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59 尻尾
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「せんせー!」
診療所の扉が開いて入ってきたのは、初めて見る獣族だった。
村長のティグリスと同じような見た目だが、模様が違う。獣虎族のティグリスは縦縞の模様だったのに対し、その獣族は黄色に近い茶色の毛に黒の斑点模様がある。
斑点模様に少しだけ獣鬣犬族を思い出し警戒したアレスに対し、その獣族は話しかけてきた。
「あれ、初めて見るな――ああ、最近やってきた2人組のルーカスじゃないほうか!」
「え、う、うん。そうだけど……」
ルーカスを知っているようだったので、少し警戒が解け、アレスは返事を返す。
「俺は獣豹族のレオパルドだ。よろしくな」
じっと見つめられた後、笑顔で手を差し出してこられたので、アレスはその手を握り挨拶を返した。
「オレは鳥人族のアレス。よろしく」
「アレスね! 先生は?」
アレスの手を掴み上下にブンブンと振った後、レオパルドは診療所内を見渡した。
「先生は丁度家に帰ってて、どこか怪我したの?」
レオパルドが来る少し前に先生は昼食のため家に帰っている。そのため、今は診療所にアレスしかいない。
アレスが手伝いに来るまでは先生がいないときは立札を立てていたそうだが、最近ではアレスが診療所に残っており、簡単なものであれば対応していた。もちろんアレスの手に負えないものであれば先生を呼びに行く。先生の家は診療所の裏にあるため、裏口から出ればすぐだ。
「背中に棘が刺さって、自分じゃ抜けないんだよね」
「あ、それくらいならオレでもできそう。そこの椅子に座って」
アレスは椅子にレオパルドを座らせて、背中側に回りこむ。上半身は何も身に着けていなかったレオパルドの背中には小さな棘がいくつも刺さっていた。血は出ていないようだが、数が多い。
アレスは1つずつ慎重に手で抜いていった。
「この棘どうしたの?」
「いやー、獲物を追ってこう、わーっと草むらに飛び込んだら、そこの草が棘だらけでな。チクチクしまくるの! 見える範囲のものは何とか自分で取れたんだが、背中のはどうしても無理でな。こうしても、ほら全然背中に届かないだろ?」
レオパルドがその時の状況を身振り手振りを入れて説明し、背中に手を回して届かないことを見せてきた。頑張って背中に手を回そうとしているのに、全く届いていない。それがおもしろくてアレスは思わず笑ってしまった。
「ふふっ、ホントだ。全然届いてないよ」
「いやー、まいったよ。人族は結構背中に手が回るんだろ?」
「えー、どうだろう。オレもそこまで回らないかも」
アレスは手にのせていた抜いた棘を机に置き、両手を回して背中に持っていった。片手を上から、もう片方を下から伸ばして両手を触れさせようと頑張る。
あと少しで触れそうなのに届かず、アレスは顔をしかめながら力を入れた。
「うーん。もうちょっとで届きそうなんだけど」
「おー。ホントにもうちょっとだ。頑張れ!」
アレスは背中に手を回したまま後ろを向き、レオパルドに背中を見せる。応援してもらい、背中をくねらせて頑張るが、腕がつりそうだ。
「無理だ。肩も腕も痛くなりそう」
アレスは諦めて手を元に戻した。
「いやー、でもそこまで届けば十分だよ。俺なんてこれだぜ」
今度はレオパルドが後ろを向き、背中に手を回す。全く届いていない毛に覆われた両手が、場所を主張するように左右に振られる。
「ふふっ、うん。全然ダメだね」
「だろ」
「うん。棘がまだ残ってるから、全部取るよ。座って」
大げさに肩を落として見せたレオパルドは、アレスの言葉に頷き椅子に座った。
「アレス、かわいいね」
「え!? 初めて言われたかも」
「ええ!? そうなの? え、でもさ、ルーカスと番なんじゃないの? 今まで言われたこと無いわけ?」
「え――無いかも」
アレスはレオパルドの言葉に驚いて、過去のルーカスとの会話を振り返った。『好き』や『愛してる』などは言われたが、可愛いとは言われたことがない。ただ、別に言って欲しいわけではないし、正直可愛いよりもかっこいいと言われたほうがアレスは嬉しい。
