【完結】片翼のアレス

結城れい

文字の大きさ
上 下
5 / 66

05 緊急招集

しおりを挟む
 朝、外から大きな音が聞こえてアレスは飛び起きた。
 緊急招集の鐘が鳴っている。何か重大な事があったに違いない。
 アレスは急いで身支度を整えると、村の中心にある広場まで走った。広場に到着すると、そこには既に多くの者が集まっていた。

「いったい何があったの?」
「分からないわ。鐘が鳴ったから、取り敢えず急いできたの」

 周りの会話を聞いてみると、みんな何があったか分かっていないようだ。ザワザワと落ち着きなく動く者が多く、恐怖や困惑が辺りを包んでいる。
 広場におりている者も、空で待機している者もいる。しばらく経ち、皆が集合したと判断した鳥人族の長が広場の端の方にある他よりも高くなっている場所へと降り立った。長と一緒に降り立った者は泣きじゃくっているのがアレスの場所からでも分かる。

 辺りがさらにザワザワと騒がしくなった。何かが起きたに違いない。

「静まれ」

 長の大きい一言で、広場には一瞬にして沈黙が降りた。

「由々しき事態じゃ。この者の弟が亡くなった。森の反対側に住んでいる者に喰われたのじゃ」

 周りから息を呑む音が聞こえた。森の反対側に住んでいる者達。恐ろしい獣狼族だ。

「経緯を皆にも話してくれるかの」
「……はい」

 長の隣で泣いていた者が顔を上げた。弟が殺されたのだ、泣き腫らした目は赤くなり翼も震えている。あたりは静まり返り、あの者の話を聞こうと誰もが集中した。鳥人族は体が小柄な代わりに目や耳が良い。ある程度離れていても、集中すれば聞くことができる。アレスも集中して聞く体勢に入った。
 男は震える声で、話し始める。

「弟と朝一で狩りに出かけた帰りでした。少し遠くの山で鳥を数匹取った後、飛んで帰宅していましたが、途中で喉が渇いて森の中の泉に寄りました。泉に降り立った僕たちが水を飲もうとしたところで、後ろから奴が飛び出してきたのです。気配が全く感じられず、慌てて飛んで逃げましたが――弟は間に合わずに、一撃で翼をもがれてしまいました」

 誰かの悲鳴が聞こえた。アレスは恐怖で震える手を握りしめる。

「――弟は走って逃げ出しましたが、足で奴らに敵うはずがありません。僕も必死で助けようとしましたが、駄目でした……矢を狩りで全て使ってしまって、手も足も出ませんでした……」

 男の悲痛な泣き声が広場に響き渡る。

「奴らは我々を喰う。たまに襲われてしまう事もあるし、皆も聞いたことはあっただろう。ただ、森の泉には過去いろんな者が立ち寄ってきたが、今まで1度もこのような被害はなかった。奴らの活動範囲が広がってきたのかもしれん。今後森の泉に立ち寄ることは禁止にする。また、狩りに行く際も必ず予備の矢は持っておき、撃退できるように備えておけ。良いな」

 長の忠告に皆が返事をして帰っていく中、アレスはその場に立ち尽くしていた。森の中で殺されたのだ。アレスがいつも行く森の中で、奴らに食べられてしまった者がいるのだ。

 しばらく立ち尽くしていたが、ヨロヨロと帰路に着く。
 今日は森に入るのはやめておく。たまたま今回は別の者が被害にあったが、アレスでもおかしくなかった。しかも、アレスが被害にあった場合は気づいてくれる人もいないだろう。
 自宅に戻ったアレスは、布団に横になり毛布に包まった。
 翼をもがれて食べられるなど想像したくもない。痛いどころではないだろう。恐怖に絶望、いったいどれほど辛かっただろうか。


