラヴォワは「……ただ」と付け加える。

「ドラゴン種は他にもいる。火山帯を生息地とするレッドドラゴン、飛行能力を持たず地下生活を主にするアースドラゴン、水棲生物でドラゴンの近似種とよばれるリバイアサン……、それらのデータと比較検討することは出来ると思う……」

 レッドは、いや他の三人も少し驚いてしまった。旅してから三か月ほど経つが、ラヴォワがここまで喋ったのは初めてだ。大抵必要最低限の台詞しか吐かないのだが、やはり魔術師というのは研究者気質で得意なことは語りたがるものなのかもしれない。

「なるほど。しかし、比較検討と言ってもどうするんだ?」
「……主に調査。過去のデータを調べたり、現地調査したり……」
「現地調査て、聞き込みか? 過去のデータも村人たちなら良く知ってると思うが……」
「んなもん協力するわけ無いじゃないのあいつらが」

 結局そこへ至る。当事者の村人たちが完全な非協力的であるからこれ以上何も出来ない。

「……なら、自分たちで調べに行く」
「自分たちでって、ブルードラゴン様のところへ行くってことですか? でも……」

 ちらと窓の方を見やる。アレンも索敵魔術で気付いているらしい。

 外には、一見ただ木々が茂っているか壊れた家屋の残骸しか無い。しかし、そこかしこから気配が感じ取れた。聖剣も鈍く反応している。
 監視されているのだ。コッソリ行ったところで、ブルードラゴンを仕留めに行くと思われ襲撃されるのは目に見えていた。

 再び逡巡する。椅子にもたれかけ「う~ん」と悩んだ結果、天井を仰ぎながら、

「……ブルードラゴンの確認に行こう」

 と結論付けた。

「はあ? 分かってるのあんた、ブルードラゴンの所に行ったら確実に襲われるわよ? あいつらの目はどこにでも光ってるんだから、隠れていくわけにも……」
「誰が隠れていくなんて行った。あいつらも連れてく。道案内としてな」
「道案内? あんた本気?」

 マータやロイから正気を疑うような顔をされた。アレンも何を言っているのか理解できない様子だ。ラヴォワは顔色一つ変えやしない。
 レッドは「あのな」と椅子に座り直し、四人に面と向かって続けた。

「村人たちが討伐に反対しているのは、ブルードラゴンが本当に狂暴化したのか分からんからだ。いつもの発情期かもしれんという、放っておけばいずれ収まるという期待がある。だから、そこを明確にしなきゃいけない。もし本当に単なる発情期なんだったら、俺たちは帰れば済む話だ」

 つまり白黒決着をつけるということだ。だからこそ同行させる必要がある。彼ら自身がこの目で見ずレッドたちだけが向かって判断したところで、納得する訳が無いと答えた。
 すると、アレンは「……勇者様」と消え入りそうな声で問いかけてきた。

「なんだ、アレン」
「仮に……仮にですよ? もし調査して、危険ということになったら……」

 それ以上アレンは続けられなかった。
 レッドも少し言い淀んだが、ここで黙ることに意味は無いと考えて、はっきりと告げる。

「当然、討伐するしかないな」

   ***

「――はぁ!? 俺たちに道案内しろ!? 正気か貴様っ!」

 兎族の村に戻って、先ほど強硬に反対した連中がまだ村長宅でガタガタ言っていたので、声をかけることにした。こちらの提案を聞いた途端、また激昂し出したが。

「勿論。ここら辺はあなた方の生まれ故郷でしょう? 当然、ブルードラゴンの住み処もご存知と思いまして」
「馬鹿か貴様! ブルードラゴン様を退治しようなんて連中連れてくるわけねぇだろ!」

 今すぐにでも襲い掛かってきそうな荒れっぷりである。村長たちもアレンもオロオロして止めようとするが手を出せそうにもない。マータやロイも臨戦態勢に入った。ちなみにラヴォワは相変わらず我関せずの態度。

 もっともこれは容易に予想できた展開だ。レッドは臆することも無く、先ほどまでに考えておいた台詞を口にする。

「まあ、我々としても別にこのまま帰っていいのですがね」
「……なに?」

 不意を打たれ、荒れくれ男は怒りも消えて呆気にとられた顔をした。その場にいた他の面々も何言っているんだと一様に驚いている。
 その反応に勝利を確信しつつ、さらに言葉を続けた。

「でも宜しいのですか? 我々が何の成果も無く帰還すれば、今度は正規軍が派遣されることになっているのですが」
「なんだと!?」

 亜人の男は驚愕した。マータは感心したような顔をして、ロイは意味が分からんと頭に? マークを浮かべている。アレンも聞き覚えの無い話に首を傾げ、ラヴォワは全く変化が無かった。

「我々は先遣隊に過ぎないのです。ブルードラゴンの様子を確認するためのね。危険と判断すれば自らの手で討伐するか、あるいは無害と判断すればそのまま帰るか。いずれにしろ正規軍に報告する義務があります。勿論こちらの手に余ると報告されるか、もしくは我々が消息を絶てば失敗したとされ今度は正規軍が派遣される予定になっています。マガラニ同盟国もレムリー帝国もブルードラゴンの被害を重く見ておりまして、状況次第では討伐も致し方なしと合意したわけです。お分かりになりますか?」

 無論、これは大嘘である。マガラニ同盟国もレムリー帝国も、自分たちで手を付けるのを嫌がってレッドたちに押し付けたのだ。正規軍を派遣する予定などある訳が無い。

 ただ――まるきり嘘でもなかった。これ以上被害が拡大すれば、両国ともいずれ派兵せざるを得なくなるだろう。マガラニ同盟国側としてもレムリー帝国側が現状が改善されない限り、黙っているはずが無いと理解している。遅かれ早かれ、正規軍は本当に来る。

 同時に、自分たちが消息を絶てば正規軍が来ると言っておくことで、暗殺するという選択肢も潰しておいた。仮に皆で口裏を合わせたところで、討伐する相手が正規軍に変わるだけだと思わせておけば、手にかけようとはしなくなるだろう。

 なら、こちらの提案に乗り有害か無害か判断させるしかない。そう決めさせることが目当てだった。無論その場の思い付きの作戦だが、レッド自身は悪くないアイディアだと思っている。

 反対派のリーダーであろう兎族の荒れくれ男もそこまでは理解したらしく、しばらく黙っていたが、

「……わかった。何人か連れて行こう」

 と返答してくれた。
 当然反対する声も多数上がったが、リーダーが止めてくれた。一応上手く行ったと思い、ホッと胸をなでおろす。

 アレンの方を見やると、尊敬するような、憧れのようなキラキラした目を向けられていた。妙に気恥ずかしくしくなってしまう。

 こうして、人族と亜人のブルードラゴン調査団が結成された。
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