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08 獣狼族
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鋭い爪のついた大きな手がアレスに向かって伸ばされる。アレスの頭を簡単に掴めるほどの大きな手だ。震えながらナイフで切り付けるが、簡単に爪で弾き飛ばされた。
何の役にも立たなかったナイフは、アレスの手を離れて奴の後ろへと飛んでいく。
首を横に振りながら、恐怖で声も出なくなったアレスはもっと下がろうとして、落とし穴の側面に背中を押しつけた。
腕を掴まれたと思った瞬間、凄い勢いで上へと引っ張られ、両足は宙へと浮いた。目を開けていられなくて、アレスは震えながら目を閉じた。
予想していた痛みは襲ってこなかった。齧られると思っていたのに、何故か腕を掴まれたまま回転させられただけだった。
「翼が片方ないのか」
男はそう呟くと、アレスの胴を持ち直し一気に跳躍した。驚き閉じていた目を開けると、アレスの体はあっという間に落とし穴から外へと出た。本当に怪我をしていないか確認しただけのようで、アレスは混乱した。何故食べないのだ。地面へと降ろされても、男は襲ってこなかった。いきなり掴まれた腕と体重が乗っていた肩が痛む気もしたが、些細なことだ。
「――本当に食べないの?」
ここで初めてアレスは男に向かって話しかけた。
「ああ、別に他に食えるものがあるからな」
「本当に?」
「……ああ」
獣狼族にこんな奴がいたなんて。頭の後ろを手で掻きながら、何故か気まずそうに話す獣狼族の男を見上げながら、アレスは開いた口が塞がらなかった。
本当に助けてくれただけのようだったので、取り敢えずお礼を言わなければと思い口を開く。
「あ、ありがとう。お陰で助かった」
「その翼は獣狼族に喰われたのか?」
体が大きいため話すと威圧感はあるが、最初に感じていた恐怖は薄れていた。
どうやら、アレスの翼が片方ないのが、獣狼族に食べられてしまったからだと思い気まずく思っていたようだ。
「いや、これは生まれつきで」
「そうなのか」
「うん、だから気にしないで」
こんな優しい人が獣狼族にもいたのだ。落とし穴を確認にきたのが、彼で本当に良かった。彼はアレスの命の恩人だ。
「何かお礼をしたいんだけど――」
「いや、別にいい。対して何もしてないし」
「でも、助けてもらったのに、何もしないわけには行かないよ」
「うーん、そうだな。そう言えば、薬草が足りなくてな、もし持っていたらでいいんだが……」
「どんなの?」
助けてもらったにも関わらずお礼をしないなんて考えられずに聞いたところ、どうやら薬草が足りないようだ。薬草ならアレスでも持っているかもしれない。
彼が近くの木の側に置いていた籠の中から薬草を取り出し、アレスに見せてきた。青っぽい薬草で、見たことがある。先日たくさん取ったものだ。まだ交換へと持って行っていないので自宅にある。
「ああ、これなら家にいっぱいあるよ」
「おお、そうか」
空を見上げ確認すると、今日はもうだいぶ日が落ちていた。今から自宅に戻って取ってくるとなると、アレスの足では夜になってしまう。
「今度渡すね」
「そうだな、助かる」
「どこで渡そうか?」
「そうだな、この辺りは俺たちも結構ウロウロしているから、君は近づかない方がいいだろう。鳥人族側に行こう」
「うん、お願い」
この辺りは獣狼族のテリトリーで、今まで彼らに会わなかったのは本当に運が良かっただけのようだ。鳥人族を食べない彼に近くまで来てもらえるならその方が安全だ。
アレスは目印になるものがないか記憶の中を探し始めた。
「あっちの方角に大きな岩があるんだけど、分かる?」
「ああ、なんとなく。岩の上の方には緑の苔が生えているよな」
「うん、そこ!」
思い当たった場所の方向を指差しながら聞いてみると、彼は知っていたようで、そこで落ち合うことになった。
「じゃあ明日、太陽が真上に来た時にそこに来てくれる?」
「ああ、分かった」
「それじゃあ、本当にありがとう」
「あ、まって、君の名前は?」
戻ろうとしたところ、呼び止められた。そう言えば名乗っていなかったことを思い出す。
「オレはアレス、そっちは?」
「アレスか。俺はルーカスだ」
ルーカスと別れて自宅まで帰ってきたアレスは、まだ興奮が冷めなかった。
今日は本当に濃い1日だった。死を覚悟して、獣狼族と会って、何故か仲良く話して、その上もう一度会う約束を取り付けるなんて。