「えー、そうなんだ。上手くいってないの?」
「え、ううん。そんなことないよ!」
「ふーん」
これほどレオパルドが気にするということは、もしかして獣族の番というのは可愛いというのが普通なのか? などとアレスが考えながら棘を抜いていると、腰のあたりに何かが触れる感覚がした。
下を見ると、レオパルドの太くて長い尻尾がアレスの腰に巻きついている。
「レオパルド、尻尾が――」
「凄いだろ? 俺の尻尾!」
レオパルドはそう言いながら、尻尾をアレスの腰から離し、次はアレスの手首に絡ませた。
「え、凄い。尻尾ってこんなに自由に動かせるんだ」
「獣狼族の尻尾は振るくらいしかできないけど、俺は自由自在に動かすことができるんだ! 特別に触ってみてもいいぜ」
「いいの? ありがとう」
尻尾のある種族はいくつもあるが、ここまで自由に動かせる種族もいるんだと感心したアレスは、レオパルドの尻尾に手を伸ばす。
もう少しで触れそうなところで、尻尾はアレスの手をするりとかわした。
「えっ」
もう一度挑戦するが、次も掴む前に手の中からするりと尻尾は出ていってしまう。アレスは真剣に動く尻尾を観察する。左右に揺れ動く尻尾が止まった瞬間、両手で素早く捕まえた。
「捕まえた!」
「ふはははは」
レオパルドは腹を抱えて笑っているが、アレスは構わずに折角捕まえることのできた尻尾を優しく触ってみた。思ったよりも毛が長くフワフワとしている。
「なあ、アレスっていつも診療所にいるの?」
「うん、そうだよ。先生の手伝いをしてる」
「そっか」
尻尾を手放したアレスは、レオパルドの背中の手当てを再開した。
すべての棘を抜き終えて、念のために薬草を塗った後、狩りに戻るというレオパルドを見送る。
レオパルドの尻尾はフワフワとしていたが、ルーカスの尻尾はきっとそれ以上にフワフワとして触り心地が良さそうだ。今まで触らせてもらったことはないが、今度機会があれば触らせてもらおうと思ったアレスは笑顔で診療所の机をかたづけた。
診療所の扉が開いて入ってきたのは、初めて見る獣族だった。
村長のティグリスと同じような見た目だが、模様が違う。獣虎族のティグリスは縦縞の模様だったのに対し、その獣族は黄色に近い茶色の毛に黒の斑点模様がある。
斑点模様に少しだけ獣鬣犬族を思い出し警戒したアレスに対し、その獣族は話しかけてきた。
「あれ、初めて見るな――ああ、最近やってきた2人組のルーカスじゃないほうか!」
「え、う、うん。そうだけど……」
ルーカスを知っているようだったので、少し警戒が解け、アレスは返事を返す。
「俺は獣豹族のレオパルドだ。よろしくな」
じっと見つめられた後、笑顔で手を差し出してこられたので、アレスはその手を握り挨拶を返した。
「オレは鳥人族のアレス。よろしく」
「アレスね! 先生は?」
アレスの手を掴み上下にブンブンと振った後、レオパルドは診療所内を見渡した。
「先生は丁度家に帰ってて、どこか怪我したの?」
レオパルドが来る少し前に先生は昼食のため家に帰っている。そのため、今は診療所にアレスしかいない。
アレスが手伝いに来るまでは先生がいないときは立札を立てていたそうだが、最近ではアレスが診療所に残っており、簡単なものであれば対応していた。もちろんアレスの手に負えないものであれば先生を呼びに行く。先生の家は診療所の裏にあるため、裏口から出ればすぐだ。
「背中に棘が刺さって、自分じゃ抜けないんだよね」
「あ、それくらいならオレでもできそう。そこの椅子に座って」
アレスは椅子にレオパルドを座らせて、背中側に回りこむ。上半身は何も身に着けていなかったレオパルドの背中には小さな棘がいくつも刺さっていた。血は出ていないようだが、数が多い。
アレスは1つずつ慎重に手で抜いていった。
「この棘どうしたの?」
「いやー、獲物を追ってこう、わーっと草むらに飛び込んだら、そこの草が棘だらけでな。チクチクしまくるの! 見える範囲のものは何とか自分で取れたんだが、背中のはどうしても無理でな。こうしても、ほら全然背中に届かないだろ?」
