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「いえ、邪魔なんてことありませんよ(どうせ自分一人だし)。では明日からにでも」

「フェリクス殿、君さえよければ今からお願いしたい!」

 フェリクスが言い終わらないうちに、ミランは顔をぱっと輝かせ、身を乗り出した。

 そうだった。こういう王子だった。思い立ったらすぐ行動。まあ、一人でさみしく魔法の訓練をするよりいいかもしれない。ミラン殿下のやる気がいつまで持つか、分からないけれど。

 フェリクスは内心呆れながら、ミランに問うた。

「殿下、その服装では、動きづらいのでは?」

「すぐに着替えてくる。待っていてくれ」

 ミランは四個目のまんじゅうを飲み込んだ。


 三十分後、朝日が照らす、閑散とした魔法師団訓練場に、ミラン第三王子の情けない声がひょろひょろと響いていた。

「――ちょ、ちょっと待ってよ、フェリクス殿、まんじゅうが、く、口から飛び出そうだ」

 フェリクスとミランは、訓練場のまわりを走っていた。フェリクスは魔法の訓練の前に、体力作りのため、必ず走り込みをするようにしていたので、今回ミランにも走ってもらったのだ。

「まだ五分も走ってませんが……少し休みましょうか」

 フェリクスは魔法師団の制服を着たまま、平然とミランの前を走っている。もちろん魔力は使っていない。

「ス、スピードを、お、落としてくれと言っているんだ、ぼ、僕だって、あんなにまんじゅうさえ、た、食べなければっ」
 ミランは意地で、フェリクスに追いついてきた。汗で額に髪がへばりつき、呼吸は乱れ、ふらふらだ。だけど、女とはいえ、ほぼ毎日走り込んでいる自分に追いついてくるなんて、なかなかだな、とフェリクスは思った。

「君はま、魔法が使えるのに、体力作りを、し、しているのか」

「ええ、まあ。一応団長ですしね」

 魔法で強化すれば体力や腕力はカバーできる。だからフェリクスは女性であっても男性と対等に戦える。しかし魔力は有限だ。薔薇の花を手に入れたときのように、魔力の使い過ぎで、魔力切れを起こし、回復するまで、魔法を使えないこともある。
 魔法師団団長として有事に備えるために、体を鍛えることは怠らないようにした。有事なんていつあるんだなんてツッコミはなしだ。
 また女の自分を隠すためという理由もある。男性として振舞っている以上、筋肉をつけて、男性らしいプロポーションを保たなければ。

「苦しいけど、朝の空気は気持ちいいな」

 走り終えて、ミランは朝の空気を思いっきり吸った。運動しやすい薄着になった彼は、体を反らすようにして、空を見上げる。首筋に汗を滴らせるミランの姿にフェリクスは目を止めた。

「フェリクス殿、どうしたんだ? 僕に何か付いてるか?」

「い、いいえ。さあ、少し休んだら、次はストレッチしましょう。その次は剣術を」

「手厳しいな。だけど望むところだ。強く逞しくなれば、マルガレーテも僕を見直すかもしれない……長期休暇が明けたら驚くぞ」

 不敵に笑いながら額の汗を拭うミランのその横顔は、いつもと違って大人びて見えた。
 男性に交じっていつも(アイドル)活動しているので、薄着の男性なんて見慣れているはずなのに、なぜかフェリクスはミランにほんの少しの間、目を奪われてしまった。

 何だろう……ほんの少しだけ、動悸が……。

 フェリクスは生まれて初めての不思議な感覚に戸惑ったが、戸惑ったところでどうしようもないので、気にすることじゃない、とすぐに頭から追いやった。
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