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しんじつ
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骨董市はとても賑わっていて、人があふれていた。私は手早く入場料を払って、いつも通り俯きながら中に入る。
この前行った骨董市と比べると、共通点は屋外ということだけで、それ以外まったく様子がちがう。規模も活気もこちらのほうが桁違いに大きく満ちていて、売っている骨董の質さえも違うんじゃないかと思わせる。それぞれの区画のテーブルの上に丁寧に商品が陳列され、フリーマーケット感はない。
私の買いたいものはもう決まっていた。あのトランプカードだ。
同じような長方形のケースを私はただただ探し回った。
色の白い巻き毛の妖精。あの優しく微笑む少女が目印なのだと私はなぜか信じていた。もうひとつ、あれがほしい。
駅で突き飛ばされて電車に乗り損ねたことを思い出す。
そう、裁かなければならないやつらはきっと、もっと、これからもいる。家族だっていつまた私を攻撃するかわからない。私の気持ちも知らないで、容赦ない言葉を浴びせかける人たちだ。周りの奴ら皆そうだ。私のことなど何も知らないくせに、家に閉じこもって、働かない人間だと言って、馬鹿にする。お前らそんなに偉いのか。誰のせいだ、誰の。こうなったのは、
誰のせいだ。
だいぶ時間をかけて探し回ったが、それらしきものはなかった。
しかし、私はとうとう、会場のすみに以前トランプカードを買ったときの売主を見つけることができた。派手なメイクに、カラフルな服装の女性。この人に間違いない。瞬間、心臓が体中を転げまわっているのがわかった。
私は近づき、彼女の区画に並べられている商品を、くまなく見た。私が買ったのと、同じものはそこにはなかった。こうなったらあのトランプの入手先を売主である彼女に聞く他ない。とにかくあのカードに関する情報が欲しい。しかしその彼女は前回同様、誰か別の売主である女性と談笑中である。どうしようかと思っていると、
「笹原さん?」
ふいに、声を掛けられた。私に声を掛ける人なんて家族以外でいないはずだが……私はおずおずと振り向く。
「笹原さんよね? わたしのこと、おぼえてるかな……」
最後のほうは、消え入りそうな声だった。痩せたちっぽけな少女。忘れもしない、私をプールで突きまくって楽しんでいた、あの地味な元同級生がそこに立っていた。
私はぽかんとして、一瞬思考が停止してしまった。まるでエラーをおこした機械みたいに。
だってなぜこいつがここにいる? 私に話しかける? こいつは私が昨日きちんと裁いたじゃないか。そう、目には目を、歯には歯を、だ。鉛筆で最後まで突いてやった。最後まで。
「あの、あのね」
この女はなんとまだ私に話しかけて来ている。
「わたし、こういう、骨董品が好きで、よくくるの。笹原さんもなの?」
よく見るとこの女、昨日カード越しに見たよりかなり痩せている。髪も短い。それに。
「わ、わたし昨日も来たのよ。土曜日」
土曜日。
昨日、いわゆる「学校」は休みだ。こいつが高校生であっても、教室で授業の準備なんて、していないはずだ。私は体の中になにかひゅるりと冷たいものがはしるのを感じた。
「さ、笹原さん。お、怒っているよね、わたしのこと。わかってる。わたし、中学の時、あなたに、あんな……」
そこまで聞いて私ははっとした。なんだこの女。まさか、謝る気? 謝ってすべてを帳消しにしようと言うの? 私を殺そうとしておいて、私にそれを許せと? この馬鹿女……。
怒りがふつふつと湧き上がって来たが、同時に私は動揺していた。この馬鹿女は昨日学校に行っていない。二つ結びにもしていない。じゃあ、昨日カード越しに見たこの女はいったいなんだったの? もとより、こいつは今こんなふうにここに立っているわけない。だってこいつは昨日私が裁いた。手に確かに感じた、何か膜を破ったあの感触。私は昨日こいつをたしかに鉛筆で突き刺した。自室にいながら、カードの中のこいつを。
体中の血がいっぺんに足の方に引いて行った。怖ろしい予感。
私は急いで出口に向かうと、公衆電話をさがした。漠然とした、だがぬぐい去れないとても嫌な予感がしていた。とても確かめずにはいられない。震える手で10円玉を電話機に押し込み、家の番号を押す。呼び出し音が2回、3回、そして。
「はい、笹原です」
頭を突然ぶん殴られたような衝撃を受けた。
「どちら様でしょう? あの、聞こえますか?」
妹の声だ。紛れもなく。病院にいるはずの、妹の声。
「ねえ、どしたのー?」
「いや、なんかいたずら電話みたい」
「えーまじー」
受話器から何人かの女子の声がする。妹の友達だろう。私は受話器をそっと戻すと、外へ出た。
太陽がさんさんと輝く、澄みきった青い空。見事な五月晴れだ。連日の雨がまるで……連日の雨? よくよくみれば地面はちっともぬかるんでいない。水たまりひとつない。雨が降った形跡など、どこにもない。昨日も、おとといも滝のような豪雨だったというのに。大雨なんて、なかったみたいだ。
大雨は、なかった?
なにがどうなっているの。
私は膝に力が入らなくなって、その場に崩れるようにしゃがみ込んだ。そのとき肩にかけたトートバッグから、こん、と小さく音を立てて何かがすべり落ちた。
長方形のケースだった。巻き毛の、優しく微笑む妖精の少女が描かれている。
どうして。
なぜ、バッグの中にこれがあるのだろう。私、ここには持ってきていない。ここに来る前、自分の部屋の勉強机にしまったはずだ。一番下の引き出しの、一番奥に。
なぜ、バッグに入っているの? 入れた覚えなんてない!
