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 フェリクスが意外なことを言ったのと、息がつかえて苦しそうにしているのにはっとして、ミランは胸倉を掴んでいる手を離した。

「そうか。それは良かったな」

 だが、まだミランの声音は冷たい。
 フェリクスは息を整えると、言葉を選ぶ余裕もなく、思ったままをミランにぶつけた。

「ええ。ですから、私も、その方に、一回でも多く笑いかけてもらいたい、その方と、一秒でも長く一緒にいたいと、思うようになりました。だから、そうしたいがために、私は、本当の自分を隠して、嘘をつきました。私は、その方が必要とするものをすぐに用意できるのに……それを、しませんでした」

 女であると打ち明ければ、金の髪を用意できるのに、しなかった。
 ミランと、今の関係を少しでも長く続けたかった。

 ミランは無言だった。フェリクスが何を言いたいのか、測りかねているようだった。
 フェリクスは声が震えてしまいそうになるのを、必死でこらえながら、続けた。

「その方は、今、とても苦しんで、自分で自分を傷つける道を歩こうとしています。結果だけ見ればよいことでも、その過程が間違っているんです」

 自分でも何を言っているのか分からなくなっていたが、もうやけくそだった。

「私は、嫌われるのを承知で、その方の行動を否定しました。その方に不幸になって欲しくないのです。つ、つまり私が何を言いたいかというと、私は、好きになった方が、こちらを振り向いてくれなくても、不幸になって欲しくない、と思います」

 ミラン殿下は、マルガレーテ嬢に惚れ薬を使ったら、きっと後悔する。
 はじめて会ったときは分からなかったけれど、今なら分かる。
 ミラン殿下はそういう人だ。
 現に、剣術の腕を上げて、マルガレーテ嬢の心を掴もうとしたじゃないか。
 本当は、自分の努力で、マルガレーテ嬢を、振り向かせたいはずだ。

「ミラン殿下、どうか、惚れ薬などを使わずに、マルガレーテ様と共に歩むことをお考えになって下さい」

 フェリクスは祈るような気持ちでミランを見た。
 ――自分でそう言っておいて、胸の奥がずきんと痛んだのには、気がつかない振りをした。
 私は、ミラン殿下に、幸せになって欲しい。
 本当だ。
 私は、少しでも傍にいることができれば、それでいい。

「フェリクス殿、君は、僕のせいでマルガレーテが不幸になると言いたいのか?」

 フェリクスの想いをよそに、ミランが恨みがましいような声で言った。
 その瞬間、フェリクスの中で張り詰めていた、何かが外れ、気がつけばミランに向かって怒鳴っていた。

「この……ミラン殿下の分からず屋!!」

「なっ? ちょ、フェリクス殿、分からず屋って」

「だってそうでしょう!? 変な薬で恋心を捻じ曲げられてしまうんだから、そんな薬を飲ませられるマルガレーテ様が可哀想ですよ!」

 マルガレーテが可哀想、と正面切って言われ、ミランは明らかに怯んだ。

「ぐ……、フェリクス殿、ずいぶんとストレートに言ってくれるじゃないか」

「ストレートも何も、本当のことですからね。ミラン殿下は、薬の力に頼る、軟弱者です!」

 フェリクスは開き直っていた。もうどうにでもなれ。
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