 数日間、森に入るのをためらっていたが、自宅に保管していた食料も底をつき、とうとう森へ行かざるを得なくなった。

 獣狼族。鳥人族を捕食する者達だ。彼らにとって、鳥人族は美味しい獲物らしく、度々喰われる事件が起こっている。過去には翼を負傷して森に降り立った者が、迷ってしまいそのまま帰ってこなかったり、山のふもとで休憩している時に、たまたま鉢合わせてしまい飛び立つ前に襲われたこともあったらしい。その事件以降、その獣狼族の村に近い山の麓では降りないことになっており、休憩は木の上など高い場所で取るように徹底されている。
 勿論こちら側もやられっぱなしではない。弓で上空から攻撃するが、奴らは丈夫なため負傷や撃退はできても命を奪うまではできていない。
 そのため、基本的には奴らを見かけた瞬間、奴らが届かない上空に逃げるしかない。
 体も頑丈で大きく、運動神経も良い獣狼族。『獣』の字が入っている通り、全身毛に覆われており、口には鋭い牙が無数に生えている。爪も切り裂きやすいように尖っていると聞いた。残虐ざんぎゃくな性質で獲物を痛ぶって遊ぶこともあるとか。

 実際に奴らを目にした者はそういない。アレスも実際に見たことはなかった。西の森の反対側に住んでいて、恐ろしい奴らだと知ってはいたけど、あまり実感はなかった。
 勿論、森に行くときは注意しているけど、アレスが物心ついてから今まで実際に襲われた事件はなかった。それが、今回は実際に死人が出たのだ。

 足通りは重かったが、生きていくためには食料が必要だ。
 震える足を叩いて気合を入れると、アレスは森へと入っていった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

オタク眼鏡が救世主として異世界に召喚され、ケダモノな森の番人に拾われてツガイにされる話。

篠崎笙
BL
薬学部に通う理人は植物採集に山に行った際、救世主として異世界に召喚されるが、熊の獣人に拾われてツガイにされてしまい、もう元の世界には帰れない身体になったと言われる。そして、世界の終わりの原因は伝染病だと判明し……。 

女神の間違いで落とされた、乙女ゲームの世界でオレは愛を手に入れる。

にのまえ
BL
 バイト帰り、事故現場の近くを通ったオレは見知らぬ場所と女神に出会った。その女神は間違いだと気付かずオレを異世界へと落とす。  オレが落ちた異世界は、改変された獣人の世界が主体の乙女ゲーム。  獣人?  ウサギ族?   性別がオメガ?  訳のわからない異世界。  いきなり森に落とされ、さまよった。  はじめは、こんな世界に落としやがって! と女神を恨んでいたが。  この異世界でオレは。  熊クマ食堂のシンギとマヤ。  調合屋のサロンナばあさん。  公爵令嬢で、この世界に転生したロッサお嬢。  運命の番、フォルテに出会えた。  お読みいただきありがとうございます。  タイトル変更いたしまして。  改稿した物語に変更いたしました。

【完結】俺の身体の半分は糖分で出来ている!? スイーツ男子の異世界紀行

うずみどり
BL
異世界に転移しちゃってこっちの世界は甘いものなんて全然ないしもう絶望的だ……と嘆いていた甘党男子大学生の柚木一哉(ゆのきいちや)は、自分の身体から甘い匂いがすることに気付いた。 (あれ? これは俺が大好きなみよしの豆大福の匂いでは!?) なんと一哉は気分次第で食べたことのあるスイーツの味がする身体になっていた。 甘いものなんてろくにない世界で狙われる一哉と、甘いものが嫌いなのに一哉の護衛をする黒豹獣人のロク。 二人は一哉が狙われる理由を無くす為に甘味を探す旅に出るが……。 《人物紹介》 柚木一哉(愛称チヤ、大学生19才)甘党だけど肉も好き。一人暮らしをしていたので簡単な料理は出来る。自分で作れるお菓子はクレープだけ。 女性に「ツルツルなのはちょっと引くわね。男はやっぱりモサモサしてないと」と言われてこちらの女性が苦手になった。 ベルモント・ロクサーン侯爵(通称ロク)黒豹の獣人。甘いものが嫌い。なので一哉の護衛に抜擢される。真っ黒い毛並みに見事なプルシアン・ブルーの瞳。 顔は黒豹そのものだが身体は二足歩行で、全身が天鵞絨のような毛に覆われている。爪と牙が鋭い。 ※)こちらはムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ※)Rが含まれる話はタイトルに記載されています。

