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ほうよう
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私は少し戸惑いを覚えた。
この少女は私の味方なのだろうか? それともそうじゃないのだろうか。
少女は、私がトランプカードで復讐をしようとして、しかし実行にためらっていると、いつも力強い声を掛けてくれて、味方になってくれた。
けれども復讐は実際に行われていなかった。
少女は私に、にたあ、と醜く笑いかけた。
まるで滑稽なものでも見るかのように。
まほうは、とけたのよ。
私が頭を垂れて、カチリとはまるパズルピースを必死に探していると、唐突に、歌が聞こえてきた。
私は自然と頭をあげる。透き通る空の色のドレスをなびかせ、左右に流れるように踊りながら、上品な声で少女が歌っていた。
「なにをされてもされるがまま なにをいわれてもいわれるがまま」
「いつもうけみでたたかわないの」
「きずつけないで きずつけないで じぶんがきずつけていることにはきづかない」
「あいてのきもちはいつもきめつけおもいこみ」
「かくれたあいじょうにきづかない」
「それもそのはず わたしはこころをとざしてる」
少女は遠くを見るようにして、絹のように柔らかく、しかしはっきりと響く声で歌い続ける。
「ちからがほしい やつらがにくい」
「すべてはそうやつらのせい」
「わたしのじかんはとまったまま」
「わたしにちからを わたしにちからを」
「やめてよ」
私は耳を塞いでうめいた。
聞きたくない。
たまらずしゃがみ込む。
しかし耳を塞いでも、少女の声は私の頭にはっきりと響いていた。そう、耳から聞こえるんじゃない、頭に響いているのだ。少女の声はどんどん大きくなっていく。
「わたしにちからを」
「やめて」
「よわくてもろいわたしにちからを」
「やめてよ」
「このみじめなわたしに」
ぷつっと何かが頭の中で切れた。
私は少女に飛びかかっていた。「やめろやめろやめろやめろ」少女に掴みかかりながら何度も声を絞り出す。自分の声とは思えない声が、私の体の奥深くから這い上がって来る。
はたと気付くと、すぐ目の前で少女と対峙していた。少女の、うすい茶色に透き通った瞳が私を貫く。少女の両肩を掴んでいた私は、思わずその力を緩める。少女はもう何も言葉を発していなかった。私を無表情に見つめているだけだ。
「私が悪いっていうの!? ねえ、こうなったのは、自業自得だって、そう言いたいのっ」
私は少女に怒鳴った。怒鳴ったのなんて、いつぶりだろう。とにかく全てを吐きだしたい。今まで体の中でぐちゃぐちゃに膿んでいた、とにかく全てを吐きだしたい。口が勝手に動くままにまくしたてた。めちゃくちゃにまくしたてた。声が枯れて、喉が痛くなって、頭までがんがんうなってきて、私はようやく怒鳴るのをやめた。どっと疲れて、肩で息をする。怒鳴るのって疲れるんだな。だけど、なんだかすっきりした。
めちゃくちゃに怒鳴られたというのに、少女は涼しい顔で微笑んでいた。聖母のような作り物の微笑みでも、醜く冷たい微笑みでもない。
私は華奢な少女の肩から手を離した。そして少女の目をまっすぐ見て言った。
「あの3年間は、本当に地獄だった。擦り切れるような毎日だった。ク、ラスのあいつらが憎い。絶対に許せない。おか、あ、さんも、おとう、さんも、あの妹、も、私、苦しんでいるのに」
少女の瞳は私の言葉をひとつも漏らさず聞いていた。受け止めていた。
「あの、3年間、だ、けじゃない。わたしは、いつも、ばか、に、される。仲間、はずれにされるの、うまく、いかな」
言葉がうまく続かない。目の前の少女が滲んで波のように揺れる。口の中が、しょっぱい。
「こんな私、いじめられて当然なのかな」
滲んだ少女が口を開く。
「そんなわけない。いじめはぜったいにこうていされない。ひれつなぼうりょくよ。よわいもののおこないよ」
「弱い……」
「あなただけがよわいわけじゃないわ」
少女の左手の甲が、私の右手の甲につと、触れた。しん、と冷たい手だった。
「つらかったね」
そう言って、少女は霧のように消えた。
少女のいたところには、かわりにあの長方形のケースが浮いていた。ただし蓋の部分に少女の絵はない。まったくの無地だ。シンプルなケースに変わったそれが、勝手にふわふわ浮いている。そして勝手にカパッと蓋がはずれて、中のトランプカードが1枚、また1枚と出てきた。全部で18枚だった。復讐に使っていない残りのカードだ。
その残りのカード18枚が私の前に浮かびながら、一斉に映し出した。うつしだしたのだ、色々な私を。
パソコン向かい骨董市を探す私。
隣の席の子に給食のおかずを取られても何も言えない小学生の私。
いじめられているのに卑屈に笑うみじめったらしい中学生の私。
妹と手をつないで買い物に行く私。
色鬼に「いれて」と言えずに先生が気付いてくれるのを待っている幼稚園の私。
作文が褒められてもはずかしくて下を向きっぱなしの私。
両親の笑顔に安心している赤ん坊の私。そう、あの赤ん坊は私だ。口元に私と同じほくろがある。屈託なく笑っている。
18枚が、18通りの、18年間の私を映す。
なんのつもりなの、こんなことして。一体なんのつもり。
私は両手を伸ばし、トランプを片っぱしからひっつかむと、あらんかぎりの力を込めて、引きちぎった。ぐっちゃぐっちゃに引きちぎった。18枚すべてを。
