14 / 66
14 油断
しおりを挟む
とうとうこの日がやってきてしまった。
鳥人族が山を越えていく日だ。
朝からチラホラと雪が降り始めていたが、村は慌ただしく騒がしかった。
アレスは朝から気持ちが落ち着かず、家の中を歩き回っていたが、出発の時間が近づいてきたので広場へと向かうことにした。広場へ向かう道では誰にも会わず、すべての家の扉は閉まっていた。中には解体されて木の板が無造作に置かれている場所もあった。
広場に近づくと、アレスの耳に賑やかな声が聞こえてきた。皆、山を越えた先に行くのが楽しみなようだ。
――向こうにはどんな食べ物があるのだろうか。
――行ったらすぐに集めて本格的な冬に備えないとね。
――忘れ物はない?
――途中で食べれるように木の実を沢山持ってるよ。いる?
アレスの足は広場に着く前に止まった。広場近くの家の陰に隠れる。
――見送りに行って、一体何になるのだろうか
出発前の皆の声を聞いて、アレスは幼い頃を思い出した。他の子供達が山へ遠足に行くのを見ていたあの時を。
「出発じゃ」
合図が長から出されて、一斉に翼を羽ばたく音が聞こえてきた。風を翼で力強く押して、体を上へ上へと飛ばすのだ。
しばらく待ってから、アレスは東の空を見上げた。鳥人族の群れが飛んでいく。村の皆が離れていく。
後ろ姿がだんだんと小さくなっていく光景を見ていたアレスは、堪らず後を追い走り出した。村を走り出て、東の山の方へ、皆の飛んでいく方へと走る。
アレスの目からは涙が出ていた。
走っても、もちろん飛んでいく皆に追いつくことはできない。涙で視界がぼやけていたアレスは途中で石を踏んでしまい転んだ。
咄嗟に地面についた手が痛い。膝が痛い。心が痛い。
今まで、村のみんなに好かれておらずいつも1人でいた。けれども、周りには同じ種族の者がいた。
――今日からは本当に1人だ
村にはもう誰もいない。アレスは静まり返った村を歩き、自宅まで帰った。
誰かがアレスの家にきて食料を取っていくことも、『かたよく』と呼ばれ揶揄われることももうない。この村にはアレス1人なのだから――
******
どれだけ気分が落ち込んでいようと、雪は降り、本格的な冬がやって来る。
食料を溜めなければいけないのに、アレスは全くやる気が出なかった。
森へ入り、いつもの習慣となっている大岩へと向かう。
今日も会えないだろうと諦めながら向かったアレスの目が銀色を捉えた。
銀の太いフサフサの尻尾が岩の端から見える。
アレスは走り出した。
「ルーカス!」
話したいこと、相談したいことがいっぱいあった。村の皆が山の向こうへ行ってしまった事。会えなくて寂しかった事。食料が全然集まらない事。アレスは笑顔になり大岩へと向かう。
アレスの声に反応した銀の尻尾が動き、尻尾の持ち主が岩の向こう側から出てきた。
アレスの足が止まる。
(違う、ルーカスじゃない)
色は一緒だが、別の獣狼族だ。相手は驚いたように目を見開くと、アレスに向かって話しかけてきた。
「……ルーカスを知ってんのか? 俺は兄のルーンだ。そうそう、あいつから伝言を頼まれてたんだ。丁度良かった」
ルーンと名乗る獣狼族を観察する。確かにルーカスと同じ銀の毛に金の瞳だ。顔も似ているような気がするが、他の獣狼族を見たことがないのでよく分からない。体格はルーカスより一回り小柄だが、それでもアレスからすると見上げるほどの巨体だ。
安心したアレスはルーカスからの伝言とやらを聞くために、手招きしているルーンの元へ向かおうと足を動かしたが、一歩踏み出した所で止まった。
(ああ、もう、手遅れだ)
悔やんでも悔やみ切れなかった。
ルーカスの言っていた言葉を思い出したのだ。村で、鳥人族を食べないのも、獲物を甚振って遊ばないのもルーカスだけだと言っていた。本当に目の前の獣狼族がルーカスの兄であったとしても、アレスは食べられる。
飛べないアレスと普通の獣狼が鉢合わせたのだ。もう手遅れだ。逃げることはできない。
ルーカスだと思い、声をかけて駆け寄ったアレスが馬鹿だったのだ。
感覚が麻痺していた。この森にはルーカス以外の獣狼族が来ることもあるというのに、ルーカスだと思い疑いもせず声をかけた。
例え相手がルーカスだったとしても、毎回隠れて遠くから確認する癖をつけておくべきだった。
逃げ切ることができないと分かっていても、アレスは踵を返し全力で走って逃げた。
「あ、くそ!!」
背後で悪態をつく声が聞こえたと認識した次の瞬間、ルーンはアレスの目の前に来ていた。
「――ひっ」
慌てて方向転換をして走る。
「いやー、まさかあいつに鳥人族の『おともだち』がいたなんてね。いつも、コソコソとこの辺りまで来ていると思っていたらまさかだったよ。しかも、翼が1つしかねぇなら飛べねぇな!」
アレスは全力で走っているのに、背後から追ってくるルーンはアレスに話しかけながら飄々としている。
「なぁ、聞いてんのかよ」
そうルーンに声をかけられた瞬間、アレスの二の腕に痛みが走り、温かいものが肘まで垂れてくる。だが、アレスは止まるわけにはいかなかった。大岩の近くでアレスが食われてしまえば、血や羽の跡にルーカスが気づいてしまうだろう。
優しい彼にアレスがこの場所で食べられたと気づかれるわけにはいかない。ルーカスに会いにきた時に捕食されたと気に病んでしまうだろうから――
鳥人族が山を越えていく日だ。
朝からチラホラと雪が降り始めていたが、村は慌ただしく騒がしかった。
アレスは朝から気持ちが落ち着かず、家の中を歩き回っていたが、出発の時間が近づいてきたので広場へと向かうことにした。広場へ向かう道では誰にも会わず、すべての家の扉は閉まっていた。中には解体されて木の板が無造作に置かれている場所もあった。
広場に近づくと、アレスの耳に賑やかな声が聞こえてきた。皆、山を越えた先に行くのが楽しみなようだ。
――向こうにはどんな食べ物があるのだろうか。
――行ったらすぐに集めて本格的な冬に備えないとね。
――忘れ物はない?