異世界へ下宿屋と共にトリップしたようで。

やの有麻
BL
山に囲まれた小さな村で下宿屋を営んでる倉科 静。29歳で独身。 昨日泊めた外国人を玄関の前で見送り家の中へ入ると、疲労が溜まってたのか急に眠くなり玄関の前で倒れてしまった。そして気付いたら住み慣れた下宿屋と共に異世界へとトリップしてしまったらしい!・・・え?どーゆうこと? 前編・後編・あとがきの3話です。1話7~8千文字。0時に更新。 *ご都合主義で適当に書きました。実際にこんな村はありません。 *フィクションです。感想は受付ますが、法律が~国が~など現実を突き詰めないでください。あくまで私が描いた空想世界です。 *男性出産関連の表現がちょっと入ってます。苦手な方はオススメしません。

国を救った英雄と一つ屋根の下とか聞いてない!

古森きり
BL
第8回BL小説大賞、奨励賞ありがとうございます! 7/15よりレンタル切り替えとなります。 紙書籍版もよろしくお願いします! 妾の子であり、『Ω型』として生まれてきて風当たりが強く、居心地の悪い思いをして生きてきた第五王子のシオン。 成人年齢である十八歳の誕生日に王位継承権を破棄して、王都で念願の冒険者酒場宿を開店させた! これからはお城に呼び出されていびられる事もない、幸せな生活が待っている……はずだった。 「なんで国の英雄と一緒に酒場宿をやらなきゃいけないの!」 「それはもちろん『Ω型』のシオン様お一人で生活出来るはずもない、と国王陛下よりお世話を仰せつかったからです」 「んもおおおっ!」 どうなる、俺の一人暮らし! いや、従業員もいるから元々一人暮らしじゃないけど! ※読み直しナッシング書き溜め。 ※飛び飛びで書いてるから矛盾点とか出ても見逃して欲しい。  

【完結】第三王子は、自由に踊りたい。〜豹の獣人と、第一王子に言い寄られてますが、僕は一体どうすればいいでしょうか?〜

N2O
BL
気弱で不憫属性の第三王子が、二人の男から寵愛を受けるはなし。 表紙絵 ⇨元素 様 X(@10loveeeyy) ※独自設定、ご都合主義です。 ※ハーレム要素を予定しています。

完結·助けた犬は騎士団長でした

BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。 ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。 しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。 強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ…… ※完結まで毎日投稿します

聖獣王~アダムは甘い果実~

南方まいこ
BL
 日々、慎ましく過ごすアダムの元に、神殿から助祭としての資格が送られてきた。神殿で登録を得た後、自分の町へ帰る際、乗り込んだ馬車が大規模の竜巻に巻き込まれ、アダムは越えてはいけない国境を越えてしまう。  アダムが目覚めると、そこはディガ王国と呼ばれる獣人が暮らす国だった。竜巻により上空から落ちて来たアダムは、ディガ王国を脅かす存在だと言われ処刑対象になるが、右手の刻印が聖天を示す文様だと気が付いた兵士が、この方は聖天様だと言い、聖獣王への貢ぎ物として捧げられる事になった。  竜巻に遭遇し偶然ここへ投げ出されたと、何度説明しても取り合ってもらえず。自分の家に帰りたいアダムは逃げ出そうとする。 ※私の小説で「大人向け」のタグが表示されている場合、性描写が所々に散りばめられているということになります。タグのついてない小説は、その後の二人まで性描写はありません

処理中です...