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 ミランは床に膝をついて、ベッドに腰かけるフェリクスと視線を合わせた。

「だ、大丈夫です、ミラン殿下。ちょっと悪夢を見まして……」

 そう、まさに悪夢だった。フェリクスの歌ですべてが台無しになるという。まだ苦しいぐらい心臓がばくばく言っている。

 明日同じようなことになったらどうしよう。

 まさか夢の中のような極端なことにはならないだろうと頭の中では分かっていても、不安はあとからあとから生まれ、フェリクスの心を浸食した。だけど、魔法師団団長として、情けない姿をミランの前で見せるわけにはいかない。
 フェリクスは心を落ち着け、姿勢を正して立ち上がった。

「ミラン殿下、ご心配をおかけして申し訳ありません。明日は必ず成功させてみせますので、楽しみにしていて下さい」

 それを聞いたミランも立ち上がると、

「うん。よろしく頼むよ、フェリクス・ブライトナー団長。緊張するなって言うのは無理だろうけど、力まず、できるだけ、リラックスしてね。僕も応援してるから」

 安心したように、フェリクスに向かって微笑む。

「はい」

 フェリクスは意識せずとも自然と笑うことができた。
 ミランの、細められたはしばみ色の目を見ていると、不思議と不安はうそみたいになくなり、明日は本当に何の心配もないと思えてくるのだ。
 そんなフェリクスを見て、満足したようにひとつ頷くミランは、

「緊張しているなら適度に酒でも飲む? 王家秘蔵の酒とか」

 とウインクした。そういう仕草がいちいち決まる、端正な顔だ。

「えっ。王家秘蔵の酒はまだ手に入れてないのでは?」

 フェリクスは意外な単語の登場に驚いた。王家秘蔵の酒は、魔法の呪文とともに「惚れ薬」の仕上げに必要なものだ。
 ミランはフェリクスの問いにきょとんとした。

「あれ? 言ってなかった? 王家秘蔵の酒は王家の血筋の者が成人すると、お祝いに分けてもらえるんだよ。だから、僕専用の酒庫にあるよ」

「言ってませんよ……。じゃあ、入手が難しいのは『王家に認められた若い女の金の髪』だけなんですね」

『王家に伝わる真っ赤な赤い薔薇』はまた森から取ってくればいいし、『王家に連なる者の愛の証』であるポエム集はミランがすでに持っている。
 幸いなことに、ポエム集がなくなったことに、ユリアンは全く気がついてない。ビアンカとの結婚の話が進んで、嬉しさでいっぱいなのだろう。
 だからミランははじめ「惚れ薬」の材料集めに楽観的だったのだ、とフェリクスは気がついた。薔薇の場所は分かっているし、ポエム集もなんとかなる。秘蔵の酒はすでに持っている。だけど『王家に認められた若い女の金の髪』だけが、予想外に手に入らない。

 ……ん? 

 明日就任式で王家から魔法師団の団長に認められる……。その感謝の意として「エルドゥ王国と共に」を歌う。
 勲章をもらうわけじゃないけれど、これって、私は当てはまるのでは?
 フェリクスの髪は、見事な金色である。

「そうなんだよ。学校で金の髪をあたってみたんだけど、やっぱり髪を切りたくないって言うんだ。というか、髪をなんであげなくちゃならないんだっていう雰囲気でね。どうしたらいいんだ……マルガレーテは剣術の授業で僕が活躍しても、型どおりの賛辞を言うだけで、そっけないままだし」

 ミランはうなだれた。「マルガレーテは、僕を見てくれない。……婚約者なのに」
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