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「なにすりゅんだー! 僕は、まだ飲むんだ! まりゅがれーてに別れを、つげるんらー!」
あばれるどうしようもない王子を、フェリクスは渾身の力で抑え込んだ。
「婚約解消をしたんだから、もう別れを告げたじゃないですか。殿下、どうか落ち着いて下さい」
フェリクスの無慈悲な言葉に、ミランははっと、動きを止めた。しゅんとなり、力なくソファにへたりこむ。
「そう……。もうわかえた……。マルガレーテは……もういにゃいんだ……。うう、マルガレーテ、だからって、すぐに諦めるなんて、本当は、出来ないよ……」
今度はダンゴムシみたいに丸まって、いじけだす。しまった、事実をストレートに伝えすぎた。
「そ、そうですよね、すぐに気持ちを切り替えられないですよね」
フェリクスは急いで態度を変え、抑え込んでいた手を離し、宥めるようにミランに優しく言った。ミランは丸まったまま、黙っていたが、やがて、
「フェリクス殿も、思う人がいたんだったね……」
と、何気なくぽつりと言った。フェリクスはぎょっとした。
覚えていたんだ。
――ミラン殿下、私も、実は、好きな人ができました――
森の近くの小屋の中で、つい感情的になり、言ってしまった言葉。
思い返すと今更ながら恥ずかしくなってくる。フェリクスは顔が熱くなるのを感じて、あわてて頭を振る。
ミランはそんなフェリクスの思いをよそに、俯いたまま、申し訳なさそうに謝罪した。
「フェリクス殿、あのときはごめん。君に、ひどいことを言った。誰だって、好きな人を簡単になんて、諦められないよね」
「い、いいえ、あのときは、取り乱し、お恥ずかしい姿を見せてしまいました。私の方こそ、すみません」
自分でも、あんなふうに手放しで涙を流すとは思わなかった。あの涙の本当の意味を、ミラン殿下は全く気がついていない。
「よーし、フェリクス殿、二人で思う人への愛を叫ぼう! そして歌おう! 行くぞ秘密の場所へ!」
ミランはぱっと顔を上げ、立ち上がると、フェリクスの腕を掴んだ。空いている手にはいつのまにか「王家秘蔵の酒」を持っている。
「ミラン殿下、待って下さいよ、酔っぱらい過ぎです」
「思う人」って貴方のことなんですけど、と内心突っ込みつつフェリクスが止めようとすると、ミランはくるりと振り返った。
「君は、僕とこれからもずっと一緒にいてくれるんだろう? だったらついて来てよ!」
えっ。何その理屈。しかも、そんなこと言ったっけ? これからも力になりたいとは言ったけど。
そんなふうに思ってミランを見ると、彼はフェリクスに向かって、これ以上ないくらい切実に、すがるような表情をしていた。
ずるい。そんな顔をされたら、断れない。簡単に、諦められなくなってしまう。傍に少しでも長くいられたら、いいと思っていたのに。
「どこまでも、ついて行きますよ、ミラン殿下」
フェリクスが力強くそう言うと、ミランは本当に嬉しそうに微笑んだ。胸の奥が締め付けられるように、熱くなる。
あの涙の本当の意味に全く気がつかない貴方が、本当は、少し、憎らしい。
ちょっとぐらい気がついてよ、って思う。
だけど、今はフェリシアじゃなくて、フェリクスでいい。貴方がそれで元気になるなら。
それに、気がついてよ、じゃだめだよね。気がついて欲しいなら、自分で努力しなきゃ。
ずっと、一緒にいたい。貴方と。
自分の腕を優しく引きながら、階段を駆け上がるミランの背中に、フェリクスはそう思った。
(終わり)
ここまで読んで下さって、どうもありがとうございました。
あばれるどうしようもない王子を、フェリクスは渾身の力で抑え込んだ。
「婚約解消をしたんだから、もう別れを告げたじゃないですか。殿下、どうか落ち着いて下さい」
フェリクスの無慈悲な言葉に、ミランははっと、動きを止めた。しゅんとなり、力なくソファにへたりこむ。
「そう……。もうわかえた……。マルガレーテは……もういにゃいんだ……。うう、マルガレーテ、だからって、すぐに諦めるなんて、本当は、出来ないよ……」
今度はダンゴムシみたいに丸まって、いじけだす。しまった、事実をストレートに伝えすぎた。
「そ、そうですよね、すぐに気持ちを切り替えられないですよね」
フェリクスは急いで態度を変え、抑え込んでいた手を離し、宥めるようにミランに優しく言った。ミランは丸まったまま、黙っていたが、やがて、
「フェリクス殿も、思う人がいたんだったね……」
と、何気なくぽつりと言った。フェリクスはぎょっとした。
覚えていたんだ。
――ミラン殿下、私も、実は、好きな人ができました――
森の近くの小屋の中で、つい感情的になり、言ってしまった言葉。
思い返すと今更ながら恥ずかしくなってくる。フェリクスは顔が熱くなるのを感じて、あわてて頭を振る。
ミランはそんなフェリクスの思いをよそに、俯いたまま、申し訳なさそうに謝罪した。
「フェリクス殿、あのときはごめん。君に、ひどいことを言った。誰だって、好きな人を簡単になんて、諦められないよね」
「い、いいえ、あのときは、取り乱し、お恥ずかしい姿を見せてしまいました。私の方こそ、すみません」
自分でも、あんなふうに手放しで涙を流すとは思わなかった。あの涙の本当の意味を、ミラン殿下は全く気がついていない。
「よーし、フェリクス殿、二人で思う人への愛を叫ぼう! そして歌おう! 行くぞ秘密の場所へ!」
ミランはぱっと顔を上げ、立ち上がると、フェリクスの腕を掴んだ。空いている手にはいつのまにか「王家秘蔵の酒」を持っている。
「ミラン殿下、待って下さいよ、酔っぱらい過ぎです」
「思う人」って貴方のことなんですけど、と内心突っ込みつつフェリクスが止めようとすると、ミランはくるりと振り返った。
「君は、僕とこれからもずっと一緒にいてくれるんだろう? だったらついて来てよ!」
えっ。何その理屈。しかも、そんなこと言ったっけ? これからも力になりたいとは言ったけど。
そんなふうに思ってミランを見ると、彼はフェリクスに向かって、これ以上ないくらい切実に、すがるような表情をしていた。
ずるい。そんな顔をされたら、断れない。簡単に、諦められなくなってしまう。傍に少しでも長くいられたら、いいと思っていたのに。
「どこまでも、ついて行きますよ、ミラン殿下」
フェリクスが力強くそう言うと、ミランは本当に嬉しそうに微笑んだ。胸の奥が締め付けられるように、熱くなる。
あの涙の本当の意味に全く気がつかない貴方が、本当は、少し、憎らしい。
ちょっとぐらい気がついてよ、って思う。
だけど、今はフェリシアじゃなくて、フェリクスでいい。貴方がそれで元気になるなら。
それに、気がついてよ、じゃだめだよね。気がついて欲しいなら、自分で努力しなきゃ。
ずっと、一緒にいたい。貴方と。
自分の腕を優しく引きながら、階段を駆け上がるミランの背中に、フェリクスはそう思った。
(終わり)
ここまで読んで下さって、どうもありがとうございました。
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