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序章 ~灰色の才覚~
episode1 才を求める者
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『__次のニュースです。今日午後15時頃、信号無視の乗用車が交差点に進入し、都内の大学に通う男子学生を撥ねて逃走しました。被害者の学生はその場で死亡が確認されたとのことです。車の運転手は依然、逃亡中であり、警察は目撃者の情報から操作を進めています__』
△
才能とは一体何なのだろうか。
それを持つ者と持たない者とでは何が違うのだろうか。
それは俺の中に昔からある疑問だった。きっと誰しもが一度は思ったことのある疑問。そして成長していく中で、どこかで折り合いをつけて捨ててしまう疑問だ。
人間という生き物は、二種類に大別できると思っている。才能を持っている者とそうでない者だ。
いや、正確には少し違う。誰もが何かの才能を持っているのだ。だけど自分の中の才能が見つからない、あるいは見つけていてもどう活用すればいいのか分からない。それが才能を持っていない者だと俺は思う。
才能がある者とない者。両者を見分けるのは非常に簡単だ。目を見れば一発で分かる。
前者の目はキラキラと希望に満ち溢れて輝いている。今生きているこの世界が、まるで夢が詰まったおもちゃ箱のように、毎日を楽しそうに生きているからだ。
一方後者の目はそうではない。決して死んでいるとかそういうことを言うつもりはないが、前者と比べてどこか迷っているような、孕んでいる不安の比重が大きいのだ。
では何故そんな違いが出る?
才能があると周りにちやほやされるから? たくさんお金を稼げるから?
それらも理由ではあるのだろうけど、きっと核心ではない。
俺が考えるに、それは彼らが自分の存在意義を確立しているからだと思う。
彼らには、「俺はこのために生まれてきたんだ」と鼻高々に言えるような、誇りとなっているものを持っているのだ。それは勉学だったり、スポーツだったり、芸術だったり、音楽だったり、人によって様々。共通しているのは例え命をかけてでもやり通したいと思っていること。
自分は何のために生まれてきたのか、その意義を見つけて、そのために才能という道具をフルに活用している。
存在意義と才能、この二つを見つけることで初めて”才能ある人”、時に天才なんて呼ばれる人間になれるのだと思う。
俺は視線を下ろして、カバンの中に入っている本を見る。
『才能の見つけ方』、『人生の意味』、『自分だけの才能』……等々、何度も擦り切れる程読んだ本達が入っている。所謂自己啓発本と呼ばれるジャンルばかりだ。
才能がある者とない者。俺は前者になりたいのだ。
情報技術が発達したこの時代、前述した”才能ある人”が溢れかえっている。動画サイトを開けば人気の配信者達がキラキラとした笑顔で映っている、テレビをつければ賞を取ってブレイクしたお笑い芸人や大会で活躍して一躍スターになったスポーツ選手がいる、本屋に行けばあらゆる分野でノウハウを獲得した人達が多くの本を出版している、学校へ行けばそんな色々な情報に刺激された同級生達が楽しそうに話している。
すごく羨ましいと思う。俺だって何かを為すために生まれたはずだ。そう思いたい。
このまま自分が何者でもないただの人で終わってしまうのは嫌だ。
そう思って19年生きてきたけど、命をかけてでもやりたいと思えることにはまだ出会えていない。
カバンの中の本達は、確かに俺の才能は見つけてくれた。おかげでこれだと思う自分の中の長所はいくつか固まっていると思う。
だけどその道具を使う目的は、意義というものは教えてくれなかった。こればかりは自分で探して、偶然巡り合うのを待つしかないのだ。
今日の大学の講義が終わったので、家に向かう。
昔から勉強することは得意だった。俺の才能の一つだ。何か気になることがあったら検索するなり本を読むなりして調べる、それがもはやクセになっている。
といってもトップレベルの大学に入れるほど賢いわけではないし、大学の講義も面白いとは思うけど、寝食を惜しんでやりたいと思うほど夢中になっていない。ただ教授の口から放たれる情報を受け取って、言われるがままに化学式を書いたり、細胞の働きを覚えたり、フラスコの中の液体の組成を計算するだけだ。
成績はいい方だと思う。だけど俺が求めているものとは違う。
交差点に着いた時、ちょうど信号が青に変わった。俺は止まることなく横断歩道を渡り始める。
__キキーッ!
「……え?」
左折用の車線に止まっていた白い車の前を通り過ぎた時、直進用の車線の向こう側から赤い車がすごい勢いで突っ込んできた。その走っているコースは完全に俺をセンターラインに捉えている。
車体が俺に触れる直前、時間がゆっくり進んでいるかのように思えた。運転席を見ると、スマホを片手に持ったおっちゃんが慌ててブレーキを踏んでいる。ながらスマホで信号を見てなかったらしい。
__ズガッ!
蹴られたサッカーボールのように俺の身体は宙を舞った。ぐしゃっという鈍い音と共に頭から道路に落ちる。
ジクジクという強い痛みと、温かいものが道路に流れ出ていくのを感じる。朦朧とする意識の中で、赤い車が走り去るのが分かった。あのおっちゃん轢き逃げしていきやがった。
身体から急速に体温が失われる。同時に手足の感覚もなくなってきて動かすことができない。
首を動かすと、俺の周りにはカバンの中から飛び出した本達が散乱していた。結局俺は何も為せずに人生を終えるらしい。
虚しくなる。
もし生まれ変われたら、今度こそ命をかけられる意義を見つけたい。
そう願って、俺はゆっくり目を閉じた。
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