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17 黒いスカーフ!
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お皿をかたづけてくれている蓮の後ろをついて回っていると、高い音が部屋に響き渡ったため、虎太郎は耳をピンと立てる。
音の発生源を特定すると、そちらに向かい走り出した。
『蓮さん、おはようございます。迎えに来ました』
後ろから歩いてきた蓮が、ボタンを押してモニターに向かって話しかける。
「ああ。上がってきて。話がある」
『話ですか? 分かりました』
しばらくすると、玄関から音がしたため、虎太郎はモニターの下から離れ玄関へと駆け出す。
「ワン(こんにちは)」
「――わ! え……犬?」
玄関には眼鏡をかけたスーツ姿の男性が立っていた。目も髪も茶色で、優しそうな雰囲気だ。近づいた虎太郎を見て、目を丸くしている。
「こんにちは。ポメラニアンかな?」
眼鏡の男性は、かがんで虎太郎の頭を毛並みに沿って優しく撫でてきた。虎太郎は耳を後ろに下げ、頭を男性の手に擦りつける。
「宮下。今日、この犬も連れて行くから」
「え、この子もですか?」
「ああ、ちょっと上がれ。話がある」
そう言ってリビングに戻っていく蓮の背中を、虎太郎は眼鏡の男性と一緒についていった。
ソファに座った男性を確認した後、虎太郎は男性の対面に座った蓮の隣に飛び乗り、ソファの上に置いてあるクッションの上に座った。
「――あー、確認するのを忘れてたんだけど、おまえの事、他人に話してもいいのか?」
こちらに目線を向けて、そう聞いてくる蓮に虎太郎は迷った。
両親にあまり言いふらさないようにと言われているが、今は非常事態だ。仕方がないだろう、と思った虎太郎は首を縦に振って、その後横に振った。
「ウーワン(いまはいいけど、いつもはだめ)」
虎太郎の動きを見ていた蓮は少し考え、「基本的には言いふらさないほうがいいが、今はしかたないって感じか?」と聞いてきたので、首を縦に振って答える。
「なんだか、ワンちゃんと会話しているみたいですね。蓮さんが犬を飼うことにしたなんて知りませんでした」
「こいつは人間だ」
「…………え?」
「今は犬の姿だが、人間だ」
「……人間が嫌いだからといって、犬を人間に見立てるなんて……電話で言っていた他人に慣れるための努力ってこれだったんですか……」
眼鏡の男性に、可哀そうな人を見るような目で見られて、蓮は顔をしかめる。
「――おい。ほんとだ。ポメガバースというらしい。ストレスがかかるとポメラニアンになるんだと」
「ポメガバース……ああ、聞いたことありますね。過去に、その体質の方がサーカスで見世物にされ、芸を仕込まれていたことがあったと本で読んだことがあります。犬の姿になるように強要され、拒否するとストレスを与えて無理やり犬の姿にしたとか。――ほんとに存在したんですね」
ポメガバースの体質の人が、昔そんな目に遭っていたなんて。
知らなかった虎太郎は、震えあがり蓮の服の中に入ろうと服の裾を口で引っ張り、口先を入れグイグイと進む。
「おい、服が伸びるだろうが」
蓮に両手で掴まれ、虎太郎の避難はあっけなく終わった。
「怖がるなんて、ほんとに言葉がわかっているんですね。どうして犬の姿なのですか? 蓮さんが嫌がるからですか?」
「いや、俺が他人に慣れるため協力してもらっていて、こいつに定期的に家に来てもらってんだ。で、ここで犬になったはいいものの、何かストレスがたまって限界だったんだろう、人間に戻れないんだとよ」
話を聞いていた虎太郎は、蓮の膝の上に両手で固定されながら、うんうんと頷いた。この家に来る途中でポメラニアンになってしまわなくて良かった、と虎太郎は今ごろになって冷や汗をかいた。
