The Dark eater ~逆追放された勇者は、魔剣の力で闇を喰らいつくす~

紫静馬

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転生勇者と魔剣編

プロローグ 夢の終わりに

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「ぶはっ……! だっ、あっ……!」

 腹に喰らった激痛に苦痛の声を漏らしながら、蹴とばされた男は、深夜の荒涼とした大地の地面に、ただのたうち回るしか出来なかった。

 金髪に碧眼、高身長の美男子……という項目だけ並べれば、物語の主人公のような麗しい青年と思いそうではあるが、今の彼を見てそんな感想を浮かべる者はただの一人もいない。

 美しいはずの金髪は、ところどころメッシュが入ったような黒髪が混じっており、深い海を思わせる筈の碧眼は右目だけに留まり、左目は反対に血を思わせるような紅蓮に輝いていた。

 何よりも異様なのは、顔の左半分を覆う火傷の跡。
 俗に言うフライフェイスと呼ばれる焼け爛れた傷跡が、彼の端正のとれた顔を台無しにしていた。

 着ている物もよく見れば酷い有様である。マントの下によく見なくとも劣悪な安物と分かる簡易な鎧を身に着けていた。第一、そのどれもがボロボロで薄汚れている。このままスラムに寝転がったとしても、誰もが野垂れ死んだ貧者と思い込むに違いない。

「ぐはっ、げはっ、はぁ……!」

 そんなみすぼらしい恰好の男は、絶え絶えだった息をようやくの思いで整えると、自分に重い蹴りを食らわせた相手を睨みつける。

 目の前には、羽を広げた白銀の天使がいた。

 いや、天使ではない。天使のような純白の姿をした、長身の人間。

 正確にはそれも違う。純白なのはその人間ではなく、その人間が纏った鎧だった。

 頭部の兜から足元の靴まで全てを覆った全身鎧、プレートアーマーと呼ばれる物を身に着けたその姿は、白い翼を広げた天使そのものに映るであろう。

「……くそっ」

 しかし、そのような神々しい御姿を目の当たりにしても、男はさも憎々しげに血の混じった唾を吐き捨てるだけだった。

「――終わりだ、レッド」

 そんな彼、レッドに対して、白き鎧に身を包んだ人型が声をかけた。
 高身長たるレッドと呼ばれた男より一回りか二回り長身に見える鎧姿に反して、まるで子供のような高い少年の声。調子から言っても幼さすら感じさせるが、内容はそれに反して恐ろしさを聞く者に抱かせた。

「ようやく終わりだ。この世界を狂わせた罪、贖ってもらう」
「――ああ、そうかい」

 自らに殺意を向けられる絶体絶命の状態であっても、レッドは皮肉気に睨みつけるだけだった。
 ゆっくりと身体を起こし、あぐらをかく体勢を取ると、眼前の天使に声をかける。

「終わり、ね。なるほど。じゃあ一つ聞きたいんだが……俺を斬ったところで、何か変わるのかね?」
「――なんだと?」

 不意を打たれ、顔など見えない鎧の中身が透けて見えるように戸惑っているのが分かる。その様にレッドは口角を上げて歪んだ笑みを零す。

「俺一人殺して、それで何が変わる? 世界が平和になるか? 亜人たちが自由と権利を手に入れるか? そうだな、仮に俺が魔王か何かだったらそうなったかも……いや、ならないね。そんなことくらい分かってるだろ?」
「――黙れ」

 声色が変わった。元の声より一層低く、一層感情が籠もった声に。小さく震えて、腰に刺さった剣に手をかける。
 レッドには籠もった感情を知れた。これは――殺意だ。

「世界の悪たる魔王が居て、そいつ一人殺せば世界はたちまち平和になってお花畑は花が咲き乱れみんな笑顔に――なんてのは与太話だけだ。どうせすぐ別の争いが起きる。ましてや、魔王と縁もゆかりもないそこらのチンピラ殺して、何になる? 分かってるだろ、お前の目的は正義でも使命でもなく、単に――」
「黙れっ!」

 言葉の次を待ってはいなかった。白い天使は腰の剣を抜き、大きく振り上げると、ニヤついた笑みを浮かべるレッドに勢いよく落とされた。

 盾も剣も持っていないレッドは守ることも出来ず、そのまま容赦なく切り裂かれる――
 と、思われたが、

「――っ!?」

 ガキィン、という人間を斬った時ではあり得ない甲高い音がその場に響き、天使の一閃は止められる。

 驚いた天使が切っ先を見ると、聖なる剣の万物を切り裂く筈の刃は、気怠そうに上げられた彼の左手に止められていた。

 いや、正確には左手ではなく、左手の甲。剥き出しになった手の甲で切っ先を受け止めている形になっていた。

 天使は動揺した。自らの剣の切れ味は自分が一番知っている。とても防具も何も無い素手で受け止められるようなものではない。
 そしてもう一つ、天使が信じられないものがあった。

 抜けないのだ。聖剣が。

 単に手の甲で止められているはずの剣が、まるでガッシリ掴まれたかのようにピクリとも動かない。いくら引っ張っても押しても、切っ先には揺れ一つ無い。

 何が起きているか分からず、思わず両手で持ち手を掴んで揺さぶっていると、

『――ペッ』

 と、聞き覚えの無い声がすると、剣を掴んでいた力がふっと抜けて、引っ張ったままだった天使の身はその勢いに耐えられず、後ろに大きく尻もちした。

『マッズ……』

 それこそ吐き捨てるような声が響く。レッドや天使でないことは勿論、男とも女とも区別がつかない妙に甲高くて、人の言葉の筈なのにまるで鳥か獣の泣き声に思えてしまう不可思議な代物だった。

