~トランプで復讐~ 私はあなたたちを許さない

コーヒーブレイク

文字の大きさ
上 下
13 / 16

しんじつ

しおりを挟む
 骨董市はとても賑わっていて、人があふれていた。私は手早く入場料を払って、いつも通り俯きながら中に入る。
 この前行った骨董市と比べると、共通点は屋外ということだけで、それ以外まったく様子がちがう。規模も活気もこちらのほうが桁違いに大きく満ちていて、売っている骨董の質さえも違うんじゃないかと思わせる。それぞれの区画のテーブルの上に丁寧に商品が陳列され、フリーマーケット感はない。
 私の買いたいものはもう決まっていた。あのトランプカードだ。
 同じような長方形のケースを私はただただ探し回った。
 色の白い巻き毛の妖精。あの優しく微笑む少女が目印なのだと私はなぜか信じていた。もうひとつ、あれがほしい。
 駅で突き飛ばされて電車に乗り損ねたことを思い出す。
 そう、裁かなければならないやつらはきっと、もっと、これからもいる。家族だっていつまた私を攻撃するかわからない。私の気持ちも知らないで、容赦ない言葉を浴びせかける人たちだ。周りの奴ら皆そうだ。私のことなど何も知らないくせに、家に閉じこもって、働かない人間だと言って、馬鹿にする。お前らそんなに偉いのか。誰のせいだ、誰の。こうなったのは、
 誰のせいだ。

 だいぶ時間をかけて探し回ったが、それらしきものはなかった。
 しかし、私はとうとう、会場のすみに以前トランプカードを買ったときの売主を見つけることができた。派手なメイクに、カラフルな服装の女性。この人に間違いない。瞬間、心臓が体中を転げまわっているのがわかった。
 私は近づき、彼女の区画に並べられている商品を、くまなく見た。私が買ったのと、同じものはそこにはなかった。こうなったらあのトランプの入手先を売主である彼女に聞く他ない。とにかくあのカードに関する情報が欲しい。しかしその彼女は前回同様、誰か別の売主である女性と談笑中である。どうしようかと思っていると、

笹原ささはらさん?」

 ふいに、声を掛けられた。私に声を掛ける人なんて家族以外でいないはずだが……私はおずおずと振り向く。

「笹原さんよね? わたしのこと、おぼえてるかな……」

 最後のほうは、消え入りそうな声だった。痩せたちっぽけな少女。忘れもしない、私をプールで突きまくって楽しんでいた、あの地味な元同級生がそこに立っていた。
 私はぽかんとして、一瞬思考が停止してしまった。まるでエラーをおこした機械みたいに。
 だってなぜこいつがここにいる? 私に話しかける? こいつは私が昨日きちんと裁いたじゃないか。そう、目には目を、歯には歯を、だ。鉛筆で最後まで突いてやった。最後まで。

「あの、あのね」

 この女はなんとまだ私に話しかけて来ている。

「わたし、こういう、骨董品が好きで、よくくるの。笹原さんもなの?」

 よく見るとこの女、昨日カード越しに見たよりかなり痩せている。髪も短い。それに。

「わ、わたし昨日も来たのよ。土曜日」

 土曜日。

 昨日、いわゆる「学校」は休みだ。こいつが高校生であっても、教室で授業の準備なんて、していないはずだ。私は体の中になにかひゅるりと冷たいものがはしるのを感じた。

「さ、笹原さん。お、怒っているよね、わたしのこと。わかってる。わたし、中学の時、あなたに、あんな……」

 そこまで聞いて私ははっとした。なんだこの女。まさか、謝る気? 謝ってすべてを帳消しにしようと言うの? 私を殺そうとしておいて、私にそれを許せと? この馬鹿女……。
 怒りがふつふつと湧き上がって来たが、同時に私は動揺していた。この馬鹿女は昨日学校に行っていない。二つ結びにもしていない。じゃあ、昨日カード越しに見たこの女はいったいなんだったの? もとより、こいつは今こんなふうにここに立っているわけない。だってこいつは昨日私が裁いた。手に確かに感じた、何か膜を破ったあの感触。私は昨日こいつをたしかに鉛筆で突き刺した。自室にいながら、カードの中のこいつを。
 体中の血がいっぺんに足の方に引いて行った。怖ろしい予感。
 私は急いで出口に向かうと、公衆電話をさがした。漠然とした、だがぬぐい去れないとても嫌な予感がしていた。とても確かめずにはいられない。震える手で10円玉を電話機に押し込み、家の番号を押す。呼び出し音が2回、3回、そして。

