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「――虎太郎、家着いたぞ。起きろ」
体を揺すられる感覚で虎太郎は目を覚ました。一瞬自分がどこにいるのか分からなかったが、辺りを見渡してタクシーの中だと思い出す。
どうやら、微睡んでいるうちに本格的に眠ってしまったようだ。
目を擦りながら、半分覚醒した頭と体で動き始める。タクシーの外に出た虎太郎は大きな欠伸をした。
「まだ眠そうだな。これ以上寝ると夜眠れなくなるぞ」
蓮の言葉にうんうんと頷き、手を引かれるまま虎太郎はマンションの部屋に戻ってきた。
少し歩いたおかげで大分目が覚めてきた。手に持っていたお土産ショップの袋を見て、買ったキーホルダーのことを思い出した虎太郎は、早速袋から中身を取り出した。
「蓮さん」
「ん?」
「水族館でこれ買ったんですけど、一緒に分けっこしてつけませんか?」
シルバーでシンプルなイルカの形をしたキーホルダー。手に取ったキーホルダーを蓮に見せ、虎太郎はドキドキしながら聞いた。断られたら悲しいけれど、よく考えると蓮がこういう物をつけているところは見たことがなかった。
「いいのか? 自分で買ったものだろ?」
「蓮さんとお揃いがいいんです」
「そっか、ありがとう」
虎太郎の手からキーホルダーを受け取り、中身を出した蓮は片方を手に持ったまま残りを虎太郎に返してきた。
無事に受け取ってもらい、虎太郎はホッとして余った一つを受け取った。
「どこにつけようか……」
少し考えた末に、蓮はマンションのカードキーが入っているカードケースをポケットから取り出してつけた。それを見ていた虎太郎も、同じくカードキーを入れている自分の財布をバックから取り出して、チャックの部分につける。
この2人の部屋に帰ってくる際に取り出すものに、お揃いのキーホルダーがついた。財布についているイルカがリビングの明りを反射してキラキラと輝いて見える。虎太郎は嬉しくなって、蓮に抱き着いた。
「嬉しいです」
「ああ。俺からも虎太郎に渡すものがある」
「え、なんですか?」
体を離した虎太郎に、蓮が自分のお土産ショップの袋からぬいぐるみを取り出した。水色の丸くデフォルメされたイルカのぬいぐるみだ。お腹のほうは白くなっている。大きさは丁度虎太郎の両手にすっぽりと納まるほどだ。
「ほらこれ。お前、ポメラニアンの時にライオンのぬいぐるみをボロボロにしてしまって悲しんでただろ」
虎太郎に渡しながら蓮が説明してくれる。虎太郎が落ち込んでいたのを覚えていて、新しいぬいぐるみを買ってくれたのだ。
嬉しくなった虎太郎が喜んだのも束の間、タクシーの中で寝る前に考えていた蓮がポメラニアン好きだという説が真実味を帯びてきたことで、喜びが一旦止まった。ぬいぐるみを使って遊ぶのはポメラニアンの方の虎太郎だ。思えば今まで蓮が買ってくれたものは、ポメラニアンに関するものが多い。ぬいぐるみやブラシ、遊ぶ用のおもちゃに高いスカーフまで貰っている。
人間の虎太郎はおまけで、ただポメラニアンが好きなだけだったらどうしよう。
喜びを途中で止めた虎太郎は眉を寄せて唸り始める。
「1人で百面相してどうした?」
意を決した虎太郎は蓮に直接尋ねる事にした。もし、蓮がポメラニアンが好きならば、できるだけ犬の姿でいて、人の時でも首輪をはめて四つん這いで移動しよう、と覚悟を決めた虎太郎は恐る恐る聞いた。
「蓮さんは、ポメラニアンが好きですか?」
「ん? ああ、好きだけど」
「人とポメラニアンだったらどっちが好きですか?」
「まあ、元々人嫌いの時でも動物は好きだったから、ポメラニアンじゃないか? ――まあ、人によるかな」
蓮の後半の言葉は虎太郎の耳には届いていなかった。蓮は人の姿よりポメラニアンの姿のほうが好きなんだと解釈した虎太郎は絶望に打ちひしがれていた。
もしも、虎太郎以外のもっと犬っぽいポメガバースの人が見つかったら、いや、そもそも蓮が犬を、本物のポメラニアンを飼い始めたら、確実に虎太郎は負ける。
半泣き状態の虎太郎を蓮が訝しがり、「どうした?」と聞いてきたが、虎太郎はそれどころではなかった。
恋のライバルが、人ではなくポメラニアンになってしまったのだ。
パニックになった虎太郎は蓮にしがみつき、自分のアピールポイントを訴える。
「僕、首輪もつけていいし、ずっと四つん這いで歩きます。だから、だから――」
「おい、待て待て、ホントにどうした?」
「だって、蓮さんが人よりポメラニアンが好きだって」
「は?」
虎太郎をあやすように背中を撫でていた蓮の手が止まった。虎太郎が説明を続けると、蓮の目が大きく見開き、その後、大声で笑い始めた。
「おい、なんでそうなる。俺はただの犬と恋愛するつもりはねえ。お前、虎太郎だから好きなんだ」
「僕のどこが好きなんですか?」
「んー全部だ。そのアホっぽいとこも含めてだな」
「ほんとうに?」
「ああ。もしお前がポメラニアンにならなかったとしても好きだ」
完璧に虎太郎の勘違いだったようだ。アホとは言われたが、虎太郎の全部が好きだと言ってもらえて、ようやく安心できた。
虎太郎も、蓮に言葉を返す。
「僕も、蓮さんの全部が好きです。顔も優しいところも、頭がいいところも全部」
「そっか。――いや、それにしても、犬と恋愛か」
