【完結】片翼のアレス

結城れい

文字の大きさ
上 下
61 / 66

61 櫛

しおりを挟む
 アレスは商店の扉を開けて中へと入った。だが、そこにはルナールの姿もペッツァの姿もない。

「あれ?」

 いつもならどちらかは必ず商店の中にいるのに、どちらの姿も見えないことに不思議に思いながらもアレスは棚の籠を引き出して毛づくろい用の櫛を探した。

 いくつか覗いてみたが、食料や布などしか入っていない。残念に思ったアレスは誰もいない商店内を見渡した。すると、いつもルナールたちが帳簿を確認する横長の高い台の近くに、大きな箱が設置されている事に気づく。いつもは何もなかった場所に設置されているので気になったアレスが近づいて覗いてみると、そこにはいくつもの櫛が入っていた。
 求めていたものが見つかって嬉しくなったアレスは早速手を伸ばして、一番上にあった櫛を手に取った。横幅の広い大きなものだ。これならルーカスの大きな体でもしっかりと梳かすことができそうだ。だが、色が茶色なのが少し気に入らない。
 黒の櫛がないかとアレスは箱の中を覗きこみ、手で下のほうまで探る。

 探していると、背後で扉が開く音がした。振り返ると、ルナールとペッツァ、それにルーカスまでいる。3人で一緒にやってきたようだ。

「あれ、アレスじゃないか! ごめんごめん。祭りの準備で2人とも出払っていたから、待たせたかな?」
「ううん、大丈夫! 祭りの準備?」

 ルナールに聞き返したアレスの隣にルーカスがやってきて、アレスの髪を撫でる。

「アレス、商店に来てたんだな」
「ルーカス」

 アレスは目を閉じて、ルーカスの手を受け入れた。

「うふふ。2人とも仲良しね!」

 ペッツァがアレスを見てそうつぶやきながら、ルナールの腕に抱き着いた。

「そうだね! まぁ俺たちほどじゃないけどねハニー」
「そうね、ダーリン」

 ペッツァと見つめあっていたルナールは、そこでようやくアレスに問われたことを思い出した。

「――あ、そうそう祭りの話だったね。この村では冬が終わって暖かくなってきた時に、無事に冬を越せたことを祝って祭りをするんだ。祭りと言っても、広場に木で大きなやぐらを組んで、火をつけてご馳走を食べるだけなんだけどね。まぁ、ただの祝宴しゅくえんって感じだよ。皆で集まって食べたり飲んだりするんだ!」
「へぇー、そんなのがあるんだ」
「うん! さっき祭りに必要なものを聞くために集会所に行ったら、丁度ルーカスもいたんだよ」
「ああ、木を組むのを手伝ってくれとティグリスに言われていたから、その打ち合わせをしていたんだ」

 お祭り。聞くだけでワクワクと胸が高鳴る。広場に村の皆が集まり、食べたり飲んだりするのだろう。やぐらに火をつけるということは、夜に行われるのだろうか。アレスは櫛を手に持ったままルーカスを見上げた。

「お祭り楽しみだね!」
「ああ、そうだな。ところでアレスは櫛を探しに来たのか?」
「――うん」

 アレスがルーカスの問いに頷いたところで、横からルナールが話しかけてきた。

「髪用の櫛なら別にあるよ! その箱には毛づくろい用の櫛しか入っていないんだ。最近交換に来る獣族が多いから、まとめて店内に出しておこうと思って箱にまとめてたんだ」
「いや、ルーカス用のを探しに来たから、これでいいんだ」
「ああ、そうだったんだ!」

 納得したルナールと違い、横にいたルーカスは驚いて口を開いた。

「俺の?」
「うん、その、今朝ルーカスの毛が抜けているのに気づいて、慌てて先生に聞いたら換毛期だって言われたから」
「――ああ、そうだったのか。そうか鳥人族には換毛期がないのか。それで今朝けさ色々聞いてきたんだな。言ってなくてすまなかった……家で毛を落とさないように外で払って帰っていたから、毛が落ちていたことに気づかなかった」
「ううん、オレが換毛期を知らなかっただけだから。それで、毛づくろい用の櫛で梳かしてあげれば喜ぶよって言われたから見に来たんだ!」
「ありがとう。アレスに梳かしてもらえると嬉しい」
「うん! どんな櫛がいいとかあるの?」

