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マシュマロパフェ
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「ごゆっくりお召し上がりください」
そう言って、店員が去って行く。おれの前には高々と積み上げられたパフェ。秋だからなのか、一番上には梨とブドウがのっている。
おれの連れは電話中で席を外していて、今はカフェの外にいる。戻ってくる気配はない。
先に食っちまおう。
そう思って、梨とブドウのあいだにぶすりとフォークを指す。梨とブドウの下には栗のアイスが丸く乗っている。それにフォークを突き立て、ほどよくすくう。
アイスの甘みが口に広がる中、あいつ、いつまで通話してんだと、カフェの出入り口をちらちらと窺う。
男一人でパフェをつついてるおれに身にもなれっての。お前が少し食べたいから、っていうから、これにしたのに。
……電話の相手って、誰かな。
趣味の友達? それともバイトの仲間? それとも……。
おれと、こんなところでお茶してていいのか、お前。お前には、ほかに、もっと友達も仲間もたくさんいるのに。女に告白されたこともたくさんあるのに。
なのに。
おれなんかと。
不安になる。
フォークで、栗のアイスを切り裂いた。中をほじくると、その下の生クリームが顔を出す。
お前は本当にそれでいいのか?
生クリームをかき出す。その下は? チョコチップだ。
男同士だぞ、いいのか。
チョコチップをフォークでなぎ倒す。その下は……スポンジ、スポンジケーキだ。
本当にいいのか? 道を踏み外したとか、思ってないか?
スポンジケーキにぐりぐりと、フォークで穴をあける。パフェグラスを抑えている左手に、力が入った。
人生設計間違ったとか、思ってないか? 後悔してないか?
スポンジケーキの下は、また生クリームだ。パフェって、豪華なのは上だけだな。
おれは、その生クリームをかき回す。
お前の心の奥が、おれは知りたい。本当に、おれでよかったのか。
お前の心が知りたい。
お前の心はどこだ。
どこだ。
どこだどこだ。
クリームをかき回す。
どこだ。
信じたいけど、それ以上に不安で――。
「悪い、電話長引いた」
連れが帰って来た。スマホをしまいながら、俺の目の前に腰かける。
「なんでそのパフェ、陥没してんの」
連れ……おれの恋人が、おれのパフェを覗き込んだ。パフェは行儀悪く、真ん中だけををほじくった形になっていた。なんだかバツが悪くて、おれはただ、黙ってクリームがくっついたフォークを見つめていた。
「あちゃー、コーヒー冷めてる上に、めっちゃ苦いわ」
恋人が顔をしかめる。そりゃそうだ。あれだけ長く中座して、おれを放っておいたんだから。それにコーヒーってのは、苦いもんだろ。
「それちょうだい」
突然、恋人が言った。
「マシュマロだろ、それ」パフェの底を指さす。
「は?」
おれはパフェの中を覗き込んだ。生クリームにまぎれて、白いマシュマロがある!
マシュマロ入りパフェだったのか。
最後の最後、奥の奥に、隠してあった。
おれはフォークにマシュマロを突っとした。
「気がつかなかった……」
「俺もパフェ少し食べたいって、言っただろ」
言ったけど。
「これもう、食いかけだし、お前の分、別に頼めば……」
アイスも溶けて、こんなぐちゃぐちゃになったパフェなんて。
おれの心も、ぐちゃぐちゃ……。まさか、お前がおれの告白にオーケーするなんて、思わなかったんだよ。だって普通、そう思うよな。玉砕覚悟だったんだ。
今でも信じられない。
お前が、おれの恋人になるなんて。
「それが欲しいんだよ、ちょうだいってば」
「えっ?」
恋人は、身を乗り出したかと思うと、フォークを持つおれの右手首を掴んで、自分の方へ引き寄せた。フォークには、マシュマロが突き刺さっている。
なんのためらいもなく、恋人はマシュマロを口に含んだ。ぱくりとマシュマロを抜き取ると、おれの右手首を放す。
「な、何やってんだ、いきなり。こ、こんなとこで」
おれは小声で抗議した。
「誰も見てない。ってか、本当は見せつけたいくらいだけど。なにお前、嫌なの?」
「ち、違……」
嫌なわけない。
おれはなんにもなくなったフォークを見つめるしかなかった。
恋人は、味わうようにマシュマロを飲み込んだ。
「うん。甘い。コーヒーが苦すぎるからちょうどいいな。お前も食べてみろよ、マシュマロ」
そう言って、冷めたコーヒーに再び口をつける。カップを持つ手が、かすかに震えている。
コーヒーが、そのままシャツにダーッと流れた。
「うわ、やべっ」
「なにやってんだよ」
今度はおれが身を乗り出して、タオルハンカチで恋人のシャツを拭いてやる。
恋人の顔は、真っ赤だった。
真っ赤なまま、おれにささやく。
「電話長くて、怒ってないよな? 本当はすぐに切りたかったんだけど……ごめん」
おれは吹き出しそうになった。なんだよ、さっきまで澄ましてカッコつけてたくせに。
相手に不安になるのは、お互いさまか。
パフェの奥の奥にあったのは、甘いマシュマロ。
おれは席に座り直し、クリームに溶け込んだマシュマロにフォークを突き刺した。そっと、自分の口に運ぶ。
柔らかくて、甘かった。
「梨か、ブドウもやろうか」
今度はおれが幾分、澄ました顔で聞いてやった。
「じゃあ梨。アイスもつけてくれ」
「もう手遅れ。ドロドロに溶けてる」
おれは、梨をフォークに刺して、シャツに染みをつくった恋人のソーサーに、そっとのせてやった。
(終わり)
※パフェもコーヒーも、残さずおいしくいただきました。
そう言って、店員が去って行く。おれの前には高々と積み上げられたパフェ。秋だからなのか、一番上には梨とブドウがのっている。
おれの連れは電話中で席を外していて、今はカフェの外にいる。戻ってくる気配はない。
先に食っちまおう。
そう思って、梨とブドウのあいだにぶすりとフォークを指す。梨とブドウの下には栗のアイスが丸く乗っている。それにフォークを突き立て、ほどよくすくう。
アイスの甘みが口に広がる中、あいつ、いつまで通話してんだと、カフェの出入り口をちらちらと窺う。
男一人でパフェをつついてるおれに身にもなれっての。お前が少し食べたいから、っていうから、これにしたのに。
……電話の相手って、誰かな。
趣味の友達? それともバイトの仲間? それとも……。
おれと、こんなところでお茶してていいのか、お前。お前には、ほかに、もっと友達も仲間もたくさんいるのに。女に告白されたこともたくさんあるのに。
なのに。
おれなんかと。
不安になる。
フォークで、栗のアイスを切り裂いた。中をほじくると、その下の生クリームが顔を出す。
お前は本当にそれでいいのか?
