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「できれば洋服を貸していただけるとありがたいのですが……」
「……ああ、待ってろ」

 寝室から出て行った男はしばらくしてスウェットとTシャツ、新品の下着を持ってきて虎太郎に渡した。

「はい」
「ありがとうございます」
「着たらリビングにきて」

 男が寝室を出て行ってから虎太郎は急いで借りた服を身に着けた。見た目で分かってはいたが、やはり大きい。体格差がありすぎるのだ。同じ男として完全に負けている、と少しショックを受けながら、スウェットの裾を数回折り返した。

 寝室を出て長い廊下を歩き、昨日毛を乾かしてもらったリビングまで進む。扉を開けるとソファではなく、ダイニングテーブルのほうに男が座っているのが見えた。

「こっち座れ」

 向かい側の椅子を目線で示され、虎太郎は走って行き勢いよく座る。目の前に座る男は無言でコップを差し出してきた。

「あ、ありがとうございます」

 コップの中には黒い液体が入っていた。とてもいい香りが虎太郎の鼻まで届く。コーヒーだ。匂いからして、とても高級そうなコーヒーだ。虎太郎はそっとコップに口をつけて、少しだけ飲んでみる。

――苦い!

 想像したよりもずっと苦くて、虎太郎は口をゆがめた。コーヒーがこんなに苦い飲み物だったなんて。都会の道行く人はみんなコーヒーを片手に持っているとテレビで言っていたから、美味しいものだと思っていたのに。みんな頑張って苦いものを飲んでいたんだ、と虎太郎が感心していると、「貸せ」と言ってコップが男に奪われた。

「あっ」

 コップを持ったままキッチンへと歩いて行った男は、しばらく経って戻ってきた。片手に持ったコップを虎太郎の前に差し出す。
 コップの中を見てみると、黒かったコーヒーが薄い茶色に変わっている。驚いて目の前の男を見るが、男は黙って自分のコーヒーを飲んでいた。
 恐る恐るその液体を少し飲んだ虎太郎は、驚きに目を見開く。とても美味しくなっているのだ。すこし甘くなり、苦みもそこまで感じない。嬉しくなり、ゴクゴクと音を立てて飲み干した。

「――ふっ」

 顔を上げると、コーヒーを飲むのを止めこちらを見ていた男が目を細めて嘲笑していた。

「このコーヒー、とても美味しくなりましたね!」
「ああ、砂糖と牛乳をたしてカフェオレにしたからな」
「カフェオレ!全然苦くないです」
「いままでコーヒー飲んだことねぇのか?」
「はい。僕、最近田舎からこっちに来たんですけど、向こうではあんまり飲んでいる人はいなくて。都会の人は毎日飲んでるってテレビで言っていたけど、こんなに苦い飲み物だったんですね」

 あの苦い飲み物が砂糖と牛乳を入れてカフェオレにするとこんなに美味しくなるなんて、と虎太郎が感動していると男が色々と質問をしてきた。

「なんで犬になんの?」
「僕はポメガバースの家系なんです」
「は? なに? ポメガバース?」
「はい! 聞いたことないですか? ストレスが溜まったりするとポメラニアンになってしまうんです。自分の意思でなることもできるんですけど……」
「……まじか。ならお前の親も犬になんの?」
「いや、お父さんとお母さんは違います。ひいおじいちゃんはポメラニアンになってたって聞きました」
「へー」
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