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25 覚悟
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翌日、火の近くに置いておいたので乾いた自分の服を着て洞窟から外へ出た。裸足のため足は冷たいが、昨日よりは精神的に楽になっている。
ルーカスも無事に見つかり、奇跡的に2人とも生きている。ルーカスの目はまだ覚めていないが、獣狼族は体が丈夫だから、温めていればいつか目を覚ますはずだ。
洞窟内にあった薪の残りも心許ないので、集めたいし、ルーカスのために肉を取りたい。そう考えたアレスは冷静に周りを確認する。流されてきた川の上流を目で追っていけば、大きな雪山が見える。あれはきっとアレス達が登ってきた山だろう。川に流されてこちら側へと下山してきたに違いない。この辺りには、葉はついていないものの細めの木がいくつも生えており、空を見上げれば小鳥が飛んでいる。
アレスが目を覚ます前に聞いた鳴き声は、きっとこの鳥達だろう。
山を越えたんだ。こちら側の木は枯れることなく、しっかりと根を生やしている。雪が溶ければ緑も見えてくるだろう。
ルーカスに伝えたい。山を生きて越えた事を一緒に喜びたい。だが、彼の目はまだ覚めない。
落ちた木の枝を拾い歩く。木の低い場所に残っていた小さな木の実も手を伸ばして取った。ただ、小鳥は捕まえることができない。元々村にいた時も鶏肉は交換で手に入れており自分で捕まえたことはなかった。
鳥達が止まっている枝はアレスの届かない場所で、下に降りてきていてもそっと近づくとすぐに飛び去ってしまう。寒く感覚のなくなった足では走って追いかけて行くこともできない。アレスは1日中歩き回ったが、ルーカスの分の食料を手に入れることはできなかった。
川へ寄り、手で水を掬ったアレスは洞窟へと戻る。横たわったルーカスの元に近づき、口に少しずつ水を落としていく。ルーカスの喉が動く様子を注意深く見ながら、手の中の水がなくなるまで続けた。その後、取った木の実もルーカスの口の中へ入れてみるが、それはすぐに吐き出されてしまった。
拾った枝を火へ次々と入れていき、手足を温める。足裏はあちこち歩き回ったせいで傷だらけだが、気にならなかった。足よりも翼の方が痛い。ズキズキと歩くたびに痛みが走る。きっと骨は折れ、千切れかけているのだろう。
火のそばでウトウトしていると、低い唸り声が聞こえた。慌てて顔を上げるとルーカスから聞こえてくる。近寄って触ってみると、どうやら少し熱が出ているようだ。洞窟の外へと駆け出し、手を雪で冷やして戻りルーカスの額へのせる。何度も行うが、一向に熱は引かない。
ルーカスの口が大きく開き、歯を剥き出しにして勢いよく閉じたため、アレスは驚いて手を引っ込める。何度も同じ動作を繰り返すルーカスの意図がわかり、アレスは泣きそうだった。
「――お腹が空いたんだね、ごめんねルーカス」
ずっと空腹だった体が、訴えているのだろう。あれほど動いて血を流し、きっと限界に達していたに違いない。雪山でもこれだけ大きな体なのに少ししか食べていなかった。ずっと我慢していたのだろう。
でも、アレスには肉をとってくることはできなかった。ここまで助けてもらっているのに何もできない。自分の役立たずさに吐き気がして、心が押しつぶされそうだった。洞窟内にルーカスの歯が立てるガチガチという音と唸り声が響き渡る。
ルーカスの動いている口元を眺めているしかなかったアレスの頭に、とある考えが浮かんだ。
――肉ならここにあるじゃないか
アレスがいるではないか。背中の翼はもう駄目だろう。これをルーカスが食べればいいのだ。
とてもいい考えに思えた。役立たずのアレスが唯一できることだ。
そもそもルーカスに助けてもらった命だ。彼がいなければここにアレスがいることはなかっただろう。たった翼片方だけだ。これでルーカスが助かるならばこれ以上のことはない。
フラフラと立ち上がったアレスはルーカスの側を離れ、洞窟の奥へと進んだ。
焚き火とルーカスが見えるギリギリの距離まで離れて座り込み、動かすことのできない翼を首を横に動かして眺めた。手入れをしていた翼はもはやみる影もない。見るからにバサバサであちこち羽が抜け落ちている。
飛べないけれど、片方しかないけれど、馬鹿にされてきたけれど、それでも大切にしてきた翼だった。先が白いのも、黒の羽の根元が光に当たると青や緑に見えるのも綺麗で自慢だった。ルーカスも褒めてくれた自慢の綺麗な翼だった。
