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03 オメガ
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そうして、現在香月が住んでいる古いワンルームのアパートに電車を乗り継いでやってきたのだ。
最初の頃は、父親が外を確認しながらピリピリと神経を尖らせていたため、香月は何も話せずに部屋の隅でじっとしていたが、数日経っても誰もアパートを訪ねてこないことが分かると、父親もだんだんと落ち着いていった。
ここの近くの小学校に通うのかな、と思った香月は、持ってきていたランドセルを片づけていた。その時、学校の先生から「お父さんかお母さんに必ず渡すように」と言われて、1人ずつ手渡された封筒が底のほうから出てきた。丁度、渡された日に家をバタバタと出ることになったので、すっかり忘れていたのだ。香月は、その封筒を部屋でのんびりビールを飲んでいた父親に渡しに行った。
「お父さん。先生がこれ渡してくださいって言ってあったの忘れてた」
「ん? バース性検査結果? どうせベータだろ」
乱暴に封筒を開封して中に入っていた紙を確認した父親が固まった。
「お父さん? どうしたの?」
「やったぞ! 一攫千金だ!」
急に大声をあげ、立ち上がりながらこちらを見下ろす父親と目があったが、香月にはとても恐ろしいものに感じた。充血した目がギラギラと光っている。
「お前、オメガだったのか。ははははっ。稼げるぞ!」
笑いながら父親が香月の腕をつかんだ。
強い力で腕を握られ、恐怖に震える香月に分かったのは、逃げられないということだけだった。
***
封筒を渡してから1週間ほど過ぎたある日、父親が香月をアパートの近くの小さな工場に連れて行った。
「お前は今日からここで働くんだ」
「働くの? 学校は?」
「学校はもう行かなくていい。他にすることがあるからな」
中学校に行って、かっこいい制服を着たかったのに残念だな、と香月は思ったが何も言い返さなかった。なんとなく、そんなことを言える場合じゃなくなっていることを、幼いながらに感じ取っていたのだ。
香月は無性に、えい君に会いたかった。大好きな彼に。
ただ、あの公園に行きたくても、行き方も場所も何も分からなかった。
「おお、かわいい子じゃないか」
工場の奥からお腹が大きな男の人が出てきて、2人のほうに歩いてきた。
「馬場さん、この子です。香月、工場長だよ。挨拶しなさい」
「こんにちは。香月です。よろしくお願いします」
「こんにちは。いや、いいこだね」
香月をじっくりと見つめながら工場長は笑顔を浮かべ、父親に話しかけた。
「12歳って言ってたよね? ちょっと小さくないか?」
「もともと小柄な子でして」
「うーん。15までまったほうがいいかな」
「分かりました。じゃあそれまではここで」
「うん。その代わり初めては私だからね」
「もちろん、分かってますよ。1番高値を提示してくださいましたからね」
「よしよし。さあ、香月君だったね。君には工場でねじを締めていく作業をお願いしようかな」
その日から、香月は工場で働くことになった。
工場では流れてくる部品にねじを止めていく作業を行うことになったが、この工場には香月のような小さい子もオメガの人も1人もいなかった。
この日に行われていた工場長と父親の会話の内容が分かったのは、香月が15歳になった日の夜だった。
最初の頃は、父親が外を確認しながらピリピリと神経を尖らせていたため、香月は何も話せずに部屋の隅でじっとしていたが、数日経っても誰もアパートを訪ねてこないことが分かると、父親もだんだんと落ち着いていった。
ここの近くの小学校に通うのかな、と思った香月は、持ってきていたランドセルを片づけていた。その時、学校の先生から「お父さんかお母さんに必ず渡すように」と言われて、1人ずつ手渡された封筒が底のほうから出てきた。丁度、渡された日に家をバタバタと出ることになったので、すっかり忘れていたのだ。香月は、その封筒を部屋でのんびりビールを飲んでいた父親に渡しに行った。
「お父さん。先生がこれ渡してくださいって言ってあったの忘れてた」
「ん? バース性検査結果? どうせベータだろ」
乱暴に封筒を開封して中に入っていた紙を確認した父親が固まった。
「お父さん? どうしたの?」
「やったぞ! 一攫千金だ!」
急に大声をあげ、立ち上がりながらこちらを見下ろす父親と目があったが、香月にはとても恐ろしいものに感じた。充血した目がギラギラと光っている。
「お前、オメガだったのか。ははははっ。稼げるぞ!」
笑いながら父親が香月の腕をつかんだ。
強い力で腕を握られ、恐怖に震える香月に分かったのは、逃げられないということだけだった。
***
封筒を渡してから1週間ほど過ぎたある日、父親が香月をアパートの近くの小さな工場に連れて行った。
「お前は今日からここで働くんだ」
「働くの? 学校は?」
「学校はもう行かなくていい。他にすることがあるからな」
中学校に行って、かっこいい制服を着たかったのに残念だな、と香月は思ったが何も言い返さなかった。なんとなく、そんなことを言える場合じゃなくなっていることを、幼いながらに感じ取っていたのだ。
香月は無性に、えい君に会いたかった。大好きな彼に。
ただ、あの公園に行きたくても、行き方も場所も何も分からなかった。
「おお、かわいい子じゃないか」
工場の奥からお腹が大きな男の人が出てきて、2人のほうに歩いてきた。
「馬場さん、この子です。香月、工場長だよ。挨拶しなさい」
「こんにちは。香月です。よろしくお願いします」
「こんにちは。いや、いいこだね」
香月をじっくりと見つめながら工場長は笑顔を浮かべ、父親に話しかけた。
「12歳って言ってたよね? ちょっと小さくないか?」
「もともと小柄な子でして」
「うーん。15までまったほうがいいかな」
「分かりました。じゃあそれまではここで」
「うん。その代わり初めては私だからね」
「もちろん、分かってますよ。1番高値を提示してくださいましたからね」
「よしよし。さあ、香月君だったね。君には工場でねじを締めていく作業をお願いしようかな」
その日から、香月は工場で働くことになった。
工場では流れてくる部品にねじを止めていく作業を行うことになったが、この工場には香月のような小さい子もオメガの人も1人もいなかった。
この日に行われていた工場長と父親の会話の内容が分かったのは、香月が15歳になった日の夜だった。
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