レオパルドがその時の状況を身振り手振りを入れて説明し、背中に手を回して届かないことを見せてきた。頑張って背中に手を回そうとしているのに、全く届いていない。それがおもしろくてアレスは思わず笑ってしまった。
「ふふっ、ホントだ。全然届いてないよ」
「いやー、まいったよ。人族は結構背中に手が回るんだろ?」
「えー、どうだろう。オレもそこまで回らないかも」
アレスは手にのせていた抜いた棘を机に置き、両手を回して背中に持っていった。片手を上から、もう片方を下から伸ばして両手を触れさせようと頑張る。
あと少しで触れそうなのに届かず、アレスは顔をしかめながら力を入れた。
「うーん。もうちょっとで届きそうなんだけど」
「おー。ホントにもうちょっとだ。頑張れ!」
アレスは背中に手を回したまま後ろを向き、レオパルドに背中を見せる。応援してもらい、背中をくねらせて頑張るが、腕がつりそうだ。
「無理だ。肩も腕も痛くなりそう」
アレスは諦めて手を元に戻した。
「いやー、でもそこまで届けば十分だよ。俺なんてこれだぜ」
今度はレオパルドが後ろを向き、背中に手を回す。全く届いていない毛に覆われた両手が、場所を主張するように左右に振られる。
「ふふっ、うん。全然ダメだね」
「だろ」
「うん。棘がまだ残ってるから、全部取るよ。座って」
大げさに肩を落として見せたレオパルドは、アレスの言葉に頷き椅子に座った。
「アレス、かわいいね」
「え!? 初めて言われたかも」
「ええ!? そうなの? え、でもさ、ルーカスと番なんじゃないの? 今まで言われたこと無いわけ?」
「え――無いかも」
アレスはレオパルドの言葉に驚いて、過去のルーカスとの会話を振り返った。『好き』や『愛してる』などは言われたが、可愛いとは言われたことがない。ただ、別に言って欲しいわけではないし、正直可愛いよりもかっこいいと言われたほうがアレスは嬉しい。
「えー、そうなんだ。上手くいってないの?」
「え、ううん。そんなことないよ!」
「ふーん」
これほどレオパルドが気にするということは、もしかして獣族の番というのは可愛いというのが普通なのか? などとアレスが考えながら棘を抜いていると、腰のあたりに何かが触れる感覚がした。
下を見ると、レオパルドの太くて長い尻尾がアレスの腰に巻きついている。
「レオパルド、尻尾が――」
「凄いだろ? 俺の尻尾!」
レオパルドはそう言いながら、尻尾をアレスの腰から離し、次はアレスの手首に絡ませた。
「え、凄い。尻尾ってこんなに自由に動かせるんだ」
「獣狼族の尻尾は振るくらいしかできないけど、俺は自由自在に動かすことができるんだ! 特別に触ってみてもいいぜ」
「いいの? ありがとう」
尻尾のある種族はいくつもあるが、ここまで自由に動かせる種族もいるんだと感心したアレスは、レオパルドの尻尾に手を伸ばす。
もう少しで触れそうなところで、尻尾はアレスの手をするりとかわした。
「えっ」
もう一度挑戦するが、次も掴む前に手の中からするりと尻尾は出ていってしまう。アレスは真剣に動く尻尾を観察する。左右に揺れ動く尻尾が止まった瞬間、両手で素早く捕まえた。
「捕まえた!」
「ふはははは」
レオパルドは腹を抱えて笑っているが、アレスは構わずに折角捕まえることのできた尻尾を優しく触ってみた。思ったよりも毛が長くフワフワとしている。
「なあ、アレスっていつも診療所にいるの?」
「うん、そうだよ。先生の手伝いをしてる」
「そっか」
尻尾を手放したアレスは、レオパルドの背中の手当てを再開した。
すべての棘を抜き終えて、念のために薬草を塗った後、狩りに戻るというレオパルドを見送る。
レオパルドの尻尾はフワフワとしていたが、ルーカスの尻尾はきっとそれ以上にフワフワとして触り心地が良さそうだ。今まで触らせてもらったことはないが、今度機会があれば触らせてもらおうと思ったアレスは笑顔で診療所の机をかたづけた。
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