54 / 94
54
しおりを挟む
「君だって、薬作りに協力したじゃないか!」
「殿下が使い込みの件で脅してきたから仕方なくですよ! こっちだって職を失いたくないんです!」
暗がりの中、ミランが自分を睨んでいるのがフェリクスには分かった。両の拳を握り、言い返す言葉を考えているようだった。
やがて、ミランは絞り出すような声で言った。
「そんなこと、僕だって分かってる……分かってるさ。だけど、マルガレーテへの想いがどうにもならないんだよ。それくらい、僕は彼女が好きなんだ。あいにく僕は、好きだから、自分は引いて、相手の幸せを望むみたいな高尚で御大層なこと、できない……。真面目な君と違ってね!」
「ま、真面目は関係ないでしょう!」
「真面目だろ、休暇中に魔法師団の制服なんか着ちゃって、他に服持ってないの?」
「持ってますよ、って何の話ですか! 話そらさないで下さい!」
「そらしてないさ! 僕は君と違って、好きな人を簡単に諦められないって話だよ!」
か、簡単に諦める……!?
人の気も知らないで。私が、どんな想いで。
どんな想いで、貴方を。
ひどい……、ひどい。
ひどい……。
「……フェリクス殿?」
フェリクスが突然黙ったので、ミランが不信がるような声を出した。やがて、
「……少し感情的になったよ。ちょっと座ろうか……」
フェリクスに近づき、促すように肩を叩こうとして、その手を止めた。
「な、泣いてるのか?」
ミランは大げさなほど驚いて、あたふたした。
「ど、どうしたんだ……?」
焦っているというよりも、困惑の声だった。
それはそうだろう。
ミランはフェリクスを男だと思っている。
しかも、クールで名が通っている、魔法師団の団長だ。
その彼が、暗がりでも分かるほどに、ぼろぼろ涙をこぼしているんだから。
「ほ、他に服を持ってないなんて言いすぎたよ……ご、ごめん」
ミランは動揺してとんちんかんなことを言った。
「いえ、殿下、何でもないんです。どうか、気にしないで……」
一番困惑していたのはフェリクス自身だった。
ミランに言われるまで、自分で泣いていることに気がつかなかった。
ミランの言葉が、こんなにも自分に突き刺さるなんて、思わなかった。
「とにかく、座ろう」
フェリクスとミランは簡素なベッドに並んで腰かけた。はじめて薔薇を取りに来たとき、この上でミランの顔の治癒を、フェリクスがしたのだ。
「雨、少し弱くなってきたかな……」
だいぶ間があったのち、ミランが、気詰まりな雰囲気を取り繕うように言った。
「そうみたいですね」
フェリクスも、いつもの冷静な声で答えた。泣いたせいか、少し頭がぼうっとしていた。
再び沈黙が降りたが、しばらくして唐突に、ミランが言った。
「フェリクス殿、聞いてくれ。僕は、マルガレーテとの婚約を解消するよ」
「そうですか……って、ええ!?」
フェリクスは驚いて、隣に座る、ミランを振り返った。ミランは、膝の上に固めた拳を、じっと、見つめていた。
「殿下が使い込みの件で脅してきたから仕方なくですよ! こっちだって職を失いたくないんです!」
暗がりの中、ミランが自分を睨んでいるのがフェリクスには分かった。両の拳を握り、言い返す言葉を考えているようだった。
やがて、ミランは絞り出すような声で言った。
「そんなこと、僕だって分かってる……分かってるさ。だけど、マルガレーテへの想いがどうにもならないんだよ。それくらい、僕は彼女が好きなんだ。あいにく僕は、好きだから、自分は引いて、相手の幸せを望むみたいな高尚で御大層なこと、できない……。真面目な君と違ってね!」
「ま、真面目は関係ないでしょう!」
「真面目だろ、休暇中に魔法師団の制服なんか着ちゃって、他に服持ってないの?」
「持ってますよ、って何の話ですか! 話そらさないで下さい!」
「そらしてないさ! 僕は君と違って、好きな人を簡単に諦められないって話だよ!」
か、簡単に諦める……!?
