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11 お散歩!

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「今日はハーネスを準備したから、散歩にでもいくか」
「え、いいんですか!」
「部屋だと狭いしな」

 蓮が手に持った黒くてかっこいいハーネスを虎太郎に見せてきた。
 この部屋だけでも十分広いのに、外にまで行けるなんてと嬉しくなった虎太郎は、急いで脱衣所へ向かった。もし今、尻尾があったら、ブンブンと勢いよく振っていたことだろう。 

 虎太郎は犬の姿のまま1人で散歩ができない。付き添ってくれる人がいないと、迷子の犬だと思われてしまうのだ。しかも、犬の際には注意力が散漫になる。気になるものがあれば追いかけて行ってしまったり、道路に出てしまうかもしれない。田舎ならまだしも、こんな都会では危険すぎてあちこち散歩できなかったのだ。
 公園に行く道だけはしっかり覚えて、夜中に寄り道せずに駆け抜けることで何とかなっていた。ただ、思うがままにあちこち観察しながら散歩したかったのだ。それが叶うとなっては、喜ばないはずがなかった。

 ポメラニアンになり、体にハーネスをつけてもらう。マンションの外に出るまでは抱き上げられて移動し、自動ドアを出た後に地面に降ろされた。

「よし、いくか」
「ワン!(はい!)」

 虎太郎は蓮を見上げて返事をしながら、嬉しくて尻尾を振った。
 蓮の足元から離れないように進んでいられたのは最初だけだった。先に進みたくて、蓮をグイグイ引っ張りながら進む。
 右に行って左に行って、やっぱり戻って――

「おい、まてまて」

 大人しくしないとと頭の片隅では思うが、まったく体を制御できない。今まで我慢していた反動が来ているようだ。挙句の果てには、虎太郎はその場でジャンプしながらくるくると回った。

「くくっ。そんなに嬉しかったのかよ」

 時間がかかりながらも1人と1匹はなんとか近くの公園に到着した。
 虎太郎の家の近くの公園よりも広くて、たくさんの遊具がある。

「――グルルルル」

 虎太郎がどの遊具で遊ぼうかと品定めをしていると、横から唸り声が聞こえた。
 ハッと顔を横に向けると、そこには大きな犬が仁王立ちしていた。鋭い牙が唸る口の隙間から見える。

「キューン(こわい)」

 慌てて、蓮の後ろへ隠れる。あの口で噛まれたら大けがするぞ、と本能がささやいている。虎太郎では勝てない。体の震えが収まらず、蓮の足へ体をめり込ませる勢いでくっつく。

「あらー、ワンちゃんが威嚇しちゃってごめんなさいね」
「……あ、いえ」
「あら、イケメン」
「……」
「このポメラニアンちゃんのお名前はなんていうの? この子はハスキーの権十郎よ」
「……あー、こたろうです」
「こたろうちゃん! 素敵なお名前ね」

 足の隙間から敵を見つめる。まだ虎太郎のことを見ていたようで、目が合った。慌てて目をそらし、少し時間をおいて目線を敵に戻す。

 ――なんと、さっきよりも距離が近くなっているではないか

 目を逸らした隙に相手が近づいてきている。そう確信した虎太郎は、目を逸らすことなく相手を見つめる。もちろん、蓮の両足の隙間越しに。

「大丈夫か」

 頭上から声がかかり、虎太郎は蓮を見上げる。こちらを向いている蓮に大丈夫だとの意味をこめて鳴く。

「ワン(うん)」

 そこで虎太郎は気がついた。ヤツから目を離してしまったことに。
 慌てて視線を前に戻すと、何も見えない。いや、近すぎて焦点が合わずにぼやけているのだ。固まった虎太郎の頬を生暖かい舌が舐め上げた。

「ギャンッ」

 安全な場所はここにはないと確信した虎太郎は、前足で必死に蓮の足を登る。

「おい、待て待て」

 蓮に抱き上げられて、安全な場所からヤツを見下ろす。相手からは届かないであろう距離から見下ろせて、だいぶ気分がいい。虎太郎は舐められた頬を蓮の服に擦りつけて拭いた。
 
――しばらく散歩はいかなくていいかもしれない




 蓮に抱き上げられたまま家に戻り、足を拭いてもらった後床に下ろされた。
 虎太郎はリビングのテーブルの下に籠もり、安全な場所で一息つく。
 まさか、別の犬と鉢合わせすることになるとは思いもしなかった。自分より大きい犬にはできるだけ会いたくないなと思いながら、その場に伏せる。

「そろそろ3時だから人間になってこい」

 蓮の言葉に耳が反応する。おやつ。急いで脱衣所へ向かい、人間になり――

――うずくまった

 人間になり冷静になった瞬間、虎太郎は恥ずかしすぎて顔から火が出そうだった。
 散歩に行き、テンションが上がってあちこちに蓮を引っ張り回したどころか、別の犬と張り合うなんて。虎太郎の人間としてのプライドはズタボロだ。
 おやつの誘惑よりも恥ずかしさが勝り、蓮が笑いながら呼びに来るまで、虎太郎は脱衣所を出ていけなかった。
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