アレスの両目からは、滝のように涙が溢れ出た。
この場所でも、ルーカスの唸り声と歯の立てる音が届いてくる。アレスは覚悟を決めて涙を拭いた。
ルーカスも無事に見つかり、奇跡的に2人とも生きている。ルーカスの目はまだ覚めていないが、獣狼族は体が丈夫だから、温めていればいつか目を覚ますはずだ。
洞窟内にあった薪の残りも心許ないので、集めたいし、ルーカスのために肉を取りたい。そう考えたアレスは冷静に周りを確認する。流されてきた川の上流を目で追っていけば、大きな雪山が見える。あれはきっとアレス達が登ってきた山だろう。川に流されてこちら側へと下山してきたに違いない。この辺りには、葉はついていないものの細めの木がいくつも生えており、空を見上げれば小鳥が飛んでいる。
アレスが目を覚ます前に聞いた鳴き声は、きっとこの鳥達だろう。
山を越えたんだ。こちら側の木は枯れることなく、しっかりと根を生やしている。雪が溶ければ緑も見えてくるだろう。
ルーカスに伝えたい。山を生きて越えた事を一緒に喜びたい。だが、彼の目はまだ覚めない。
落ちた木の枝を拾い歩く。木の低い場所に残っていた小さな木の実も手を伸ばして取った。ただ、小鳥は捕まえることができない。元々村にいた時も鶏肉は交換で手に入れており自分で捕まえたことはなかった。
鳥達が止まっている枝はアレスの届かない場所で、下に降りてきていてもそっと近づくとすぐに飛び去ってしまう。寒く感覚のなくなった足では走って追いかけて行くこともできない。アレスは1日中歩き回ったが、ルーカスの分の食料を手に入れることはできなかった。
川へ寄り、手で水を掬ったアレスは洞窟へと戻る。横たわったルーカスの元に近づき、口に少しずつ水を落としていく。ルーカスの喉が動く様子を注意深く見ながら、手の中の水がなくなるまで続けた。その後、取った木の実もルーカスの口の中へ入れてみるが、それはすぐに吐き出されてしまった。
拾った枝を火へ次々と入れていき、手足を温める。足裏はあちこち歩き回ったせいで傷だらけだが、気にならなかった。足よりも翼の方が痛い。ズキズキと歩くたびに痛みが走る。きっと骨は折れ、千切れかけているのだろう。
火のそばでウトウトしていると、低い唸り声が聞こえた。慌てて顔を上げるとルーカスから聞こえてくる。近寄って触ってみると、どうやら少し熱が出ているようだ。洞窟の外へと駆け出し、手を雪で冷やして戻りルーカスの額へのせる。何度も行うが、一向に熱は引かない。
ルーカスの口が大きく開き、歯を剥き出しにして勢いよく閉じたため、アレスは驚いて手を引っ込める。何度も同じ動作を繰り返すルーカスの意図がわかり、アレスは泣きそうだった。
「――お腹が空いたんだね、ごめんねルーカス」
ずっと空腹だった体が、訴えているのだろう。あれほど動いて血を流し、きっと限界に達していたに違いない。雪山でもこれだけ大きな体なのに少ししか食べていなかった。ずっと我慢していたのだろう。
でも、アレスには肉をとってくることはできなかった。ここまで助けてもらっているのに何もできない。自分の役立たずさに吐き気がして、心が押しつぶされそうだった。洞窟内にルーカスの歯が立てるガチガチという音と唸り声が響き渡る。
ルーカスの動いている口元を眺めているしかなかったアレスの頭に、とある考えが浮かんだ。
――肉ならここにあるじゃないか
アレスがいるではないか。背中の翼はもう駄目だろう。これをルーカスが食べればいいのだ。
とてもいい考えに思えた。役立たずのアレスが唯一できることだ。
そもそもルーカスに助けてもらった命だ。彼がいなければここにアレスがいることはなかっただろう。たった翼片方だけだ。これでルーカスが助かるならばこれ以上のことはない。
フラフラと立ち上がったアレスはルーカスの側を離れ、洞窟の奥へと進んだ。
焚き火とルーカスが見えるギリギリの距離まで離れて座り込み、動かすことのできない翼を首を横に動かして眺めた。手入れをしていた翼はもはやみる影もない。見るからにバサバサであちこち羽が抜け落ちている。
飛べないけれど、片方しかないけれど、馬鹿にされてきたけれど、それでも大切にしてきた翼だった。先が白いのも、黒の羽の根元が光に当たると青や緑に見えるのも綺麗で自慢だった。ルーカスも褒めてくれた自慢の綺麗な翼だった。
アレスの両目からは、滝のように涙が溢れ出た。
この場所でも、ルーカスの唸り声と歯の立てる音が届いてくる。アレスは覚悟を決めて涙を拭いた。
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