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06 理想と現実

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――虎太郎はこれまでの話を、男に聞かれるがままに答えた

「なるほどね、対処法として昨日は公園で走り回っていたのか」
「はい、そうです」
「この家に連れてきたとき、振る舞いが全然人間っぽくなかったけどな。普通に動物っぽかったわ」
「……あ、それは、ポメラニアンになると理性が無くなって、本能のままに行動するようになるんです」
「ああ、なるほどね。まじの犬になるって訳か」
「もちろん、人間の言葉は分かりますし、ちょっとなら理性的に動けますけど……」
「ふーん」

 そう、ポメラニアンになった時は、本能のままに行動してしまうのだ。後から人間に戻った際に後悔することもこれまでたくさんあった。
 お気に入りのTシャツに噛みついていて首元がヨレヨレになっていたり、参考書が目に入ると嫌な気持ちになったためだろう、噛んで振り回して踏みつけて、ボロボロになっていたりしたこともある。
 ただ、犬の時なので仕方ないのだ。本能的に行動するのでどうしようもない。

 もう一度入れてもらった美味しいカフェオレを、今度は大切にゆっくりと飲みながら話を続ける。

「走り回って満足する以外には人間に戻る方法はないわけ?」
「たくさん甘やかしてもらったり、美味しいご飯をお腹いっぱい食べたりしても戻ります。たぶん、気持ち的に満足できたら他のことでも大丈夫だと思うんですけど……」
「へー」

 ゆっくり飲んでいたはずなのに、カフェオレがもうなくなってきてしまった。中身が少なくなってしまったコップを眺めながら残念に思い眉を下げていると、男がこちらを見ながらしばらく沈黙した後に口を開いた。

「お前、人間の時でも犬っぽいな」
「えっ、そうですか? 確かに、髪の色は犬の時と同じで薄茶色ですけど……」
「いや。まあ、いいや。大学生だろ?」
「はい! 今年の春から1年生です」

 そう、虎太郎は第一希望の大学に合格できたのだ。度々ストレスでポメラニアンになりながらもなんとか勉強を続け、春からこちらに引っ越してきて大学に通っている。
 初めてこちらに来た時、虎太郎は人や建物の多さに圧倒された。近くに山もないし、動物もいない。辛うじて鳥がベランダに飛んでくるくらいだ。
 家賃も高く、狭い部屋しか借りられなかったため、ポメラニアンになり部屋の中を走り回ることもできなかった。

 お金を稼ぐため居酒屋でアルバイトを始めたが、なかなか上手に接客ができずに苦労している。
 田舎では顔見知りしかいないため、飲食店では来ている人みんなでワイワイと楽しくおしゃべりをしながら注文をしたり食べたりしていた。
 しかし、こちらではまったく知らない人ばかりがたくさん来店しとても忙しい。食事の提供が遅いとすぐに怒られたりもするのだ。注文された食事を机に持って行っている最中に、別のお客さんから注文が入ったりすると、どの席の人から頼まれたものだったのか忘れてしまい、ホールをお皿を持ったままウロウロと彷徨うことになってしまう。
 お会計だって、現金だけでなくカードや電子マネーなど虎太郎が使ったこともない支払方法を言われると手間取ってしまう。今日はレジを打ち間違えてしまい、お客さんに怒られてしまったのだ。半泣き状態になりながらも、なんとか取り消しをして再度会計を済ませたが、正直心が折れそうだった。
 自分のできなさに落ち込みながら家に帰って、このままだとまずいと思いポメラニアンになり公園で走り回っていたときに目の前の男にぶつかったのだ。

 虎太郎が思い描いていた、美味しいものをいっぱい食べて走り回るという大学生活はまったく送れていなかった。逆に、毎日ストレスを感じる生活で、ポメラニアンになって近くの公園まで走っていく頻度は徐々に増えてきている。
 こちらに出てきて半年も経っていないのに、既に実家が恋しく、羊のメーちゃんや牛のモー君に会いたかった。一緒に走り回ってくれる仲間もこちらにはおらず寂しかったのだ。
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