私が混乱しながら長方形のケースを見つめると、巻き毛の少女も笑って私を見つめかえした。
にたあ、と笑って見つめ返した。
この前行った骨董市と比べると、共通点は屋外ということだけで、それ以外まったく様子がちがう。規模も活気もこちらのほうが桁違いに大きく満ちていて、売っている骨董の質さえも違うんじゃないかと思わせる。それぞれの区画のテーブルの上に丁寧に商品が陳列され、フリーマーケット感はない。
私の買いたいものはもう決まっていた。あのトランプカードだ。
同じような長方形のケースを私はただただ探し回った。
色の白い巻き毛の妖精。あの優しく微笑む少女が目印なのだと私はなぜか信じていた。もうひとつ、あれがほしい。
駅で突き飛ばされて電車に乗り損ねたことを思い出す。
そう、裁かなければならないやつらはきっと、もっと、これからもいる。家族だっていつまた私を攻撃するかわからない。私の気持ちも知らないで、容赦ない言葉を浴びせかける人たちだ。周りの奴ら皆そうだ。私のことなど何も知らないくせに、家に閉じこもって、働かない人間だと言って、馬鹿にする。お前らそんなに偉いのか。誰のせいだ、誰の。こうなったのは、
誰のせいだ。
だいぶ時間をかけて探し回ったが、それらしきものはなかった。
しかし、私はとうとう、会場のすみに以前トランプカードを買ったときの売主を見つけることができた。派手なメイクに、カラフルな服装の女性。この人に間違いない。瞬間、心臓が体中を転げまわっているのがわかった。
私は近づき、彼女の区画に並べられている商品を、くまなく見た。私が買ったのと、同じものはそこにはなかった。こうなったらあのトランプの入手先を売主である彼女に聞く他ない。とにかくあのカードに関する情報が欲しい。しかしその彼女は前回同様、誰か別の売主である女性と談笑中である。どうしようかと思っていると、
「笹原さん?」
ふいに、声を掛けられた。私に声を掛ける人なんて家族以外でいないはずだが……私はおずおずと振り向く。
「笹原さんよね? わたしのこと、おぼえてるかな……」
最後のほうは、消え入りそうな声だった。痩せたちっぽけな少女。忘れもしない、私をプールで突きまくって楽しんでいた、あの地味な元同級生がそこに立っていた。
私はぽかんとして、一瞬思考が停止してしまった。まるでエラーをおこした機械みたいに。
だってなぜこいつがここにいる? 私に話しかける? こいつは私が昨日きちんと裁いたじゃないか。そう、目には目を、歯には歯を、だ。鉛筆で最後まで突いてやった。最後まで。
「あの、あのね」
この女はなんとまだ私に話しかけて来ている。
「わたし、こういう、骨董品が好きで、よくくるの。笹原さんもなの?」
よく見るとこの女、昨日カード越しに見たよりかなり痩せている。髪も短い。それに。
「わ、わたし昨日も来たのよ。土曜日」
土曜日。
昨日、いわゆる「学校」は休みだ。こいつが高校生であっても、教室で授業の準備なんて、していないはずだ。私は体の中になにかひゅるりと冷たいものがはしるのを感じた。
「さ、笹原さん。お、怒っているよね、わたしのこと。わかってる。わたし、中学の時、あなたに、あんな……」
そこまで聞いて私ははっとした。なんだこの女。まさか、謝る気? 謝ってすべてを帳消しにしようと言うの? 私を殺そうとしておいて、私にそれを許せと? この馬鹿女……。
怒りがふつふつと湧き上がって来たが、同時に私は動揺していた。この馬鹿女は昨日学校に行っていない。二つ結びにもしていない。じゃあ、昨日カード越しに見たこの女はいったいなんだったの? もとより、こいつは今こんなふうにここに立っているわけない。だってこいつは昨日私が裁いた。手に確かに感じた、何か膜を破ったあの感触。私は昨日こいつをたしかに鉛筆で突き刺した。自室にいながら、カードの中のこいつを。
体中の血がいっぺんに足の方に引いて行った。怖ろしい予感。
私は急いで出口に向かうと、公衆電話をさがした。漠然とした、だがぬぐい去れないとても嫌な予感がしていた。とても確かめずにはいられない。震える手で10円玉を電話機に押し込み、家の番号を押す。呼び出し音が2回、3回、そして。
「はい、笹原です」
頭を突然ぶん殴られたような衝撃を受けた。
「どちら様でしょう? あの、聞こえますか?」
妹の声だ。紛れもなく。病院にいるはずの、妹の声。
「ねえ、どしたのー?」
「いや、なんかいたずら電話みたい」
「えーまじー」
受話器から何人かの女子の声がする。妹の友達だろう。私は受話器をそっと戻すと、外へ出た。
太陽がさんさんと輝く、澄みきった青い空。見事な五月晴れだ。連日の雨がまるで……連日の雨? よくよくみれば地面はちっともぬかるんでいない。水たまりひとつない。雨が降った形跡など、どこにもない。昨日も、おとといも滝のような豪雨だったというのに。大雨なんて、なかったみたいだ。
大雨は、なかった?
なにがどうなっているの。
私は膝に力が入らなくなって、その場に崩れるようにしゃがみ込んだ。そのとき肩にかけたトートバッグから、こん、と小さく音を立てて何かがすべり落ちた。
長方形のケースだった。巻き毛の、優しく微笑む妖精の少女が描かれている。
どうして。
なぜ、バッグの中にこれがあるのだろう。私、ここには持ってきていない。ここに来る前、自分の部屋の勉強机にしまったはずだ。一番下の引き出しの、一番奥に。
なぜ、バッグに入っているの? 入れた覚えなんてない!
私が混乱しながら長方形のケースを見つめると、巻き毛の少女も笑って私を見つめかえした。
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