――途中で食べれるように木の実を沢山持ってるよ。いる?
アレスの足は広場に着く前に止まった。広場近くの家の陰に隠れる。
――見送りに行って、一体何になるのだろうか
出発前の皆の声を聞いて、アレスは幼い頃を思い出した。他の子供達が山へ遠足に行くのを見ていたあの時を。
「出発じゃ」
合図が長から出されて、一斉に翼を羽ばたく音が聞こえてきた。風を翼で力強く押して、体を上へ上へと飛ばすのだ。
しばらく待ってから、アレスは東の空を見上げた。鳥人族の群れが飛んでいく。村の皆が離れていく。
後ろ姿がだんだんと小さくなっていく光景を見ていたアレスは、堪らず後を追い走り出した。村を走り出て、東の山の方へ、皆の飛んでいく方へと走る。
アレスの目からは涙が出ていた。
走っても、もちろん飛んでいく皆に追いつくことはできない。涙で視界がぼやけていたアレスは途中で石を踏んでしまい転んだ。
咄嗟に地面についた手が痛い。膝が痛い。心が痛い。
今まで、村のみんなに好かれておらずいつも1人でいた。けれども、周りには同じ種族の者がいた。
――今日からは本当に1人だ
村にはもう誰もいない。アレスは静まり返った村を歩き、自宅まで帰った。
誰かがアレスの家にきて食料を取っていくことも、『かたよく』と呼ばれ揶揄われることももうない。この村にはアレス1人なのだから――
******
どれだけ気分が落ち込んでいようと、雪は降り、本格的な冬がやって来る。
食料を溜めなければいけないのに、アレスは全くやる気が出なかった。
森へ入り、いつもの習慣となっている大岩へと向かう。
今日も会えないだろうと諦めながら向かったアレスの目が銀色を捉えた。
銀の太いフサフサの尻尾が岩の端から見える。
アレスは走り出した。
「ルーカス!」
話したいこと、相談したいことがいっぱいあった。村の皆が山の向こうへ行ってしまった事。会えなくて寂しかった事。食料が全然集まらない事。アレスは笑顔になり大岩へと向かう。
アレスの声に反応した銀の尻尾が動き、尻尾の持ち主が岩の向こう側から出てきた。
アレスの足が止まる。
(違う、ルーカスじゃない)
色は一緒だが、別の獣狼族だ。相手は驚いたように目を見開くと、アレスに向かって話しかけてきた。
「……ルーカスを知ってんのか? 俺は兄のルーンだ。そうそう、あいつから伝言を頼まれてたんだ。丁度良かった」
ルーンと名乗る獣狼族を観察する。確かにルーカスと同じ銀の毛に金の瞳だ。顔も似ているような気がするが、他の獣狼族を見たことがないのでよく分からない。体格はルーカスより一回り小柄だが、それでもアレスからすると見上げるほどの巨体だ。
安心したアレスはルーカスからの伝言とやらを聞くために、手招きしているルーンの元へ向かおうと足を動かしたが、一歩踏み出した所で止まった。
(ああ、もう、手遅れだ)
悔やんでも悔やみ切れなかった。
ルーカスの言っていた言葉を思い出したのだ。村で、鳥人族を食べないのも、獲物を甚振って遊ばないのもルーカスだけだと言っていた。本当に目の前の獣狼族がルーカスの兄であったとしても、アレスは食べられる。
飛べないアレスと普通の獣狼が鉢合わせたのだ。もう手遅れだ。逃げることはできない。
ルーカスだと思い、声をかけて駆け寄ったアレスが馬鹿だったのだ。
感覚が麻痺していた。この森にはルーカス以外の獣狼族が来ることもあるというのに、ルーカスだと思い疑いもせず声をかけた。
例え相手がルーカスだったとしても、毎回隠れて遠くから確認する癖をつけておくべきだった。
逃げ切ることができないと分かっていても、アレスは踵を返し全力で走って逃げた。
「あ、くそ!!」
背後で悪態をつく声が聞こえたと認識した次の瞬間、ルーンはアレスの目の前に来ていた。
「――ひっ」
慌てて方向転換をして走る。
「いやー、まさかあいつに鳥人族の『おともだち』がいたなんてね。いつも、コソコソとこの辺りまで来ていると思っていたらまさかだったよ。しかも、翼が1つしかねぇなら飛べねぇな!」
アレスは全力で走っているのに、背後から追ってくるルーンはアレスに話しかけながら飄々としている。
「なぁ、聞いてんのかよ」
