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 朝起きても、虎太郎は人間になっていなかった。
 一晩寝てもダメだったことに混乱しながら、虎太郎はバタバタとベッドの上で飛び跳ねる。

「……おい。分かったから、おとなしくしろ」

 虎太郎が騒ぐので起きた蓮が、不機嫌そうにこちらを見てくる。

「まだ6時じゃねえか。目覚ましもなってねぇよ」

 蓮が枕元に置いていたスマホを触りながら文句を言ってくるが、虎太郎を落ち着かせるために撫でてきた手はとても優しい。

「今日、仕事あんだよな。お前をここに置いていったらマズいか。なんかあったときに逃げたり連絡とったりできねぇしな」
「クゥ(ごめんなさい)」
「人間に戻れるようになっても、犬のままでいることはできるんだよな?」
「ワフ(うん)」
「返事じゃなくて首を振ってくれ。分からん」

 慌てて、虎太郎は首を縦に振った。
 ストレスが一定以上たまってしまった場合、突然ポメラニアンに変化してしまうが、人間になるときはそこまで突然ではない。眠って起きた時か、ストレスが減り人間になろうと思って力をいれたときだ。

「じゃあ、仕事場につれていくか。大人しくしとけよ」
「ワン!(はい!)」

 蓮はモデルの仕事をしていると言っていた。モデルの仕事とは一体どんなものなんだろうか。虎太郎はワクワクしながら、準備をするため立ち上がった蓮の後ろを追いかけた。
 洗面所やキッチンにも、蓮の後ろにチャチャチャッと足音を立てながらついていく。蓮が服を着替えるときも近くでウロウロしていたので、上半身を脱いだ蓮の腹筋が綺麗に割れているのが見えた。虎太郎は、すごい! と興奮して蓮の周りをハッハッと呼吸を荒くしながら走り回っていたが、気がついたら蓮はいなくなっていた。

 慌てて探しに行くと、蓮がキッチンに立っているのが見えたので走って向かう。

「お前、ご飯はどうするんだ? 人間のもん食えんの?」
「ワン(たべれる)」
「だから、分かんないんだってば」

 そうだったと虎太郎は首を振って返事をした。

「流石に床では食べさせられんな」

 朝食を用意した蓮はそう言って、虎太郎を自分の膝の上に乗せた。
 ダイニングテーブルの上には色とりどりのフルーツとパン、それにスープが置かれている。
 お腹が減っていた虎太郎はテーブルの淵に前足をかけて身を乗り出す。

「クー(おいしそう)」
「待て待て」

 虎太郎のお腹に手を回して膝の上に戻した蓮は、フォークに刺したフルーツを虎太郎の口元に持ってきた。
 ヒクヒクと鼻を動かし匂いを嗅いだ虎太郎は、口を大きく開けてかぶりつく。
 噛んだ瞬間、口の中に果汁が広がる。瑞々みずみずしくてとても美味しい。
 口の中に入っていたフルーツがなくなった後、虎太郎は蓮の顔を見上げながら、パカッと口を開けた。
 気がついた蓮がフッと微笑みながら、またフルーツをフォークで虎太郎の口に運んでくれる。

 蓮が自分の朝食を食べる合間に何度も食べさせてくれたおかげで、虎太郎のお腹はパンパンに膨れた。

「クー(おなかいっぱい)」

 満足げに鳴いた虎太郎に気づいた蓮は、コップに入った牛乳を手前に引きよせた。

「ほら、最後に飲め」

 テーブルに前足をかけて、コップに口先を入れる。舌を出してペロペロと舐めるが、全く口に入ってこない。
 おかしいなと思った虎太郎は、座り直し首を傾げる。
 再び挑戦しようとテーブルを見ると、なんとコップが消えていた。

「ワン?(なんで?)」

 コップを落としてしまったのかと思い、焦ってテーブルの下を確認するがない。どこにいってしまったのかと探していると、笑い声と一緒にスープのお皿が虎太郎の目の前に置かれた。

「ククッ――コップは縁が狭かったから、こっちで飲め」

 どうやら、蓮が入れ替えてくれたらしい。虎太郎はワンとお礼を言って、今度こそ舌を出してペロペロと飲んだ。
 飲んでも飲んでも、お皿の牛乳は減らない。疲れた虎太郎は飲むのをやめて、椅子から飛び降りた。
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