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第三章 幻想世界

第16話 ミラーナイトメア(後編)

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 メイそっくりな少女が黒いオーラにどんどん呑み込まれていく。目が赤く光り、冬夜を睨みつけている。

「落ち着いてくれ! 俺は……」
「うるさい、うるさい、うるさい! ここから出してくれると約束したのに……私の大切な友達を傷つけるなんて許さない! 邪魔しないで!」

 スッと少女が両手を上げ、勢いよく振り下ろすと冬夜に向かい黒いオーラが稲妻のように襲いかかってきた。とっさに防御結界を張り、紙一重で直撃をかわす。

「危なかった……少しでも反応が遅れたら射抜かれていた」
「どうして当たらなかったの……おかしいな、避けるなんて卑怯だよ。安心して、!」

 少女から放たれる黒いオーラがさらに勢いを増す。二人がいる空間が徐々に侵食されていく。

「うそつき、約束したじゃない! 僕がいるから一人じゃない、ずっと一緒だよって言ったのに……もう嫌だ、みんないなくなっちゃえばいい。全部壊れちゃえ! 無くなっちゃえ!!」

 悲痛な叫び声が頭の中で繰り返し響く。目の前の少女から流れ込む負の感情に徐々に心を蝕まれていく。

「俺のせいでなのか? 全ての始まりは九年前? そうか、出会わなければ苦しませることもなかったんだよな。すべて俺が原因なのか」
「すべてあなたのせい。希望なんてどこにもない、期待なんてしちゃいけない。ずっとそう思って一人で過ごしてきた。彼だけなの。彼だけが私をここから連れ出そうとしてくれた。

 力なく立ち尽くす冬夜。瞳からはどんどん光が失われていく。すると、禍々しい薄ら笑いをうかべ、全てを終わらせるために少女が地面をける。一瞬で冬夜の目前まで詰め寄った。

「さようなら、絶望の中で消えて」

 少女の右手から放たれた黒いオーラが冬夜を呑み込む。冬夜は抵抗を止め、目を閉じるとその闇を受け入れた。

(ああ、これですべて終わりなんだな)

 絶望に呑まれていくなかで無意識に制服のポケットに手を入れた。何かが手にあたる。取り出してみると白いリボンのついた袋が握られている。

「これは、メイがくれたお守り……なんて言っていたんだっけ? たしか、身を守る願いを込めた……」

 ハッと絶望にのまれかけていた心に一筋の光が差しこむ。走って追いかけてくれたメイ、たくさんの笑顔、いつも励ましてくれること。次々と甦ってくる想い。

「こんなところで絶望している暇はない! 無事に帰るって約束したじゃないか! 目の前にいるのはメイじゃない、騙されるな!」

 強い決意が心に小さな明かりを灯す。やがて、絶望に染まる瞳に光が満ちていき、全身を纏う黒いオーラがはじけ飛んだ。

「なんで? もう手遅れだったはずなのに……」

 少女は驚きを隠そうとしない。すべてが思惑通りに、順調に進んでいたはずだった。絶望にのまれて戻ってきた人間など今まで一人もいなかった。

「悪いな、こんなところで立ち止まっている時間はないんだ。
「そんなことできるわけがない! 私は、私は……」

 少女がありったけの力を冬夜に向けてぶつけてくる。しかし、冬夜に届くことはなかった。体に触れる直前で光の粒子となり、消えていく。

「来ないで、こっちに来ないで!」

 冬夜は歩き出していた。一歩一歩を踏みしめながら少女へ近づいていく。取り乱した少女の攻撃は当たる端から光に変わっている。やがて少女の元にたどり着くと右手を頭の上に置き、優しく撫でながら語りかける。

「一人で辛かったな、よく頑張ったよ。もう大丈夫だ。一緒にここから出よう」
「……そう、辛かった。でももう大丈夫。冬夜お兄ちゃん、ここでお別れだよ」

 少女の顔に笑顔が宿る。憎しみにあふれていた表情は消え去り、晴れ晴れとした笑顔と流れ落ちる一筋の涙。少女の姿が淡い光を放ちながら薄れていく。

「どうなってるんだよ! 一緒に外に出るって約束しただろう!」
「お兄ちゃんは自分の心の闇に打ち勝ったんだよ。私はそのお手伝いをしただけ。この先に何があっても。

 真っ白な光に包まれ、目を開けていられなくなる。その光を感じなくなり、ゆっくりと目を開けようとした時、軽快な声が聞こえた。

「冬夜さん、お疲れ様っす。見事突破されたみたいですね」
「レイスさん? あれ、女の子はどこに?」
「何を言っているのかわからないっすけど、おめでとうございます。第一の試練修了っす。冬夜さんが受けたのは鏡世界の悪夢ミラーナイトメア。心の奥底に潜む闇を具現化し、己に打ち勝てるかどうかの試練っす。見事に乗り越えました」

 辺りを見渡すと最初に立っていた門の前だった。目の前に見えるのはよく手入れされた庭園とその奥に建つ一軒の屋敷ともいえる建物。ひょうひょうと説明するレイスを横目に、ふと先ほどの少女の顔が思い浮かんだ。はたして自分は本当に少女を救えたのだろうか、最後に見せた笑顔と頬を伝う一筋の涙。だが、その答えは出てこなかった。

「冬夜くんも無事乗り越えたみたいね。レイス、ってことじゃないんでしょ?」

 ハッとあたりを見回すとすぐ隣に言乃花が立っていた。いたるところに擦り傷があるが元気そうだ。

「その通り、第一関門は突破しました。では、第二の試練の前に現当主にご挨拶するっすよ」

 そう言うと奥にたたずむ屋敷に向けて歩き始る。
 これから始まる本当の試練に向かう三人の様子をはるか上空から眺めるに気が付いたものは誰もいなかった。
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