改めて思い返すと、本当に現実であったことなのか疑わしいくらいだ。
誰かと会う約束をしたのはこれが初めてかもしれない。
ワクワクしながら、アレスは眠りについた。
何の役にも立たなかったナイフは、アレスの手を離れて奴の後ろへと飛んでいく。
首を横に振りながら、恐怖で声も出なくなったアレスはもっと下がろうとして、落とし穴の側面に背中を押しつけた。
腕を掴まれたと思った瞬間、凄い勢いで上へと引っ張られ、両足は宙へと浮いた。目を開けていられなくて、アレスは震えながら目を閉じた。
予想していた痛みは襲ってこなかった。齧られると思っていたのに、何故か腕を掴まれたまま回転させられただけだった。
「翼が片方ないのか」
男はそう呟くと、アレスの胴を持ち直し一気に跳躍した。驚き閉じていた目を開けると、アレスの体はあっという間に落とし穴から外へと出た。本当に怪我をしていないか確認しただけのようで、アレスは混乱した。何故食べないのだ。地面へと降ろされても、男は襲ってこなかった。いきなり掴まれた腕と体重が乗っていた肩が痛む気もしたが、些細なことだ。
「――本当に食べないの?」
ここで初めてアレスは男に向かって話しかけた。
「ああ、別に他に食えるものがあるからな」
「本当に?」
「……ああ」
獣狼族にこんな奴がいたなんて。頭の後ろを手で掻きながら、何故か気まずそうに話す獣狼族の男を見上げながら、アレスは開いた口が塞がらなかった。
本当に助けてくれただけのようだったので、取り敢えずお礼を言わなければと思い口を開く。
「あ、ありがとう。お陰で助かった」
「その翼は獣狼族に喰われたのか?」
体が大きいため話すと威圧感はあるが、最初に感じていた恐怖は薄れていた。
どうやら、アレスの翼が片方ないのが、獣狼族に食べられてしまったからだと思い気まずく思っていたようだ。
「いや、これは生まれつきで」
「そうなのか」
「うん、だから気にしないで」
こんな優しい人が獣狼族にもいたのだ。落とし穴を確認にきたのが、彼で本当に良かった。彼はアレスの命の恩人だ。
「何かお礼をしたいんだけど――」
「いや、別にいい。対して何もしてないし」
「でも、助けてもらったのに、何もしないわけには行かないよ」
「うーん、そうだな。そう言えば、薬草が足りなくてな、もし持っていたらでいいんだが……」
「どんなの?」
助けてもらったにも関わらずお礼をしないなんて考えられずに聞いたところ、どうやら薬草が足りないようだ。薬草ならアレスでも持っているかもしれない。
彼が近くの木の側に置いていた籠の中から薬草を取り出し、アレスに見せてきた。青っぽい薬草で、見たことがある。先日たくさん取ったものだ。まだ交換へと持って行っていないので自宅にある。
「ああ、これなら家にいっぱいあるよ」
「おお、そうか」
空を見上げ確認すると、今日はもうだいぶ日が落ちていた。今から自宅に戻って取ってくるとなると、アレスの足では夜になってしまう。
「今度渡すね」
「そうだな、助かる」
「どこで渡そうか?」
「そうだな、この辺りは俺たちも結構ウロウロしているから、君は近づかない方がいいだろう。鳥人族側に行こう」
「うん、お願い」
この辺りは獣狼族のテリトリーで、今まで彼らに会わなかったのは本当に運が良かっただけのようだ。鳥人族を食べない彼に近くまで来てもらえるならその方が安全だ。
アレスは目印になるものがないか記憶の中を探し始めた。
「あっちの方角に大きな岩があるんだけど、分かる?」
「ああ、なんとなく。岩の上の方には緑の苔が生えているよな」
「うん、そこ!」
思い当たった場所の方向を指差しながら聞いてみると、彼は知っていたようで、そこで落ち合うことになった。
「じゃあ明日、太陽が真上に来た時にそこに来てくれる?」
「ああ、分かった」
「それじゃあ、本当にありがとう」
「あ、まって、君の名前は?」
戻ろうとしたところ、呼び止められた。そう言えば名乗っていなかったことを思い出す。
「オレはアレス、そっちは?」
「アレスか。俺はルーカスだ」
ルーカスと別れて自宅まで帰ってきたアレスは、まだ興奮が冷めなかった。
今日は本当に濃い1日だった。死を覚悟して、獣狼族と会って、何故か仲良く話して、その上もう一度会う約束を取り付けるなんて。
改めて思い返すと、本当に現実であったことなのか疑わしいくらいだ。
誰かと会う約束をしたのはこれが初めてかもしれない。
ワクワクしながら、アレスは眠りについた。
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