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41 もやもや

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 『犬の散歩でお話大作戦』はおおむね成功だった。

 途中で蓮が少し不機嫌になってしまったり、虎太郎が大型犬に吠えられ逃げてしまったこともあったが、蓮が人と話すことができたので成功でいいだろう。
 基本的に出会う人は犬を連れているため、犬の話ばかりでよい。蓮自身のことをしつこく聞かれ始めたら、虎太郎が早く先に行きたい風を装って、リードを引っ張ればよいのだ。これで失礼なくその場を去ることができた。

 この作戦を繰り返していけば、きっと蓮も徐々に色んな人と話ができるようになっていくだろう。虎太郎は自分が役に立っているように思えて嬉しくなった。

 作戦の効果はすぐに表れた。
 夜ご飯の時に蓮から、ヘアメイクの担当に新しくアシスタントの人を入れた事や、別のモデルの人と撮影を行った事などを報告されたのだ。
 蓮からその報告を聞いて、虎太郎はまるで自分のことのように喜んだ。蓮は、なにかが吹っ切れたような明るい顔をしていた。




 最近はいいことばかりだと思いながら、虎太郎は大学に向かった。虎太郎の心のように空も晴れやかだ。

 今日は講義が午後からなので、午前中はゆっくりと過ごすことができた。天気が良かったので、お気に入りのぬいぐるみ『ガオくん』を洗濯してベランダに干してきた。太陽が当たってとても気持ちよさそうで、虎太郎も一緒に日光浴したくなってしまった。
 ポメラニアンの時に振り回してしまいほつれてきた部分は、自分で繕おうと思い、実家から裁縫道具を送ってもらうことになっている。小中学生の時、授業で使って以来一度も触ったことはないが大学生にもなったんだし大丈夫だろうと、虎太郎はよく分からない自信でいっぱいだった。

 今日の3限目は、熊田と馬場とは別の講義を選択しているため、入った講義室には一緒に授業を受けるほど仲の良い友達はいない。虎太郎はあまり頭がよくないので、教授の話がよく聞ける講義室の前のほうに座った。

 4限目は学部で統一の授業のため2人と一緒だ。座る席はもちろん決まっていないが、講義ごとに毎回同じ場所に座っているため、決まっているようなものだ。講義室のいつもの場所である、窓側の中間あたりに座っている2人を見つけて、虎太郎はそちらに向かった。

 2人は雑誌を広げて見ているようだ。虎太郎が近づくと気がついた2人が顔を上げた。

「あ、虎太郎! 今一緒に住んでいる人って、モデルで『れん』って名前の人だって言ってたよな」
「ん? そうだよ。どうしたの?」

 近くの席に腰を降ろしながら虎太郎は返答した。2人には嫌がらせをされていたことを相談していたので、その後解決して、蓮の家にお邪魔するようになったことも話している。

「これ見てよこれ!」

 馬場が見ていた雑誌のページを開いたまま、虎太郎に差し出してきた。
 雑誌は週刊誌だったようで、開かれたそのページには大きく『人嫌いで有名なモデルのRENが恋愛か? その氷の心を溶かしたのは、今噂のあの人!』とタイトルが書かれており、蓮と綺麗な女性が寄り添っている写真が載せられていた。

「え!?」

 内容を理解して驚き、動きを止めた虎太郎に対して、馬場が聞いてくる。

「この人であってんの?」
「……うん、蓮さん」

 何とか頷きながら返事を返したが、まだ衝撃から戻ってこれていない虎太郎を置いて、2人は話始めた。

「人嫌いで有名らしいのに、虎太郎は大丈夫だったんだな」
「この相手のモデル、最近ドラマとかにも出てる人だよな。美人だよな。いいなー。やっぱイケメンじゃないと美女とは付き合えねーのかね」
「顔だけじゃなくて性格も多少は必要だろう」
「まーね。てか、虎太郎はRENさんと一緒に暮らしてんだったら、家にこの人来たことないの? やっぱ生で見ても綺麗なのかな。――あれ、虎太郎大丈夫?」
「――う、うん。僕、その人見たことないな……」


 教授が講義室に入ってきたため、話はそこで終わったが、虎太郎は動揺したままだった。講義の内容が全く頭に入ってこない。蓮が誰かと付き合っているという事実が、虎太郎に衝撃を与えた。人嫌いが克服できたことを喜ばなくてはならないはずなのに、虎太郎にはできなかった。

 うまく言葉にできないが、悶々とする。
 朝は晴れやかな気持ちだったのに、あの記事と写真を見たら一瞬で消え去ってしまった。付き合っている人がいるなら、蓮が虎太郎と一緒にいられる時間はなくなってしまうかもしれない。人嫌いが克服できたのなら、虎太郎はお払い箱だ。最近優しかったのは恋人ができて機嫌がよかっただけなのかもしれない、と考えた虎太郎は泣きそうだった。
 今さら蓮のいない毎日なんて考えられない。でも、どうしていいのか分からなくて虎太郎は唇を嚙みしめた。
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