【完結】片翼のアレス

結城れい

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44 張形

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「ただいま」
「あ、おかえりルーカス」

 今日は診療所の手伝いがなかったので家の掃除をしていたアレスは、慌てて出入り口へと向かった。

 帰ってきたルーカスは肩に大きな猪を担いでいた。血抜きをすませたであろうその猪を入ってすぐの場所にあるくりやへと置いたルーカスはアレスを振り返った。

「狩りの途中で綺麗な花を見つけたんだ。アレスにと思って――」

 そう言ったルーカスは、背負っていた籠から木の実と一緒に小さな花弁を付けた花を差し出してきた。

「これを見たときにアレスを思い出して、つい取ってきてしまった」

――花弁はアレスの髪と同じ黒色だ

「すごい、この色の花初めて見た」

 アレスは両手を差し出し、大切に受け取った。

「ありがとう。嬉しい!」
「ああ、喜んでもらえて俺も嬉しいよ」

 アレスは嬉しかった。もちろん花を貰ったこと自体も嬉しかったが、それよりも黒の花を見ただけでアレスのことを思い出し取ってきてくれたことが嬉しかった。
 この花は少しの間飾っておいて、枯れる前に押し花にしよう。そしてあの宝箱に入れるのだ。きっとこれから先、あの宝箱に入れるものは増えていき、そのうち入らなくなってしまうかもしれない。アレスはそんな幸せな予感がして笑った。


 一緒に夜ご飯を済ませた後は、今日の出来事をお互いに語っていく。ゆっくりとお茶を飲みながら話すこの時間がアレスは大好きだ。雪山で吹雪により雪洞に足止めされて話していたあの時とは違い、心配事も怖いことも何もない。穏やかな時間が流れる中で、あの時と同じようにルーカスの膝の上に座りながら話していく。


「――そう言えば、今日、クニーから張形はりかたを貰って説明してもらったんだ。ルーカスはウルスから何か聞いてる?」
「ああ、簡単にはやり方は聞いているが――」
「早速今日からやってみるね」
「あ、ああ。俺も手伝う」
「え!? いいよ、自分でする。恥ずかしいし……」
「しかし、自分じゃ後ろは見えないだろ? 怪我をしたらどうする。番として手伝わせてくれ」
「――え、う、うん」

 ただの報告をしただけのつもりだったが、ルーカスが真剣に手伝わせてほしいと頼んできたため、アレスは戸惑いながらも頷いた。慣らしの段階で見られてしまうのは恥ずかしいが、結局実際に性行為をする際は見られてしまうので変わらない。それに、初めてのことで少し怖く思っていたが、ルーカスが手伝ってくれるなら怪我をすることはないだろう。


 湯浴みを済ませて寝室へと向かう。ルーカスの大きい布団に座ったアレスの手にはクニーから貰った小ぶりな木箱が握られていた。

「それが張形か」
「うん、この左の小さいほうから入れて行って、最終的にこっちの大きいほうまで入ったら大丈夫なんだって」

 アレスは一番大きい張形を取り出し手に持った。改めて太さを確認する。

「こんなに大きなものが入るようになるのかな……?」
「――す、少しずつやっていこう」

 ルーカスが左の一番小さい張形を手に取り、座っていたアレスを布団へと押し倒した。一度キスをした後、アレスの下履きは取り払われる。
 そして、ルーカスは起き上がりアレスの両ひざを立てて横へと開いた。

 アレスは恥ずかしくなり、行き場のない手で布団を握りしめた。
 唾液で濡らしたぬめり薬を後ろへ優しく塗りこまれる。爪が当たると危ないと思ったのか、どうやら張型で塗りこんでいるようで、ひんやりとした無機質な感覚がする。


――どれほど時間がたっただろうか

 アレスの後ろはぬめりでふやけそうだ。

「――ルーカス、もういいから入れて」
「いや、まだだ。もう少し」

 先程から3回は同じやり取りをしていた。ひと思いに入れてほしいアレスと、絶対に怪我をさせたくないためまだ入れないルーカスとの攻防が繰り広げられている。
 アレスの中から恥ずかしさはとうに吹き飛び、今はもどかしさを感じていた。何度も何度もぬめり薬を塗りこまれ、少し入ったと思ったらすぐに出ていく。我慢の限界に達したアレスは自分から勢いよく体を下に下げた。

「――んっ」
「アレス!」

 ヌルっと入ってきた張型は、半分ほどがアレスの後ろへと入ってきたが、痛みはなかった。ただ、異物が入っている違和感だけがある。

「大丈夫、痛くないよ」
「ああ、頼むから声をかけてから動いてくれ」
「うん、ごめん。でもルーカスが全然入れてくれないから――」

 アレスが言っていると、後ろに入っていた張型がゆっくりと抜き差しされたので、続きの言葉は出なかった。

「大丈夫そうか?」
「うん、違和感はあるけど、大丈夫」

 動きは少しずつ早くなっていき、たまにぐるりと回される。アレスは眉を顰めながら目をつぶって耐えた。


「よし、今日はこれくらいで終わろう」

 そうルーカスが言って、張型がアレスの中からずるりと外へ出て行った。横に準備していた濡れた布でルーカスがアレスの体を優しく拭いてくれる。

「痛みはないか?」

 ルーカスがアレスの後ろに顔を近づけて確認しようとしてきたので、慌ててアレスは足を閉じた。ルーカスの体を手で押しやる。

「大丈夫だから!」

 流石にそんなに近くで見られるのは嫌だ。アレスは膝を抱えてルーカスから離れたが、何故かルーカスは慌ててアレスの足首を掴み引っ張った。
 もちろんルーカスの力にアレスが敵うはずもなく、そのまま両足を開かれる。

「怪我をしたのか!?」
「――えっ」

 ルーカスの慌てように、アレスは驚いた。どうやらアレスが痛みを隠していると思ったようだ。

「待って、本当に大丈夫。ごめん、恥ずかしかっただけなの」
「――そうか。本当だな」
「うん」

 しっかりとアレスが頷いたことを確認した後、ルーカスはアレスの足首からそっと手をはなした。

「すまない。足首いたかっただろう」
「ううん」

 アレスはルーカスへと抱き着いた。アレスとルーカスは種族が違う。ルーカスから見れば、アレスはとても怪我をしやすく、治りにくい生き物だ。恥ずかしがらずに、普通に伝えればよかった。ルーカスが常にアレスの事を心配していることは知っているのだから。

 アレスは手に力をこめ、ルーカスの銀の毛に顔を埋めた。

「ごめんね。心配かけちゃった」
「いや、アレスがどれくらいで怪我をしたり痛みを感じるのか、俺がよく理解できていないんだ。いきなり引っ張って悪かった」

 ルーカスの手がアレスの背中に回り優しく撫でてきた。

「番なんだから、ちゃんと言っていかないとね。これから先、ずっと一緒にいるんだから」
「そうだな。種族が違うからこそ、話してお互いのことを理解していきたいな」
「うん」

 ルーカスを力いっぱい抱きしめていると、くっついている部分からルーカスの高い体温が伝わってきて、段々と馴染んでいき、触れている部分が同じ体温になってくる。まるで体がくっついてしまったみたいだ。

 痛いときは無理せずに素直に伝えて、ルーカスからも思っていることは言ってもらおう。だって、アレスとルーカスは番なのだから――
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