「はい、笹原です」

 頭を突然ぶん殴られたような衝撃を受けた。

「どちら様でしょう? あの、聞こえますか?」

 妹の声だ。紛れもなく。病院にいるはずの、妹の声。

「ねえ、どしたのー?」

「いや、なんかいたずら電話みたい」

「えーまじー」

 受話器から何人かの女子の声がする。妹の友達だろう。私は受話器をそっと戻すと、外へ出た。

 太陽がさんさんと輝く、澄みきった青い空。見事な五月晴れだ。連日の雨がまるで……連日の雨? よくよくみれば地面はちっともぬかるんでいない。水たまりひとつない。雨が降った形跡など、どこにもない。昨日も、おとといも滝のような豪雨だったというのに。大雨なんて、なかったみたいだ。
 大雨は、なかった?
 なにがどうなっているの。
 私は膝に力が入らなくなって、その場に崩れるようにしゃがみ込んだ。そのとき肩にかけたトートバッグから、こん、と小さく音を立てて何かがすべり落ちた。
 長方形のケースだった。巻き毛の、優しく微笑む妖精の少女が描かれている。

 どうして。

 なぜ、バッグの中にこれがあるのだろう。私、ここには持ってきていない。ここに来る前、自分の部屋の勉強机にしまったはずだ。一番下の引き出しの、一番奥に。
 なぜ、バッグに入っているの? 入れた覚えなんてない!
 私が混乱しながら長方形のケースを見つめると、巻き毛の少女も笑って私を見つめかえした。

 にたあ、と笑って見つめ返した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

孤悲纏綿──こひてんめん

クイン舎
ホラー
ある日、一人の男の元に友人から日記帳が届く。その日記帳は、先ごろ亡くなったある女性高校教師のもので、そこには約四十年前に彼女が経験した出来事が事細かく書き記されていた。たった二日間の出来事が、その後の彼女の人生を大きく変えることになった経緯が……。

龍人

旭ガ丘ひつじ
ホラー
四人の高校生は夏休みに心霊スポット巡りをしていた。 しかし、重なる不幸から心霊とは関係のない都市伝説の調査に切り替える。 それは廃線跡にあるトンネルのひとつが龍神の暮らす龍穴へと通じているという噂だった。 軽めのホラーになります。 お化け屋敷気分でどうぞ。

【本当にあった怖い話】

ねこぽて
ホラー
※実話怪談や本当にあった怖い話など、 取材や実体験を元に構成されております。 【ご朗読について】 申請などは特に必要ありませんが、 引用元への記載をお願い致します。

虫喰いの愛

ちづ
ホラー
邪気を食べる祟り神と、式神の器にされた娘の話。 ダーク和風ファンタジー異類婚姻譚です。 三万字程度の短編伝奇ホラーなのでよろしければお付き合いください。 蛆虫などの虫の表現、若干の残酷描写がありますので、苦手な方はご注意ください。 『まぼろしの恋』終章で登場する蝕神さまの話です。『まぼろしの恋』を読まなくても全然問題ないです。 また、pixivスキイチ企画『神々の伴侶』https://dic.pixiv.net/a/%E7%A5%9E%E3%80%85%E3%81%AE%E4%BC%B4%E4%BE%B6(募集終了済み)の十月の神様の設定を使わせて頂いております。 表紙はかんたん表紙メーカーさんより使わせて頂いております。

意味が分かると怖い話【短編集】

本田 壱好
ホラー
意味が分かると怖い話。 つまり、意味がわからなければ怖くない。 解釈は読者に委ねられる。 あなたはこの短編集をどのように読みますか?

それなりに怖い話。

只野誠
ホラー
これは創作です。 実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。 本当に、実際に起きた話ではございません。 なので、安心して読むことができます。 オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。 不定期に章を追加していきます。 2025/3/16:『がっこうのいけ』の章を追加。2025/3/23の朝8時頃より公開開始予定。 2025/3/15:『きんこ』の章を追加。2025/3/22の朝8時頃より公開開始予定。 2025/3/14:『かげぼうし』の章を追加。2025/3/21の朝4時頃より公開開始予定。 2025/3/13:『かゆみ』の章を追加。2025/3/20の朝4時頃より公開開始予定。 2025/3/12:『あくむをみるへや』の章を追加。2025/3/19の朝4時頃より公開開始予定。 2025/3/11:『まぐかっぷ』の章を追加。2025/3/18の朝4時頃より公開開始予定。 2025/3/10:『ころがるゆび』の章を追加。2025/3/17の朝4時頃より公開開始予定。

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

闇に喰われる

美杉。祝、サレ妻コミカライズ化
ホラー
 闇バイトに手を染めた男が警察へ自首してきた。  就職に失敗し職を転々としていたこの男は簡単な気持ちでそれに応募したのだという。  猫探しから始まり、自宅訪問。あくまで実行犯にならない程度で金を稼いできていた。  ある日、高級別荘地の最奥にある別荘を監視するという仕事を、二人の男と共に引き受ける。  しかしその別荘には人の気配もなく、違和感だらけ。  この依頼こそが終わりへの始まりだった――

処理中です...