この少女は私の味方なのだろうか? それともそうじゃないのだろうか。
少女は、私がトランプカードで復讐をしようとして、しかし実行にためらっていると、いつも力強い声を掛けてくれて、味方になってくれた。
けれども復讐は実際に行われていなかった。
少女は私に、にたあ、と醜く笑いかけた。
まるで滑稽なものでも見るかのように。
まほうは、とけたのよ。
私が頭を垂れて、カチリとはまるパズルピースを必死に探していると、唐突に、歌が聞こえてきた。
私は自然と頭をあげる。透き通る空の色のドレスをなびかせ、左右に流れるように踊りながら、上品な声で少女が歌っていた。
「なにをされてもされるがまま なにをいわれてもいわれるがまま」
「いつもうけみでたたかわないの」
「きずつけないで きずつけないで じぶんがきずつけていることにはきづかない」
「あいてのきもちはいつもきめつけおもいこみ」
「かくれたあいじょうにきづかない」
「それもそのはず わたしはこころをとざしてる」
少女は遠くを見るようにして、絹のように柔らかく、しかしはっきりと響く声で歌い続ける。
「ちからがほしい やつらがにくい」
「すべてはそうやつらのせい」
「わたしのじかんはとまったまま」
「わたしにちからを わたしにちからを」
「やめてよ」
私は耳を塞いでうめいた。
聞きたくない。
たまらずしゃがみ込む。
しかし耳を塞いでも、少女の声は私の頭にはっきりと響いていた。そう、耳から聞こえるんじゃない、頭に響いているのだ。少女の声はどんどん大きくなっていく。
「わたしにちからを」
「やめて」
「よわくてもろいわたしにちからを」
「やめてよ」
「このみじめなわたしに」
ぷつっと何かが頭の中で切れた。
私は少女に飛びかかっていた。「やめろやめろやめろやめろ」少女に掴みかかりながら何度も声を絞り出す。自分の声とは思えない声が、私の体の奥深くから這い上がって来る。
はたと気付くと、すぐ目の前で少女と対峙していた。少女の、うすい茶色に透き通った瞳が私を貫く。少女の両肩を掴んでいた私は、思わずその力を緩める。少女はもう何も言葉を発していなかった。私を無表情に見つめているだけだ。
「私が悪いっていうの!? ねえ、こうなったのは、自業自得だって、そう言いたいのっ」
私は少女に怒鳴った。怒鳴ったのなんて、いつぶりだろう。とにかく全てを吐きだしたい。今まで体の中でぐちゃぐちゃに膿んでいた、とにかく全てを吐きだしたい。口が勝手に動くままにまくしたてた。めちゃくちゃにまくしたてた。声が枯れて、喉が痛くなって、頭までがんがんうなってきて、私はようやく怒鳴るのをやめた。どっと疲れて、肩で息をする。怒鳴るのって疲れるんだな。だけど、なんだかすっきりした。
めちゃくちゃに怒鳴られたというのに、少女は涼しい顔で微笑んでいた。聖母のような作り物の微笑みでも、醜く冷たい微笑みでもない。
私は華奢な少女の肩から手を離した。そして少女の目をまっすぐ見て言った。
「あの3年間は、本当に地獄だった。擦り切れるような毎日だった。ク、ラスのあいつらが憎い。絶対に許せない。おか、あ、さんも、おとう、さんも、あの妹、も、私、苦しんでいるのに」
少女の瞳は私の言葉をひとつも漏らさず聞いていた。受け止めていた。
「あの、3年間、だ、けじゃない。わたしは、いつも、ばか、に、される。仲間、はずれにされるの、うまく、いかな」
言葉がうまく続かない。目の前の少女が滲んで波のように揺れる。口の中が、しょっぱい。
「こんな私、いじめられて当然なのかな」
滲んだ少女が口を開く。
「そんなわけない。いじめはぜったいにこうていされない。ひれつなぼうりょくよ。よわいもののおこないよ」
「弱い……」
「あなただけがよわいわけじゃないわ」
少女の左手の甲が、私の右手の甲につと、触れた。しん、と冷たい手だった。
「つらかったね」
そう言って、少女は霧のように消えた。
少女のいたところには、かわりにあの長方形のケースが浮いていた。ただし蓋の部分に少女の絵はない。まったくの無地だ。シンプルなケースに変わったそれが、勝手にふわふわ浮いている。そして勝手にカパッと蓋がはずれて、中のトランプカードが1枚、また1枚と出てきた。全部で18枚だった。復讐に使っていない残りのカードだ。
その残りのカード18枚が私の前に浮かびながら、一斉に映し出した。うつしだしたのだ、色々な私を。
パソコン向かい骨董市を探す私。
隣の席の子に給食のおかずを取られても何も言えない小学生の私。
いじめられているのに卑屈に笑うみじめったらしい中学生の私。
妹と手をつないで買い物に行く私。
色鬼に「いれて」と言えずに先生が気付いてくれるのを待っている幼稚園の私。
作文が褒められてもはずかしくて下を向きっぱなしの私。
両親の笑顔に安心している赤ん坊の私。そう、あの赤ん坊は私だ。口元に私と同じほくろがある。屈託なく笑っている。
18枚が、18通りの、18年間の私を映す。
なんのつもりなの、こんなことして。一体なんのつもり。
私は両手を伸ばし、トランプを片っぱしからひっつかむと、あらんかぎりの力を込めて、引きちぎった。ぐっちゃぐっちゃに引きちぎった。18枚すべてを。
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