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「ではミラン殿下、この本を拝見してよろしいでしょうか」

 心を決めたフェリクスは、ソファに座るよう、それとなく王子を促した。

「もちろんだ。大分傷んでいるから、気をつけてくれ」

 フェリクスもミランの対面に座り、テーブルの上に本を広げる。

「あ、フェリクス殿。君は午前中に何か予定があったのではないのか?」

 唐突にミランが聞いた。こういうところに気が回るんだなとフェリクスは妙に感心した。女性の心は惚れ薬でなんとかしようとしているくせに。

「午前中は魔法の訓練があるのですが、自主練みたいなものですし、行かなくても大丈夫です。行っても私一人しか来てないということも多いですから……」

 自分で言ってて、情けなくなってきた。

「ですからお気になさらずに。殿下、これによると、惚れ薬を作るのに必要なのは『王家に伝わる真っ赤な薔薇』『王家に連なる者の愛の証』『王家に認められた若い女の金の髪』……見事に王家がらみばかりですね。これらに魔力を注ぎながら、呪文を唱え、王家秘蔵の酒を振りかける、とあります」

「そうか……さすが、魔法師団の団長はすごいな! 古い字体だから、私なんてタイトルしか読めなかったのに」

 ミランは身を乗り出して、目を輝かせた。「それに私には魔力がない。やっぱり、君の協力が必要だ」

「おや、最後の部分、汚れて全く読めないですね」

「ああそうなんだ。だけど挿絵かなんかだろう。作り方のところが読めれば問題ないよ。さあ、フェリクス殿、さっそく、取り掛かってくれ」

 都合の悪いところは自分の都合のいいように解釈するとは、やっぱり子供だなあ、とフェリクスは呆れた。最後の部分を無視して、取り返しのつかないことにならなければいいけれど。一応、あとで汚れを取り除く魔法をかけておくか。

 ミランはソファから立ち上がった。

「フェリクス殿、王家に伝わる真っ赤な薔薇というのは、王宮内の森に咲いている薔薇に違いない。なんでも、二百年前、エルドゥ王国建国のときに初代王が王国の繁栄を願って祈りを捧げ、植えた薔薇だそうだから」

「さすがですね、ミラン殿下。エルドゥ王国の歴史にお詳しい」

 フェリクスが褒めると、ミランはあからさまに嬉しそうな顔をした。

「そうと決まれば、善は急げだ。フェリクス殿、薔薇を取りに行くぞ!」


 ――フェリクスとミランが魔法師団団長室を出て、王宮の廊下を歩いていると、気難しい顔をした男に出くわした。
 エルドゥ王国第二王子、ユリアンだった。
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