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第二章

二つの人格

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 二人の額が合わさったところを中心に、虹色の光がきらきらと輝いている。
 しばらくすると、エメルの顔に赤みが差してきた。

 美羅ちゃんはエメルの状態を確認すると、体を起こしてそっと彼から離れた。
 やや間があって、エメルは何度かうめいた後、ゆっくりと目を開けた。グレーの瞳をぱちぱちさせている。

「……驚いた。魔法力を分けてもらうのは初めてだけど、凄いね、もう体が楽になった」
 エメルが上体を起こす。まだ少し呼吸が荒いけれど、明らかに顔色が良くなっている。
「感謝いたします、ミランダ様」
 エメルは美羅ちゃんの方を向いて折り目正しく頭を下げた。
「礼にはおよばない。助けてもらったのはこちらの方だ。潜水艇での非礼も詫びよう。申し訳なかった」
 美羅ちゃんの方がエメルよりも深く頭を下げた。どうやら今は完全に「ミランダ王子」モードだ。謝罪していても威厳と気品が漂っている。

「美羅ちゃんエメルにキスするのかと思った……」
(俺も……)
 思わず息を止めちゃったよ。

「早急に魔法力を注入する必要がある場合は口移しもありだが……私は男が嫌いだ、今も前も」
 ちょっとだけ美羅ちゃんの目が鋭くなる。前も、って、前の世界っでもってこと? そういえば美羅ちゃんって前の世界でも今みたいにすごく綺麗だったのに、彼氏の話とか聞いたことなかった。男子に告白されてもみんな断ってるって。
「僕だって勘弁してもらいたいよ。それにしてもミランダ王子、今はだいぶ魔法力が安定しているみたいですね」
 濡れた髪を左手で搔きながら、エメルが美羅ちゃんに聞いた。
「ああ。実は私は幼少のころ事故で一度記憶喪失になっているんだ。前世の記憶はそのとき失ったんだと思う。それからはメガロス国の王族として、様々な教養を身につけてきた。……それが、この前のダンスパーティーで結乃と踊っていたら」
「記憶が戻ったんですね。だから突然倒れた」
 美羅ちゃんは頷く。
「雷に打たれたような衝撃だった。前世の記憶が一気に頭の中に流れ込んできて……自分が何者だったかも理解したが、同時に混乱した。二つの人格があるような」

 そうだったんだ。

 私の場合は、青野君に会いたいという気持ちが、前世の記憶を今の自分につなぎとめてくれてたけど、美羅ちゃんにはそもそも最近まで前世の記憶自体がなかったんだね。
 確かに、そこにいきなり女性としての自分の記憶が流れ込んできたら、パニックになると思う。それこそ、倒れちゃうくらい。

「つまり私はそのときの心持ちで小野寺美羅であったり、メガロス第三王子のミランダであったりしてしまう。そんな私の不安定な状態が魔法力に影響を及ぼすことがあるんだ。皆、本当にすまない。私のせいでこんなことになってしまって。とくにエメル殿、私は君に対しなことを言ってしまった。……魔法で結乃の心を、などと」
 美羅ちゃんはしっかりした口調だったけれど、顔は怒られるのを待っている子犬みたいだった。大国の王子にこんな顔をされたら絶対に怒れない……エメルも同じ気持ちだったらしい。 
「もういいですよ、ミランダ王子。私は気にしておりません」
 穏やかにそう言って、ふっと柔らかく笑った。
 なぜだろう。
 どこか自嘲めいた笑い方だと思ってしまった。気のせいかな……。
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