そうルーンに声をかけられた瞬間、アレスの二の腕に痛みが走り、温かいものが肘まで垂れてくる。だが、アレスは止まるわけにはいかなかった。大岩の近くでアレスが食われてしまえば、血や羽の跡にルーカスが気づいてしまうだろう。
優しい彼にアレスがこの場所で食べられたと気づかれるわけにはいかない。ルーカスに会いにきた時に捕食されたと気に病んでしまうだろうから――
71
お気に入りに追加
135
あなたにおすすめの小説
勇者のママは今日も魔王様と
蛮野晩
BL
『私が魔王に愛される方法は二つ。一つ目は勇者を魔王の望む子どもに育てること。二つ目は魔王に抱かれること』
人間のブレイラは魔王ハウストから勇者の卵を渡される。
卵が孵化して勇者イスラが誕生したことでブレイラの運命が大きく変わった。
孤児だったブレイラは不器用ながらも勇者のママとしてハウストと一緒に勇者イスラを育てだす。
今まで孤独に生きてきたブレイラだったがハウストに恋心を抱き、彼に一生懸命尽くしてイスラを育てる。
しかしハウストには魔王としての目的があり、ブレイラの想いが届くことはない。
恋を知らずに育ったブレイラにとってハウストは初恋で、どうすれば彼に振り向いてもらえるのか分からなかったのだ。そこでブレイラがとった方法は二つ。一つ目は、勇者イスラをハウストの望む子どもに育てること。二つ目は、ハウストに抱かれることだった……。
表紙イラスト@阿部十四さん
【完結】別れ……ますよね?
325号室の住人
BL
☆全3話、完結済
僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。
ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。
オタク眼鏡が救世主として異世界に召喚され、ケダモノな森の番人に拾われてツガイにされる話。
篠崎笙
BL
薬学部に通う理人は植物採集に山に行った際、救世主として異世界に召喚されるが、熊の獣人に拾われてツガイにされてしまい、もう元の世界には帰れない身体になったと言われる。そして、世界の終わりの原因は伝染病だと判明し……。
【完結】《BL》溺愛しないで下さい!僕はあなたの弟殿下ではありません!
白雨 音
BL
早くに両親を亡くし、孤児院で育ったテオは、勉強が好きだった為、修道院に入った。
現在二十歳、修道士となり、修道院で静かに暮らしていたが、
ある時、強制的に、第三王子クリストフの影武者にされてしまう。
クリストフは、テオに全てを丸投げし、「世界を見て来る!」と旅に出てしまった。
正体がバレたら、処刑されるかもしれない…必死でクリストフを演じるテオ。
そんなテオに、何かと構って来る、兄殿下の王太子ランベール。
どうやら、兄殿下と弟殿下は、密な関係の様で…??
BL異世界恋愛:短編(全24話) ※魔法要素ありません。※一部18禁(☆印です)
《完結しました》
侯爵様の愛人ですが、その息子にも愛されてます
muku
BL
魔術師フィアリスは、地底の迷宮から湧き続ける魔物を倒す使命を担っているリトスロード侯爵家に雇われている。
仕事は魔物の駆除と、侯爵家三男エヴァンの家庭教師。
成人したエヴァンから突然恋心を告げられたフィアリスは、大いに戸惑うことになる。
何故ならフィアリスは、エヴァンの父とただならぬ関係にあったのだった。
汚れた自分には愛される価値がないと思いこむ美しい魔術師の青年と、そんな師を一心に愛し続ける弟子の物語。
ぼくは男なのにイケメンの獣人から愛されてヤバい!!【完結】
ぬこまる
BL
竜の獣人はスパダリの超絶イケメン!主人公は女の子と間違うほどの美少年。この物語は勘違いから始まるBLです。2人の視点が交互に読めてハラハラドキドキ!面白いと思います。ぜひご覧くださいませ。感想お待ちしております。
獅子王と後宮の白虎
三国華子
BL
#2020男子後宮BL 参加作品
間違えて獅子王のハーレムに入ってしまった白虎のお話です。
オメガバースです。
受けがゴリマッチョから細マッチョに変化します。
ムーンライトノベルズ様にて先行公開しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる