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42 僕だけ!

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 講義が終わった後、虎太郎は急いで家に帰った。
 心にストレスがかかりポメラニアンになってしまいそうだったからだ。蓮に恋人ができたショックでポメラニアンになってしまうなんてどうかしていると思ったが、自分の部屋に駆け込んだ瞬間、虎太郎はポメラニアンになってしまった。

 ポメラニアンになった虎太郎は、落ち着きなく部屋中をウロウロと歩き回る。虎太郎の頭の中に、週刊誌に載っていた2人の写真が浮かぶ。寄り添って見つめあっていた。女性はとても綺麗で、蓮とお似合いに見える。
 そこまで考えた虎太郎は我慢できなくなり、リビングまで走る。ソファの上に置いてあったクッションを噛んで振り回し、前足で穴を掘るように引っかく。電気もついていない薄暗い中、夢中で続けていると、突然リビングが明るくなった。

 虎太郎が顔を上げると、蓮がリビングの入り口にいるのが見える。仕事が終わって帰ってきたのだろう。蓮は電気もつけずにソファで暴れまわっていた虎太郎に気がついて近寄ってきた。

「電気もつけずに暴れてどうしたんだ?」

 優しく声をかけられているのに虎太郎は返事ができなくて、蓮にお尻を向けた。そんな虎太郎の背中を蓮が優しく撫でる。

「なんかあったのか?」

 優しく話しかけられて我慢できなくなった虎太郎は振り向いて、ソファに座った蓮のお腹に突撃した。顔を埋めて唸る。

「ウー(れんさん)」
「どうしたんだ?」

 人間だったなら、虎太郎は泣いてしまっていただろう。ポメラニアンの姿でよかったと思いながら、虎太郎はキュンキュンと叫び続けた。
 
 あまりにも虎太郎の様子がおかしいことに気がついた蓮が、心配して人間の姿になるように話しかけてきたが、虎太郎は蓮にしがみついたまま首を横に振った。
 これだけストレスがかかっていたら人間に戻れないだろうし、戻ったとしても蓮に理由を説明できそうもなかった。

 幸いにも今日は金曜日で、月曜日は祝日のため明日から三連休だ。家を出る用事もない。蓮と日曜日の午前中に公園に行こうと言っていたが、それはポメラニアンのままで事足りる。

 なんとかこの3日間で心を安定させないといけないと虎太郎は考えるが、一体どうすればよいのか見当もつかなかった。

 蓮が心配して何があったのかと再度聞いてくるが、虎太郎は首を横に振るだけでそれ以外には反応しなかった。蓮は頭がいいので、色々と質問されたことに虎太郎が素直に鳴き声で答えていくとバレてしまうかもしれない。

 食べることが大好きな虎太郎が、夜ご飯をあまり食べなかったので、蓮は虎太郎を寝室に連れて行ってベッドに降ろした。薄い毛布を上からかけて、頭を撫でてくれる。

「俺には言いづらいことなのか? 宮下でも呼ぶか?」

 優しく声をかけてくれ、提案をしてくれる蓮に虎太郎は勢いよく首を横に振る。蓮以外の人にも、例え両親にも相談することはできない。そもそも、虎太郎自身も自分の気持ちがよく分かっていないのだ。

「ゆっくり休んどけ」と言って蓮は寝室から出て行った。薄暗い部屋で1人になった虎太郎は蓮の匂いのする毛布に包まったまま1つずつ考える。


 蓮が人嫌いを克服できたことはとても嬉しいことだ。では、何が虎太郎にとって嫌なことなのだろうか。恋人ができたのに、全く知らなかったことなのだろうか。別に蓮が付き合った人がいたとして、虎太郎に言わなければいけないわけではないし、このマンションで生活しているが、その相手が来たことは一度もない。会ったこともない人なのに、写真でしか見たことない人なのに、どうしてこんな気持ちになるんだろう。
 
 虎太郎は頭をフル回転しながら考え続ける。

 蓮が虎太郎と過ごしている時間が少なくなってしまうのが嫌だ。じゃあ、虎太郎が寝ている間や大学に行っている間に2人が会っていればいいのか。それも嫌だ。

 虎太郎は想像して、ベッドの上を転げまわった。

――蓮さんが取られるのが嫌だ

 転げまわり疲れた虎太郎の頭にその言葉が浮かんだ。そう、蓮が他の人に取られてしまうのが嫌なのだ。別に蓮は虎太郎のものではないのに。

――甘やかすのは僕だけにしてほしい

 蓮が写真の女の人を甘やかしている場面を想像した虎太郎は、唸りながら足元にあった枕を後ろ足で蹴りつける。何度も蹴りつけている間に疲れてしまい、虎太郎はそのまま眠っていた。
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