蓮のツボに入ってしまったようで、しばらく蓮の思い出し笑いは続いた。
体を揺すられる感覚で虎太郎は目を覚ました。一瞬自分がどこにいるのか分からなかったが、辺りを見渡してタクシーの中だと思い出す。
どうやら、微睡んでいるうちに本格的に眠ってしまったようだ。
目を擦りながら、半分覚醒した頭と体で動き始める。タクシーの外に出た虎太郎は大きな欠伸をした。
「まだ眠そうだな。これ以上寝ると夜眠れなくなるぞ」
蓮の言葉にうんうんと頷き、手を引かれるまま虎太郎はマンションの部屋に戻ってきた。
少し歩いたおかげで大分目が覚めてきた。手に持っていたお土産ショップの袋を見て、買ったキーホルダーのことを思い出した虎太郎は、早速袋から中身を取り出した。
「蓮さん」
「ん?」
「水族館でこれ買ったんですけど、一緒に分けっこしてつけませんか?」
シルバーでシンプルなイルカの形をしたキーホルダー。手に取ったキーホルダーを蓮に見せ、虎太郎はドキドキしながら聞いた。断られたら悲しいけれど、よく考えると蓮がこういう物をつけているところは見たことがなかった。
「いいのか? 自分で買ったものだろ?」
「蓮さんとお揃いがいいんです」
「そっか、ありがとう」
虎太郎の手からキーホルダーを受け取り、中身を出した蓮は片方を手に持ったまま残りを虎太郎に返してきた。
無事に受け取ってもらい、虎太郎はホッとして余った一つを受け取った。
「どこにつけようか……」
少し考えた末に、蓮はマンションのカードキーが入っているカードケースをポケットから取り出してつけた。それを見ていた虎太郎も、同じくカードキーを入れている自分の財布をバックから取り出して、チャックの部分につける。
この2人の部屋に帰ってくる際に取り出すものに、お揃いのキーホルダーがついた。財布についているイルカがリビングの明りを反射してキラキラと輝いて見える。虎太郎は嬉しくなって、蓮に抱き着いた。
「嬉しいです」
「ああ。俺からも虎太郎に渡すものがある」
「え、なんですか?」
体を離した虎太郎に、蓮が自分のお土産ショップの袋からぬいぐるみを取り出した。水色の丸くデフォルメされたイルカのぬいぐるみだ。お腹のほうは白くなっている。大きさは丁度虎太郎の両手にすっぽりと納まるほどだ。
「ほらこれ。お前、ポメラニアンの時にライオンのぬいぐるみをボロボロにしてしまって悲しんでただろ」
虎太郎に渡しながら蓮が説明してくれる。虎太郎が落ち込んでいたのを覚えていて、新しいぬいぐるみを買ってくれたのだ。
嬉しくなった虎太郎が喜んだのも束の間、タクシーの中で寝る前に考えていた蓮がポメラニアン好きだという説が真実味を帯びてきたことで、喜びが一旦止まった。ぬいぐるみを使って遊ぶのはポメラニアンの方の虎太郎だ。思えば今まで蓮が買ってくれたものは、ポメラニアンに関するものが多い。ぬいぐるみやブラシ、遊ぶ用のおもちゃに高いスカーフまで貰っている。
人間の虎太郎はおまけで、ただポメラニアンが好きなだけだったらどうしよう。
喜びを途中で止めた虎太郎は眉を寄せて唸り始める。
「1人で百面相してどうした?」
意を決した虎太郎は蓮に直接尋ねる事にした。もし、蓮がポメラニアンが好きならば、できるだけ犬の姿でいて、人の時でも首輪をはめて四つん這いで移動しよう、と覚悟を決めた虎太郎は恐る恐る聞いた。
「蓮さんは、ポメラニアンが好きですか?」
「ん? ああ、好きだけど」
「人とポメラニアンだったらどっちが好きですか?」
「まあ、元々人嫌いの時でも動物は好きだったから、ポメラニアンじゃないか? ――まあ、人によるかな」
蓮の後半の言葉は虎太郎の耳には届いていなかった。蓮は人の姿よりポメラニアンの姿のほうが好きなんだと解釈した虎太郎は絶望に打ちひしがれていた。
もしも、虎太郎以外のもっと犬っぽいポメガバースの人が見つかったら、いや、そもそも蓮が犬を、本物のポメラニアンを飼い始めたら、確実に虎太郎は負ける。
半泣き状態の虎太郎を蓮が訝しがり、「どうした?」と聞いてきたが、虎太郎はそれどころではなかった。
恋のライバルが、人ではなくポメラニアンになってしまったのだ。
パニックになった虎太郎は蓮にしがみつき、自分のアピールポイントを訴える。
「僕、首輪もつけていいし、ずっと四つん這いで歩きます。だから、だから――」
「おい、待て待て、ホントにどうした?」
「だって、蓮さんが人よりポメラニアンが好きだって」
「は?」
虎太郎をあやすように背中を撫でていた蓮の手が止まった。虎太郎が説明を続けると、蓮の目が大きく見開き、その後、大声で笑い始めた。
「おい、なんでそうなる。俺はただの犬と恋愛するつもりはねえ。お前、虎太郎だから好きなんだ」
「僕のどこが好きなんですか?」
「んー全部だ。そのアホっぽいとこも含めてだな」
「ほんとうに?」
「ああ。もしお前がポメラニアンにならなかったとしても好きだ」
完璧に虎太郎の勘違いだったようだ。アホとは言われたが、虎太郎の全部が好きだと言ってもらえて、ようやく安心できた。
虎太郎も、蓮に言葉を返す。
「僕も、蓮さんの全部が好きです。顔も優しいところも、頭がいいところも全部」
「そっか。――いや、それにしても、犬と恋愛か」
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