「余計なことしやがって……」

 誰に話しているか分からないが、呆れたような口調でそう呟くと、レッドはゆっくりと起き上がり、そして尻もちをついた天使を見下ろすと、

「――あんときゃ悪かったよ、アレン」

 そう、天使に向かって告げた。

 アレンと呼ばれた天使は、一瞬現状を忘れ固まり、レッドの傷だらけの顔を凝視する。
 するとレッドは、本当に申し訳なさそうな顔で、

「お前を――追放なんかしちゃってさ」
「――何を、」

 続きの言葉を継げる前に、アレンは顔面に激しい衝撃を喰らい吹き飛ばされた。

「ぐおっ……!」

 全身鎧を纏っていてもなお強烈な激痛に苦悶の声を上げる。

「さて――謝罪は終わりだ」

 揺さぶられた視界を上げ、嘲笑じみた笑いの主に目をやると、蹴り上げたのであろう右足がこちらに向けられていた。

 その右足は、先ほどまでと違っていた。

 今にも崩れそうなみすぼらしい靴が、いつの間にか闇を切り取ったような、漆黒の鉄靴に置き換わっている。
 足から先も同色の脛当てに覆われており、まるで悪魔の肉体に変化したような異様さが感じられた。

 その異形の足を持ったレッドの顔も、今までも全く異なっていた。ぐにゃりと歪んだ笑みを浮かべ、余裕どころか子供を弄ぶような下卑た感情すら見て取れる。

「こっからがホントの喧嘩だよ、アレン。準備はいいかい『勇者』サマ?」
「……貴っ様ぁ!!」

 思わずアレンが飛びかかろうとすると、目の前に何かの塊が飛んできた。

「うわっ!」

 咄嗟に聖剣で弾き飛ばすと、その塊はレッドの元へ飛んでいく。
 しかし、レッドは焦りなど微塵もなく、余裕とばかりにその塊を右手でキャッチした。

「どうも」

 と笑って感謝の意を告げるとその塊、一本のロングソードを構えた。

 それは確かに長剣ではあった。しかし、姿はあまりにも奇妙だった。

 長さ自体はアレンの持つ聖剣とさしたる違いは無い。だが普通なのはそこだけだ。
 その剣は刃先から持ち手まで、完全に光すら反射しない闇の色一色だった。

 剣自体もかなり幅広で、刃先は湾曲し剃った片刃の反対側には、猛獣の牙のような三つの尖りすらある。もはやロングソードではなく全く別物の大剣と言ってよかった。

 異質なレッドの風貌に合わせたかのような、怪物じみた剣の切っ先を、アレンに向けて一言こう告げた。

「あの時とは違う。俺の……いや、の本当の力を見せてやるよ」

 その時、夜闇に包まれていた大地に、一筋の光が差した。太陽が昇ったのだ。
 太陽は丁度、レッドの背に当たる角度で昇り、足元に影が出来る。

 その影を一瞥すると、レッドはニヤリと笑い、剣を翻したと思うと、自らの影に思い切り突き刺した。

「鎧――着っ!!」

 レッドが叫んだと同時に、影が一瞬揺らいだかと思うと、影の中から勢いよく何かが次々と飛び出してきた。

 飛び出した物体たちは、レッドの頭上まで飛ぶと空中で静止した。
 その物体は、脛当てや剣などと同じく、漆黒に染まった金属の塊に思えた。しかし、それは思い違いであった。

 金属たちは一つ一つ違った形をしていた。
 兜、手甲、籠手、胸当て――それは間違いなく、のパーツたちだった。

「あれは――!」

 アレンが愕然とした刹那、空中に浮かんでいたパーツたちが信じられない速度で落下していく。凄まじい砂埃と共にレッドに激突した、かに思われた。

 しかして、砂埃が消えた先にあったのは潰れたレッドの肉片ではなく、異形の怪人だった。

 その姿は、アレンの鎧姿が天使なら、まさに悪魔と呼んでよかった。

 全身を黒一色に染め上げ、部分部分を凶獣のたてがみのように尖られた様は、防御のための鎧というより、それ自体が相手を傷つけ痛めつけるための残虐性を持ち合わせていた。

 禍々しいだの荒々しいだのという表現がふさわしい狂気の鎧は、悪魔以外の表現方法を人々に与えさせることは無い。

「さて、と――」

 そんな醜悪な姿とは裏腹に、首をコキコキ鳴らす人間じみたふざけたしぐさと共に、その悪魔はレッドの声を出して目の前のもう一人の鎧に剣を突きつける。

「準備はいいかい? アレン・ヴァルドよ」
「――っ! レッド・H・カーティス!!」

 悪魔の煽りに激昂した天使は、剣を引き抜いたかと思えば正面に構えてそのまま突撃した。人間には出せない速度の突きで貫くつもりだ。

 天使の目にも止まらぬ突進。だが悪魔はそれに動じず、自らの大剣を天使めがけて降り下ろす。

 ガキィ、という激しい金属のぶつかる音が、日に照らされた荒野に響き渡った。
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