「なるほど、それで今日連れていきたいということですね」
「そういうことだ。人間になることは隠して、犬として連れていく」
「……色々と聞きたいことはあるのですが、時間も押してますし、分かりました。その子も連れていきましょう」
虎太郎をジッと見つめた男は、優しく微笑みながら自己紹介をしてきた。
「初めまして。私、蓮さんのマネージャーをしております、宮下健太です。よろしくお願いしますね」
「ワンワンワン(ぼくは、こたろうです。よろしくおねがいします)」
虎太郎は元気に返事を返して、宮下に頭を下げた。
「『虎太郎だ、よろしくな眼鏡』って言ってるわ」
変な訳をしてきたので虎太郎は蓮に向かって吠える。
「ワン(ちがーう)」
「 ――否定されていらっしゃるのは分かりました。では、早速スタジオに向かいましょうか。その前に、虎太郎さんに何かつけたほうがいいかもしれませんね。首輪はさすがに嫌ですよね……スカーフとかどうでしょうか?」
「あー、確かにな持ってくるわ」
しばらく待っていると、リビングから出て行った蓮が手に布を持って戻ってきた。
「この辺とかどうだ? 好きなやつある?」
虎太郎の目の前に差し出されたものは、いくつかのスカーフだった。どれもおしゃれだ。少し悩み、蓮の髪色とお揃いの黒を基調とした白い模様の入っているスカーフを前足でタシタシと踏んだ。
選んだスカーフを首の後ろで結んでもらい、形を整えられる。すべすべした生地で気持ちいい触り心地だ。
「おお、いいんじゃない?」
「結構似合いますね」
似合うと言われて嬉しくなり、虎太郎はその場で跳ねながらクルクルと回る。
自分のスカーフ姿が見たくなったため、鏡を探そうと走り出したところを蓮に捕らえられた。足を必死に動かすが、虎太郎の体は宙に浮かんでいるため前に進まない。
「ワンワン(はなして)」
「はいはい。大人しくしとけ。じゃあ行くか」
「そうですね。今日は雑誌の撮影です」
虎太郎は蓮の小脇に抱えられながら、マンションを後にした。
音の発生源を特定すると、そちらに向かい走り出した。
『蓮さん、おはようございます。迎えに来ました』
後ろから歩いてきた蓮が、ボタンを押してモニターに向かって話しかける。
「ああ。上がってきて。話がある」
『話ですか? 分かりました』
しばらくすると、玄関から音がしたため、虎太郎はモニターの下から離れ玄関へと駆け出す。
「ワン(こんにちは)」
「――わ! え……犬?」
玄関には眼鏡をかけたスーツ姿の男性が立っていた。目も髪も茶色で、優しそうな雰囲気だ。近づいた虎太郎を見て、目を丸くしている。
「こんにちは。ポメラニアンかな?」
眼鏡の男性は、かがんで虎太郎の頭を毛並みに沿って優しく撫でてきた。虎太郎は耳を後ろに下げ、頭を男性の手に擦りつける。
「宮下。今日、この犬も連れて行くから」
「え、この子もですか?」
「ああ、ちょっと上がれ。話がある」
そう言ってリビングに戻っていく蓮の背中を、虎太郎は眼鏡の男性と一緒についていった。
ソファに座った男性を確認した後、虎太郎は男性の対面に座った蓮の隣に飛び乗り、ソファの上に置いてあるクッションの上に座った。
「――あー、確認するのを忘れてたんだけど、おまえの事、他人に話してもいいのか?」
こちらに目線を向けて、そう聞いてくる蓮に虎太郎は迷った。
両親にあまり言いふらさないようにと言われているが、今は非常事態だ。仕方がないだろう、と思った虎太郎は首を縦に振って、その後横に振った。
「ウーワン(いまはいいけど、いつもはだめ)」
虎太郎の動きを見ていた蓮は少し考え、「基本的には言いふらさないほうがいいが、今はしかたないって感じか?」と聞いてきたので、首を縦に振って答える。
