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26 片翼
しおりを挟む服の端を引っ張って、口の中へと押し込み噛む。バサバサの翼を前に持ってきて両手で握りしめた。動かすと翼全体に痛みが走ったが、構わずに力を込めて掴む。
深呼吸をして一気に力を入れて引っ張る。あまりの激痛に服を噛んだ口からはくぐもった叫び声が漏れ、涙が流れ出た。
「――ぐぅぅぅっ」
それでも止めることなく引っ張り続けた。ブチブチと肉が裂ける音が耳に届き、嫌な感触が手のひらに伝わってくる。血が出て背中を下へと流れて行くのが分かったが、構わずに力を込めた。
痛みに震える手で力を入れ続けると、突然引っかかりがなくなり、翼がアレスの体から離れた。
体の一部だったものが、離れて両手の中にある。
アレスは自分の翼を両手で握り、その場で丸くなり抱きしめた。痛みと悲しみといろんな感情が混ざり合って涙は止まらなかった。
******
しばらく泣いて冷静になった頭で、血が流れ出てアレスが気を失ってしまうと大変だと思い至る。その場に翼を置いたまま、痛む背中を庇いつつ洞窟の外へと向かった。
途中でうまく進めずに、地面へと倒れ込む。背中の翼がなくなったことで、バランスが取れなくなったのだ。きっとすぐに慣れるはずだと自分に言い聞かせて、アレスは両手をつき立ち上がった。
雪の上で仰向けに寝ころび、背中を冷やす。それでも、痛みは全然引かない。空を見上げるアレスの目に鳥達が飛んでいるのが映った。翼に目がいく。
アレスにはどうしても取れなかった鳥。自由に空を飛び回る翼を持った鳥。
今はそれらを見たくなくてアレスはギュッと目を閉じた。
十分冷やした後、血のついた雪を掘り起こして隠す。その後洞窟へと戻った。本来は火で傷口を焼いた方がいいのだろうが、そんな体力も覚悟もアレスには残されていなかった。傷口も自分では見えない。
着ていた服で1番薄いものを、畳んで背中に当て袖の部分を体の前へと回し結ぶ。その後他の服を上から着た。今アレスにできるのはこれだけだ。しばらくは外で歩き回ることもできなさそうなので、洞窟の火のそばにいれば大丈夫だろう。
火を眺めて少し落ち着いた後、アレスは翼の元へと向かった。洞窟の奥にポツンと落ちている。しゃがみ込み翼を掴んだアレスはその場で無心に羽をむしり始めた。
あたりに白と黒の羽が舞い散る。
羽を取り終わったら、すぐに翼を持ったままルーカスの元へと向かう。
「ルーカス、お肉だよ。食べて元気になって」
震える手で翼をルーカスの口元へと差し出す。血の滴る新鮮な肉だ。ルーカスの鼻がヒクヒクと動いて匂いを確かめた次の瞬間、勢いよく口を開き、アレスの翼へと噛みついた。
バキバキと音を立てて美味しそうにルーカスの口の中へ骨ごと消えていく。
アレスは見ていられず、目を閉じた。
ルーカスが食べ進めていき、殆ど口の中へ消えた後、アレスは翼から両手を離した。
食べ終えて落ち着いた様子のルーカスを座って眺める。熱も下がったようで、安らかな寝息を立てていた。
ルーカスには絶対に知られないようにしなければならない。鳥人族の肉を食べることはしないと言っていた。ましてや、アレスの翼だ。優しいルーカスが知ってしまえば、罪悪感に苛まれてしまうだろう。
これはアレスが勝手にしたことだ。アレスが勝手に自分の翼を取って食べさせたのだ。
証拠隠滅のために立ち上がる。散らばった羽は全て集めて火に焼べた。ルーカスの口の周りも拭いて行く。
全て終わった後、アレスはルーカスの隣に横たわった。川に流されて目が覚めてから、寝ていない。一度ゆっくり寝ようと思ったアレスは背中の痛みを無視して目を閉じた。
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