【完結】片翼のアレス

結城れい

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24 寒さと痛み

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 全身に衝撃を感じた後、鋭い冷たさが襲ってきた。痛いほどの冷たさに体が上手く動かない。水の流れも早く、自分がどの方向を向いているのか、水面がどちらなのか分からなくなり、アレスは手足をバタバタと動かす。1度水面へと上がれたが、息を吸った瞬間、横から水に飲まれてまた水中へと逆戻りした。
 流れが早すぎて逆らうことができず、どんどん流されていく。身体のあちこちを岩にぶつけながらも止まることはなく進んでいった。

 途中で、両手が自由になっていることに気がつく。ルーカスを抱きしめて水に入ったはずなのに、手の中には銀の暖かい毛はなく、冷たい水しかない。『ルーカス』と心の中で叫びながらアレスは気を失った。


******


 何かの鳴き声が聞こえた気がしてアレスが目を開けた時、体は動かなかった。
 一瞬ここは天国かと思ったが、周りには雪が見える。気を失う前のことを思い出し、慌てて起きあがろうとしたが、体は上手く動かない。痛みと水に入ったことによる寒さで凍りついてしまったかのようだ。
 時間をかけて震える体を起こし辺りを確認すると、どうやら流された先で川岸に打ち上げられたようだ。どれだけ流されて今どこにいるのか何も分からない。膝先はまだ水に浸かっていたため、慌てて引き上げる。腰につけていた籠も壊れてほとんど流されていた。辛うじて火石だけは引っかかって残っていた。

 急いで体を温めなければならない。履き物は両方ともなくなっていたため、アレスは裸足で震えながら体を引きずるようにして歩きはじめた。
 周りにルーカスは見当たらない。感覚のなくなっている足を必死に動かし、何度も転びながら進んでいると、積もった雪の斜面にぽっかりと穴が空いている場所があった。洞窟のようだ。
 中に入ると、奥の方に少しの薪と布が放置されている。どうやらたまにここを訪れる人がいて、置いているようだ。使わせてもらうことにして、震える手で薪を掴もうとするが、上手く持てない。何度も落としながら1本取り出し、火をつけようと火石を布で拭き、2つを重ね合わせ、擦るが勢いが足りずこちらも何度やっても火がつかない。
 諦めずに幾度もやり直し、ようやく火がついて薪へと慎重に移し、大きくしていった。

 手足を火へ近づけ、温め始めるがなかなか暖まらない。ピリピリと痺れてきた手でなんとか濡れた服を脱ぎ、置いてあった布で体を包むが、体の奥底からくる震えは治まらない。
 早くルーカスを探しにいかなければと思ったが、火の側から動けなかった。

 温め続けた甲斐かいあって体は動くようになってきたが、その分痛みを感じるようになってしまった。流された時に打ちつけたであろう場所が痛む。特に翼の付け根部分は痛くて動かせない。背中なので自分では見えないが、酷いことになっているだろうと予想できた。

 足が動くようになると、アレスは布を纏った状態で洞窟の外へと出た。裸足の足を踏み出すたびに寒さが体を貫いてくる。だが、アレスは止まるわけにはいかなかった。
 冷たい風が吹いても、立ち止って布を掴み必死に耐えながら、流されてきた川まで歩いて戻った。

「ルーカス」

 自分が倒れていた場所まで戻ってきて、震える声でルーカスの名前を叫ぶ。返事はどこからも返ってこない。アレスは川岸を流れに逆らって歩きはじめた。ルーカスの方が体が大きいので、もっと上流で川岸に打ち上げられているかもしれない。名前を叫びながら、アレスは痛みも寒さも無視して歩き続けた。


 しばらく進むと、太陽に照らされて銀色に光るものが見えた。アレスの心臓が音を立てて鳴る。急いで駆け寄ると、うつ伏せで川岸に倒れているルーカスだった。

「ルーカス!」

 慌てて膝をつき、呼吸を確かめるために、震える手をルーカスの口元へと持っていく。
 小さくだが、確かに吐き出される息を感じて、アレスは力無く倒れ込み濡れたルーカスの体に突っ伏して泣いた。

「よかった、ルーカス――」

 ひとしきり泣いた後、ルーカスの体を洞窟まで運ぼうとするが上手くいかない。重すぎて引っ張っても少ししか動かないのだ。見た目には獣鬣犬に噛まれた場所以外に大きな怪我はなさそうだが、このまま雪の上に置いて行くわけにはいかない。何度か声をかけるがルーカスの目が開くことはなく、アレスは必死に運び続けた。

 寒さで手足に感覚がなくなりルーカスの体を掴めなくなったら1度洞窟へと戻り、火で温めてまたルーカスを運びに行く。何度も何度も続けてようやくルーカスの体を洞窟まで運び込めた。
 明るかったはずの周りも暗くなってきて、もう少しで完全に日が落ちそうだ。

 火をルーカスの側に移動させ、体を温める。濡れた服を無理矢理破るようにして脱がせ、アレスが着ていた布を上からかける。そして、いつもはルーカスの上に乗るが、今日は上ではなく横に行き、ルーカスの腕をさすり温め続ける。

 その日は火の番をしながら、アレスは一睡もできずに夜を明かした。
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