「なんだか、ワンちゃんと会話しているみたいですね。蓮さんが犬を飼うことにしたなんて知りませんでした」
「こいつは人間だ」
「…………え?」
「今は犬の姿だが、人間だ」
「……人間が嫌いだからといって、犬を人間に見立てるなんて……電話で言っていた他人に慣れるための努力ってこれだったんですか……」
眼鏡の男性に、可哀そうな人を見るような目で見られて、蓮は顔をしかめる。
「――おい。ほんとだ。ポメガバースというらしい。ストレスがかかるとポメラニアンになるんだと」
「ポメガバース……ああ、聞いたことありますね。過去に、その体質の方がサーカスで見世物にされ、芸を仕込まれていたことがあったと本で読んだことがあります。犬の姿になるように強要され、拒否するとストレスを与えて無理やり犬の姿にしたとか。――ほんとに存在したんですね」
ポメガバースの体質の人が、昔そんな目に遭っていたなんて。
知らなかった虎太郎は、震えあがり蓮の服の中に入ろうと服の裾を口で引っ張り、口先を入れグイグイと進む。
「おい、服が伸びるだろうが」
蓮に両手で掴まれ、虎太郎の避難はあっけなく終わった。
「怖がるなんて、ほんとに言葉がわかっているんですね。どうして犬の姿なのですか? 蓮さんが嫌がるからですか?」
「いや、俺が他人に慣れるため協力してもらっていて、こいつに定期的に家に来てもらってんだ。で、ここで犬になったはいいものの、何かストレスがたまって限界だったんだろう、人間に戻れないんだとよ」
話を聞いていた虎太郎は、蓮の膝の上に両手で固定されながら、うんうんと頷いた。この家に来る途中でポメラニアンになってしまわなくて良かった、と虎太郎は今ごろになって冷や汗をかいた。
「なるほど、それで今日連れていきたいということですね」
「そういうことだ。人間になることは隠して、犬として連れていく」
「……色々と聞きたいことはあるのですが、時間も押してますし、分かりました。その子も連れていきましょう」
虎太郎をジッと見つめた男は、優しく微笑みながら自己紹介をしてきた。
「初めまして。私、蓮さんのマネージャーをしております、宮下健太です。よろしくお願いしますね」
「ワンワンワン(ぼくは、こたろうです。よろしくおねがいします)」
虎太郎は元気に返事を返して、宮下に頭を下げた。
「『虎太郎だ、よろしくな眼鏡』って言ってるわ」
変な訳をしてきたので虎太郎は蓮に向かって吠える。
「ワン(ちがーう)」
「 ――否定されていらっしゃるのは分かりました。では、早速スタジオに向かいましょうか。その前に、虎太郎さんに何かつけたほうがいいかもしれませんね。首輪はさすがに嫌ですよね……スカーフとかどうでしょうか?」
「あー、確かにな持ってくるわ」
しばらく待っていると、リビングから出て行った蓮が手に布を持って戻ってきた。
「この辺とかどうだ? 好きなやつある?」
虎太郎の目の前に差し出されたものは、いくつかのスカーフだった。どれもおしゃれだ。少し悩み、蓮の髪色とお揃いの黒を基調とした白い模様の入っているスカーフを前足でタシタシと踏んだ。
選んだスカーフを首の後ろで結んでもらい、形を整えられる。すべすべした生地で気持ちいい触り心地だ。
「おお、いいんじゃない?」
「結構似合いますね」
似合うと言われて嬉しくなり、虎太郎はその場で跳ねながらクルクルと回る。
自分のスカーフ姿が見たくなったため、鏡を探そうと走り出したところを蓮に捕らえられた。足を必死に動かすが、虎太郎の体は宙に浮かんでいるため前に進まない。
「ワンワン(はなして)」
「はいはい。大人しくしとけ。じゃあ行くか」
「そうですね。今日は雑誌の撮影です」
虎太郎は蓮の小脇に抱えられながら、マンションを後にした。
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