生クリームをかき出す。その下は? チョコチップだ。
男同士だぞ、いいのか。
チョコチップをフォークでなぎ倒す。その下は……スポンジ、スポンジケーキだ。
本当にいいのか? 道を踏み外したとか、思ってないか?
スポンジケーキにぐりぐりと、フォークで穴をあける。パフェグラスを抑えている左手に、力が入った。
人生設計間違ったとか、思ってないか? 後悔してないか?
スポンジケーキの下は、また生クリームだ。パフェって、豪華なのは上だけだな。
おれは、その生クリームをかき回す。
お前の心の奥が、おれは知りたい。本当に、おれでよかったのか。
お前の心が知りたい。
お前の心はどこだ。
どこだ。
どこだどこだ。
クリームをかき回す。
どこだ。
信じたいけど、それ以上に不安で――。
「悪い、電話長引いた」
連れが帰って来た。スマホをしまいながら、俺の目の前に腰かける。
「なんでそのパフェ、陥没してんの」
連れ……おれの恋人が、おれのパフェを覗き込んだ。パフェは行儀悪く、真ん中だけををほじくった形になっていた。なんだかバツが悪くて、おれはただ、黙ってクリームがくっついたフォークを見つめていた。
「あちゃー、コーヒー冷めてる上に、めっちゃ苦いわ」
恋人が顔をしかめる。そりゃそうだ。あれだけ長く中座して、おれを放っておいたんだから。それにコーヒーってのは、苦いもんだろ。
「それちょうだい」
突然、恋人が言った。
「マシュマロだろ、それ」パフェの底を指さす。
「は?」
おれはパフェの中を覗き込んだ。生クリームにまぎれて、白いマシュマロがある!
マシュマロ入りパフェだったのか。
最後の最後、奥の奥に、隠してあった。
おれはフォークにマシュマロを突っとした。
「気がつかなかった……」
「俺もパフェ少し食べたいって、言っただろ」
言ったけど。
「これもう、食いかけだし、お前の分、別に頼めば……」
アイスも溶けて、こんなぐちゃぐちゃになったパフェなんて。
おれの心も、ぐちゃぐちゃ……。まさか、お前がおれの告白にオーケーするなんて、思わなかったんだよ。だって普通、そう思うよな。玉砕覚悟だったんだ。
今でも信じられない。
お前が、おれの恋人になるなんて。
「それが欲しいんだよ、ちょうだいってば」
「えっ?」
恋人は、身を乗り出したかと思うと、フォークを持つおれの右手首を掴んで、自分の方へ引き寄せた。フォークには、マシュマロが突き刺さっている。
なんのためらいもなく、恋人はマシュマロを口に含んだ。ぱくりとマシュマロを抜き取ると、おれの右手首を放す。
「な、何やってんだ、いきなり。こ、こんなとこで」
おれは小声で抗議した。
「誰も見てない。ってか、本当は見せつけたいくらいだけど。なにお前、嫌なの?」
「ち、違……」
嫌なわけない。
おれはなんにもなくなったフォークを見つめるしかなかった。
恋人は、味わうようにマシュマロを飲み込んだ。
「うん。甘い。コーヒーが苦すぎるからちょうどいいな。お前も食べてみろよ、マシュマロ」
そう言って、冷めたコーヒーに再び口をつける。カップを持つ手が、かすかに震えている。
コーヒーが、そのままシャツにダーッと流れた。
「うわ、やべっ」
「なにやってんだよ」
今度はおれが身を乗り出して、タオルハンカチで恋人のシャツを拭いてやる。
恋人の顔は、真っ赤だった。
真っ赤なまま、おれにささやく。
「電話長くて、怒ってないよな? 本当はすぐに切りたかったんだけど……ごめん」
おれは吹き出しそうになった。なんだよ、さっきまで澄ましてカッコつけてたくせに。
相手に不安になるのは、お互いさまか。
パフェの奥の奥にあったのは、甘いマシュマロ。
おれは席に座り直し、クリームに溶け込んだマシュマロにフォークを突き刺した。そっと、自分の口に運ぶ。
柔らかくて、甘かった。
「梨か、ブドウもやろうか」
今度はおれが幾分、澄ました顔で聞いてやった。
「じゃあ梨。アイスもつけてくれ」
「もう手遅れ。ドロドロに溶けてる」
おれは、梨をフォークに刺して、シャツに染みをつくった恋人のソーサーに、そっとのせてやった。
(終わり)
※パフェもコーヒーも、残さずおいしくいただきました。
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