 ルーカスと一緒に箱の中の櫛を吟味しながら、最終的に黒くて艶のある綺麗な櫛に決めた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

勇者のママは今日も魔王様と

蛮野晩
BL
『私が魔王に愛される方法は二つ。一つ目は勇者を魔王の望む子どもに育てること。二つ目は魔王に抱かれること』 人間のブレイラは魔王ハウストから勇者の卵を渡される。 卵が孵化して勇者イスラが誕生したことでブレイラの運命が大きく変わった。 孤児だったブレイラは不器用ながらも勇者のママとしてハウストと一緒に勇者イスラを育てだす。 今まで孤独に生きてきたブレイラだったがハウストに恋心を抱き、彼に一生懸命尽くしてイスラを育てる。 しかしハウストには魔王としての目的があり、ブレイラの想いが届くことはない。 恋を知らずに育ったブレイラにとってハウストは初恋で、どうすれば彼に振り向いてもらえるのか分からなかったのだ。そこでブレイラがとった方法は二つ。一つ目は、勇者イスラをハウストの望む子どもに育てること。二つ目は、ハウストに抱かれることだった……。 表紙イラスト@阿部十四さん

【完結】別れ……ますよね?

325号室の住人
BL
☆全3話、完結済 僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。 ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話

深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?

【完結】《BL》溺愛しないで下さい!僕はあなたの弟殿下ではありません!

白雨 音
BL
早くに両親を亡くし、孤児院で育ったテオは、勉強が好きだった為、修道院に入った。 現在二十歳、修道士となり、修道院で静かに暮らしていたが、 ある時、強制的に、第三王子クリストフの影武者にされてしまう。 クリストフは、テオに全てを丸投げし、「世界を見て来る!」と旅に出てしまった。 正体がバレたら、処刑されるかもしれない…必死でクリストフを演じるテオ。 そんなテオに、何かと構って来る、兄殿下の王太子ランベール。 どうやら、兄殿下と弟殿下は、密な関係の様で…??  BL異世界恋愛:短編(全24話) ※魔法要素ありません。※一部18禁(☆印です) 《完結しました》

ぼくは男なのにイケメンの獣人から愛されてヤバい!!【完結】

ぬこまる
BL
竜の獣人はスパダリの超絶イケメン!主人公は女の子と間違うほどの美少年。この物語は勘違いから始まるBLです。2人の視点が交互に読めてハラハラドキドキ!面白いと思います。ぜひご覧くださいませ。感想お待ちしております。

オタク眼鏡が救世主として異世界に召喚され、ケダモノな森の番人に拾われてツガイにされる話。

篠崎笙
BL
薬学部に通う理人は植物採集に山に行った際、救世主として異世界に召喚されるが、熊の獣人に拾われてツガイにされてしまい、もう元の世界には帰れない身体になったと言われる。そして、世界の終わりの原因は伝染病だと判明し……。 

異世界転移してΩになった俺(アラフォーリーマン)、庇護欲高めα騎士に身も心も溶かされる

ヨドミ
BL
もし生まれ変わったら、俺は思う存分甘やかされたい――。 アラフォーリーマン(社畜)である福沢裕介は、通勤途中、事故により異世界へ転移してしまう。 異世界ローリア王国皇太子の花嫁として召喚されたが、転移して早々、【災厄のΩ】と告げられ殺されそうになる。 【災厄のΩ】、それは複数のαを番にすることができるΩのことだった――。 αがハーレムを築くのが常識とされる異世界では、【災厄のΩ】は忌むべき存在。 負の烙印を押された裕介は、間一髪、銀髪のα騎士ジェイドに助けられ、彼の庇護のもと、騎士団施設で居候することに。 「αがΩを守るのは当然だ」とジェイドは裕介の世話を焼くようになって――。 庇護欲高め騎士(α)と甘やかされたいけどプライドが邪魔をして素直になれない中年リーマン(Ω)のすれ違いラブファンタジー。 ※Rシーンには♡マークをつけます。

処理中です...