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 一旦蓮の母親が落ち着いたところで、蓮が虎太郎を紹介した。

「こいつが、恋人の虎太郎だ」
「は、はじめまして! 犬丸虎太郎です!」

 虎太郎は頭を下げながら元気よく挨拶をした。

「――あら、まあ! 挨拶もせずにごめんなさいね。蓮の母の黒崎百合子くろさきゆりこです」
 
 挨拶を返してきた百合子は、よく見ると確かに鼻や目など蓮に似ている部分があった。更に、蓮と同じく美形でスタイルがよい。身長も虎太郎より高いだろう。
 カチコチに緊張している虎太郎を他所に、百合子は虎太郎の隣に立っていた蓮に向けて、片手で持っていたスマホを突きつける。

「事務所的に恋人ができたら報告してほしいとは言っていたけど――いきなり恋人ができたなんてメッセージ送ってきて、一緒にポメラニアンの写真を送ってきたから、ビックリしたじゃない」

 突きつけられたスマホの画面を見てみると、芝生の上を駆け回っている毛玉が映っている。ポメラニアン姿の虎太郎だ。黒のスカーフもしっかりつけている。きっと、初めてドッグランに行った時の写真だろう。あの時、蓮に写真を撮られていたなんて全く気がつかなかった。

「いや、この写真しかなかったんだよな」
「なに? 2人で一緒に飼っているワンちゃんなの?」
「はぁ、ちゃんと写真の後のメッセージまで全部読んでから来いよ。虎太郎はポメラニアンになる体質なんだよ。で、その写真の犬は虎太郎」
「――え? あなた犬になれるの?」
「は、はい! なれます」
「ちょっと、今ここでなって見せてくれる?」
「わ、分かりました!」

 返事をした虎太郎は、目をつぶりポメラニアンの自分を想像して力を入れる。虎太郎が蓮と出会って犬になれると伝えたときに、蓮から「今すぐ犬になってみろ」と言われたことを思いだした。信じずに全く話を聞こうとしないのではなく、とりあえず変わるところを見てみようというところも親子だから似ているのかもしれない。

 ポメラニアンになった虎太郎は、自分の服の中から出てきて百合子に向かい元気よく鳴いた。

「ワン!」

 口も目も大きく開きっぱなしだった百合子だったが、虎太郎が足元によるとしゃがんで撫でてきた。

「凄いわ! ポメラニアンになれる人っているのね」
「ポメガバースって言うらしい。あんまり他の人には言わないようにってことも一緒に送ったはずだけどな……」
「あら、かわいいわね!」

 両手でワサワサと体全体を撫でられた後、毛並みを整えるかのように優しく梳かれる。虎太郎は目をつぶって堪能した。

「言葉は通じているの?」
「ワン(はい)」
「お手して、一回転できる?」
「ワン(はい)」

 虎太郎は差し出された手に前足でタッチした後、その場でクルッと一回転をして、百合子のほうを見て行儀よくお座りした。

「おい、虎太郎に何やらせてんだ」
「ちょっと、凄いじゃない!」
「――は?」
「虎太郎君。あなたモデルに興味ない?」
「クウ?(もでる?)」 

 首を傾げた虎太郎に、百合子がポケットから名刺入れを取り出し、虎太郎の目の前に差し出した。

「私、蓮の所属している事務所の副社長をしているのよ。意思疎通のできるワンちゃんなんて、一緒に写真を撮るのがとても楽だわ。噛まれる心配もないし、指示も的確に伝わるなんて素晴らしいわ。どう? 興味ないかしら?」
「おい、俺の恋人をスカウトするな」

 虎太郎が名刺を見て真剣に話を聞いていたら、いきなり蓮から抱き上げられた。

「ちょっと、今虎太郎君としゃべっているのよ」
「虎太郎に何させようとしてんだ。金儲けに使うつもりか?」
「違うわよ。素晴らしい逸材がいたからスカウトしているのよ。もちろん断ってもらってもいいわ。何? 恋人にはモデルしてほしくないの? あら、もしかして他人に見せたくないタイプだったの? かわいいところあるじゃない」
「そんな話してねぇだろ。いきなり押しかけてきて息子の恋人をスカウトするなんて馬鹿じゃねぇの? 早く帰れよ!」
「キュンキュン(おちついてください)」

 なぜか2人のやり取りがヒートアップしてきてしまったため、虎太郎は慌てて止めに入った。
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