人の気も知らないで。私が、どんな想いで。
どんな想いで、貴方を。
ひどい……、ひどい。
ひどい……。
「……フェリクス殿?」
フェリクスが突然黙ったので、ミランが不信がるような声を出した。やがて、
「……少し感情的になったよ。ちょっと座ろうか……」
フェリクスに近づき、促すように肩を叩こうとして、その手を止めた。
「な、泣いてるのか?」
ミランは大げさなほど驚いて、あたふたした。
「ど、どうしたんだ……?」
焦っているというよりも、困惑の声だった。
それはそうだろう。
ミランはフェリクスを男だと思っている。
しかも、クールで名が通っている、魔法師団の団長だ。
その彼が、暗がりでも分かるほどに、ぼろぼろ涙をこぼしているんだから。
「ほ、他に服を持ってないなんて言いすぎたよ……ご、ごめん」
ミランは動揺してとんちんかんなことを言った。
「いえ、殿下、何でもないんです。どうか、気にしないで……」
一番困惑していたのはフェリクス自身だった。
ミランに言われるまで、自分で泣いていることに気がつかなかった。
ミランの言葉が、こんなにも自分に突き刺さるなんて、思わなかった。
「とにかく、座ろう」
フェリクスとミランは簡素なベッドに並んで腰かけた。はじめて薔薇を取りに来たとき、この上でミランの顔の治癒を、フェリクスがしたのだ。
「雨、少し弱くなってきたかな……」
だいぶ間があったのち、ミランが、気詰まりな雰囲気を取り繕うように言った。
「そうみたいですね」
フェリクスも、いつもの冷静な声で答えた。泣いたせいか、少し頭がぼうっとしていた。
再び沈黙が降りたが、しばらくして唐突に、ミランが言った。
「フェリクス殿、聞いてくれ。僕は、マルガレーテとの婚約を解消するよ」
「そうですか……って、ええ!?」
フェリクスは驚いて、隣に座る、ミランを振り返った。ミランは、膝の上に固めた拳を、じっと、見つめていた。
0
お気に入りに追加
86
あなたにおすすめの小説
【完結】元お飾り聖女はなぜか腹黒宰相様に溺愛されています!?
雨宮羽那
恋愛
元社畜聖女×笑顔の腹黒宰相のラブストーリー。
◇◇◇◇
名も無きお飾り聖女だった私は、過労で倒れたその日、思い出した。
自分が前世、疲れきった新卒社会人・花菱桔梗(はなびし ききょう)という日本人女性だったことに。
運良く婚約者の王子から婚約破棄を告げられたので、前世の教訓を活かし私は逃げることに決めました!
なのに、宰相閣下から求婚されて!? 何故か甘やかされているんですけど、何か裏があったりしますか!?
◇◇◇◇
お気に入り登録、エールありがとうございます♡
※ざまぁはゆっくりじわじわと進行します。
※「小説家になろう」「エブリスタ」様にも掲載しております(アルファポリス先行)。
※この作品はフィクションです。特定の政治思想を肯定または否定するものではありません(_ _*))
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
元ヤン辺境伯令嬢は今生では王子様とおとぎ話の様な恋がしたくて令嬢らしくしていましたが、中身オラオラな近衛兵に執着されてしまいました
桜枝 頌
恋愛
辺境伯令嬢に転生した前世ヤンキーだったグレース。生まれ変わった世界は前世で憧れていたおとぎ話の様な世界。グレースは豪華なドレスに身を包み、甘く優しい王子様とベタな童話の様な恋をするべく、令嬢らしく立ち振る舞う。
が、しかし、意中のフランソワ王太子に、傲慢令嬢をシメあげているところを見られてしまい、そしてなぜか近衛師団の目つきも口も悪い男ビリーに目をつけられ、執着されて溺愛されてしまう。 違う! 貴方みたいなガラの悪い男じゃなくて、激甘な王子様と恋がしたいの!! そんなグレースは目つきの悪い男の秘密をまだ知らない……。
※「小説家になろう」様、「エブリスタ」様にも投稿作品です
※エピローグ追加しました
公爵子息に気に入られて貴族令嬢になったけど姑の嫌がらせで婚約破棄されました。傷心の私を癒してくれるのは幼馴染だけです
エルトリア
恋愛
「アルフレッド・リヒテンブルグと、リーリエ・バンクシーとの婚約は、只今をもって破棄致します」
塗装看板屋バンクシー・ペイントサービスを営むリーリエは、人命救助をきっかけに出会った公爵子息アルフレッドから求婚される。
平民と貴族という身分差に戸惑いながらも、アルフレッドに惹かれていくリーリエ。
だが、それを快く思わない公爵夫人は、リーリエに対して冷酷な態度を取る。さらには、許嫁を名乗る娘が現れて――。
お披露目を兼ねた舞踏会で、婚約破棄を言い渡されたリーリエが、失意から再び立ち上がる物語。
著者:藤本透
原案:エルトリア
【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。
扇 レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋
伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。
それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。
途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。
その真意が、テレジアにはわからなくて……。
*hotランキング 最高68位ありがとうございます♡
▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス
マチ恋 ―君に捧げるLove song― 一夜の相手はスーパースター。誰にも言えない秘密の恋。【完結】
remo
恋愛
あなたにとっては遊びでも、私にとっては、…奇跡の夜だった。
地味で平凡で取り柄のない私に起きた一夜のキセキ。
水村ゆい、23歳、シングルマザー。
誰にも言えないけど、愛息子の父親は、
今人気絶頂バンドのボーカルなんです。
初めての恋。奇跡の恋。離れ離れの恋。不倫の恋。一途な恋。最後の恋。
待っている…
人生で、一度だけの恋。
【完結】ありがとうございました‼︎
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる