引っ張られる

コーヒーブレイク

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引っ張られるどころじゃない

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 私の通う高校の近くに、通ると足を引っ張られるというトンネルがある。
 興味本位で友人Aを連れて、夜に行ってみた。
 もうすぐ夏休みという時期。夜だというのに蒸し暑い。
 私は通気性のいいブラウスと、フレアパンツ、友人Aはふんわりワンピースという服装だ。

「今気温35℃だって。夜九時なのに。信じられない」

 私はスマートフォンの表示を見ながら言った。

「温暖化だね。どこまで暑くなるんだろう地球」

 言葉とは裏腹にAはのんびりした口調で言う。
 Aは小学校からの友人で、女同士でグループを作るのを嫌う。のんきでマイペース。そんなところが私と気が合った。

「Bちゃん、あのトンネルかな」

「行ってみよう」

 トンネルはさほど長くなかった。入り口から出口が容易に見える。
 車は入れない。照明もない、小さいトンネル。
 私とAは見つめ合ってひとつ頷くと、並んでトンネルへと入った。

 トンネルの両側の壁に描かれた落書きを眺めていると、突如、私は何かに右足首を掴まれて転倒した。
 そのままずるずると引っ張られた。秒の出来事で、私はAに助けを求める声さえ上げることができなかった。

 そうして、私は右足首を引っ張られ、地面を引きずられ続けた。
 不思議と痛みはなかった。
 引っ張られたときはパニックを起こし、なんとか右足を掴むものを振りほどこうと暴れたが、あまりの引っ張る速さに後ろを振り返ることもできず、私はうつ伏せの状態のまま、右足を引っ張られ、引きずられてゆくしかなかった。

 周りの景色は高速で前へ前へと流れていき、今どこを引きずられているのか分からない。終いには、引きずられるに任せ、友人Aのことを思う余裕までできてしまった。

 こんなことになって、心配してるだろうな。

 どのくらい引きずられただろう。
 本当ならブラウスもフレアパンツもとっくに擦り切れているはずだが、そんな感覚はなかった。少し地面を浮いて引っ張られている感じだろうか。
 ミステリースポットや、怪奇現象が好きな質ゆえ、興味本位でトンネルにやってきてしまったために、こんなことになってしまった。
 いったいどこまで引きずられるんだろう。
 掴まれている右足は痛くならないし、お腹も空かない。トイレだって、別に。
 眠気もない。だけど他にすることがないし、ずっとあれこれ考えていると頭が疲れるのでたまにうとうとする。
 目を開けても、まだすごい速さで引きずられている状態。
 私はこのまま引きずられ続けて行くんだろうか?
 永久に?

 絶望感で思考がストップしかけたそのとき、唐突に、流れていた景色が止まった。



 何の衝撃もなく、ぷつりと糸が切れたかのように私の右足は解放され、気が付けばうつ伏せに倒れた状態だった。

「ここは……?」

 声を出したのはかなり久しぶりだった。と、思う。問題なく発声できた。
 四つん這いになって、立ち上がる。
 多少ふらついただけで、問題なく立ち上がれた。服装に変わりはなく、怪我も全くなかった。

 そこはトンネルだった。
 高校の近くの、もといたトンネル。

「戻ってきたの? あんなに引きずられたのに。ええ?」

 何がしたい。私を引きずった奴は。思わず一人ごとが出る。
 フレアパンツの裾からのぞく、右足首を見る。そこには足首を掴んでいた手形がくっきりと残っていた。
 これだけが私が引きずられ続けたという証拠だ。

 友人Aの姿は見えない。大分長い間引きずられていたから、とっくに家に帰っただろう。足首を掴まれて転倒したときに置いてきてしまったトートバッグもない。あの中にスマートフォンは入っていた。

 もしかして一日二日どころか、数週間ぐらい、私は引きずられていたのかも知れない。家族は捜索願をだしているかも。
 Aはどうしているだろう。スマートフォンがあれば、すぐに連絡できるのに。
 とりあえず家に帰ろう。トンネルの先を見ると、外は明るく、昼だと分かる。
 そこに、誰かが立っていた。

「Bちゃん?」

 その誰かは、そう言うなり、走ってきて、私に抱きついた。
 ちょっと大人っぽくなっているけれど、その声は。

「A? Aなの?」

 彼女は紛れもなくAだったが、年をとっていた。二十五歳くらいに見える。
 まさか。

「A。私、ま、まさか十年くらい引きずられていたの?」

 私は思わずAに問いかけた。声が上ずる。
 髪型が変わり、幾分ほっそりしたAは、ゆっくりした動作で首を振り、

「Bちゃん、驚かないでね。十年じゃなくて、八十年なの」

「A。その冗談笑えない」

「嘘じゃないよ。わたし、八十年間ずっと、Bちゃんを探してた」

「だってA、どう見ても二十代じゃない」

「ありがとう。老化を抑制する薬が開発されたから、今はこれが普通なんだよ。みんな年を重ねても健康で元気」

 変わらないのんびりした口調で笑った。少し声は震え、目尻から涙が、アニメみたいに綺麗に流れる。

「A」

「Bちゃん、会いたかった」

「A、私もだよ。Aのこと、心配してた」

「心配してたのはわたしの方。Bちゃん、いきなり引きずられて行っちゃうんだもの。おじさんも、おばさんも心配してるよ」

「え、ママとパパ、まだ生きてるの」

「もちろん。だって百二十歳くらいでしょ。さあ、家に帰って元気な顔を見せてあげて。わたし、案内してあげる」

 Aが私の手を引いた。トンネルをぬけたら、八十年後の世界。見知らぬ世界。
 きっと、もといた時代とは、色々変わっている。
 不安がないといえば噓だけど、変わらない、Aがいる。

 私の足を引っ張ったやつは、結局何がしたかったんだろう。
 とにかく、ここには二度と近寄らない。

「眩しい」

 八十年後の世界は……涼しかった。
 見慣れない建物が、遠くに見える。空を、円盤みたいなのが飛んでいる。

「今は秋なの?」

 私はAに問うた。ブラウスとフレアパンツでは肌寒い。

「ううん。真夏。温暖化も解決したんだよ。後で説明するね。Bちゃん、若いね。いいなあ、十六歳の、あのときのままだ」

 私の時は止まったまま、八十年間引きずられたらしい。いや、八十年は体感として、どう考えてもおかしい。時を超えた……飛んだのだろうか。

 Aは九十六歳か。八十年ぶりの再会なのに、あの日の、次の日みたい。
 なんだかおもしろい。
 これからの日々が、楽しみだ。
 Aがいれば、大丈夫。


おわり。
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