60 / 164
第三章 幻想世界
第7話 近づく幻想世界へ出発の時
しおりを挟む
期末試験が終わり、目前に迫る夏休みに心踊らせている生徒たちでにぎわう大食堂。楽しそうな声が響く中、壁際のテーブルで突っ伏して真っ白に燃え尽きている冬夜の姿があった。
「終わった……すべて終わったんだ。俺はやり切った!」
「冬夜くん、お疲れ様です。こちらにお茶を置いておきますね」
「ありがとう。ソフィーの優しさが心に染み渡るよ」
冬夜の様子を心配したソフィーが冷たいお茶を運んで来た。コップを口元で傾けると心地よい冷たさが乾いた喉を潤していく。
「全く……普段からちゃんと勉強していればこんなに苦労することなんてなかったのよ。少しはメイちゃんを見習いなさい!」
「うっ、それを言われると返す言葉もない……」
ホッとしたのもつかの間、リーゼから耳の痛い一言が飛んでくる。テスト期間中もほぼ毎日放課後に生徒会室で冬夜のために特別講義を開いてくれた。講義にはメイとソフィーも参加していたため、気合の入り方が数段違っていたのは言うまでもなく。
「平均点以上は取れたのでしょう?」
「ああ、メイには敵わないけれど、魔法科目を含めた総合順位は予想以上だったよ。言乃花もありがとう」
メイの成績は圧巻だった。全教科でほぼ満点、文句なしの学年トップだ。ソフィーの話では、毎日夜遅くまで勉強していて机で寝てしまうこともしばしばあったらしい。そんなことを話していたら、メイが食事を持って戻ってきた。
「何の話をしていたの?」
「ああ、メイが頑張り屋さんだって話だよ」
「そんなことはないよ! いろんなことを知れるのが面白くてつい夜更かししちゃって。いつもソフィーに怒られているから」
「ほんとメイはすごいよ。俺も頑張らなきゃな」
「お互いに健闘をたたえ合うのは素晴らしいことだけど、そろそろ本題に入りたいの、いいかしら? 冬夜君も早くお昼ご飯を取ってきなさいよ」
少し呆れた様子でリーゼが話に割って入る。慌てて昼食を取りに行き、冬夜が席に着いたところでこれからの予定を話し始める。
「期末テストも終わり、明後日から幻想世界へ行きます。集合場所は学園の裏門に朝九時。荷物は最低限の着替えと学生証を持ってきてください。森を抜けると迎えの人が来ているので合流して目的地に向かいます」
「質問いいか? 学園長の話ではある施設に向かうと言っていたが、具体的にはどんな施設なんだ?」
「そのことね。詳しくは現地で説明をするけど、ちょっとした研究所よ」
ちょっとしたという言葉に引っかかりを覚える。どんな研究をしているのか聞こうとしたところで、対面に座る言乃花が小さく横に首を振る。そして、一筋の風が通り抜けると同時に囁くような声が耳に入る。
「ここで聞かれても答えられないの。詳しくは現地でね」
大食堂で他の生徒たちがいる前では話せないことらしい。その後も淡々と説明が続いた。待ち合わせの場所には霧の森を抜ける必要があり、少し長い距離を歩くこと。幻想世界と言っても基本的には現実世界と変わらないということ。研究所の方が迎えに来てくれるが、少々抜けているところがあるので少し心配ということだった。
「幻想世界って魔法が生活の中にあるんだろ? ゲームのようなモンスターがいるんじゃないのか?」
「はぁ……あのね、どこの世界の話をしているのよ? そんなことあるわけないでしょ!」
「魔法のある世界って言ったら冒険者という職業があるんじゃないのか……」
「だからどこの世界よ! 漫画の読みすぎじゃないの? そんな世界だったら芹澤が黙っているわけないでしょ?」
「たしかに……真っ先に突っ走りそうだな」
妙に納得させられる一言だった。散々実験室を爆発させて、妖精たちを前にして『サンプルがたくさんいるぞ!』と立ち回るような人が大人しくしているとは考えられない。
そんな世界があるならばあの人は二度と学園に帰ってこない未来が容易に想像できた。
「納得できた? 明後日から慣れない世界での生活が始まるわけだから早めに準備してじっくり身体を休めておいてね。あと、寝坊はしないでね?」
ニッコリとしたいい笑顔で話すリーゼから無言の圧力がかかる。心当たりがありすぎる冬夜から冷や汗が滝のように流れる。
「ハイ。ジカンゲンシュデコウドウイタシマス」
突然片言で話す様子に不思議そうなメイとソフィー。対象的に笑いを押し殺している言乃花。こうして楽しいランチタイムは過ぎていった……
いよいよ出発の日の朝を迎えた。裏門に全員が揃い、学園長が見送りに来ている。
「みんな揃ったわね」
「全員いるっすよ。自分は半分寝ぼけているので早く昼寝がしたいっす」
「いよいよ私の研究成果をご報告に行ける良き日だ! 世紀の瞬間に立ち会えるとは光栄だな」
「副会長、うるさいわよ。変なことを言っていると、わかっていますよね?」
「言乃花くん、冗談に決まっているだろう……」
いつものやり取りを見て冬夜はホッとする。
「では、気を付けていってきてくれ。施設の方に話は通してあるから、現地では彼らの指示に従うようにね。じゃあ、後は頼んだよ、リーゼ君」
「わかりました。そろそろ出発するわよ」
「しーちゃんとうさみちゃんにお土産を買ってくるんだ。かわいいのがあるといいな」
「そうだね。きっと喜んでくれるよ! どんなところなのか楽しみだね」
「もうひとつの世界か……」
それぞれの想いを胸に裏門から出て、森の中へ足を踏み入れる。
『幻想世界』へ向け、一行は進み始めた。
「終わった……すべて終わったんだ。俺はやり切った!」
「冬夜くん、お疲れ様です。こちらにお茶を置いておきますね」
「ありがとう。ソフィーの優しさが心に染み渡るよ」
冬夜の様子を心配したソフィーが冷たいお茶を運んで来た。コップを口元で傾けると心地よい冷たさが乾いた喉を潤していく。
「全く……普段からちゃんと勉強していればこんなに苦労することなんてなかったのよ。少しはメイちゃんを見習いなさい!」
「うっ、それを言われると返す言葉もない……」
ホッとしたのもつかの間、リーゼから耳の痛い一言が飛んでくる。テスト期間中もほぼ毎日放課後に生徒会室で冬夜のために特別講義を開いてくれた。講義にはメイとソフィーも参加していたため、気合の入り方が数段違っていたのは言うまでもなく。
「平均点以上は取れたのでしょう?」
「ああ、メイには敵わないけれど、魔法科目を含めた総合順位は予想以上だったよ。言乃花もありがとう」
メイの成績は圧巻だった。全教科でほぼ満点、文句なしの学年トップだ。ソフィーの話では、毎日夜遅くまで勉強していて机で寝てしまうこともしばしばあったらしい。そんなことを話していたら、メイが食事を持って戻ってきた。
「何の話をしていたの?」
「ああ、メイが頑張り屋さんだって話だよ」
「そんなことはないよ! いろんなことを知れるのが面白くてつい夜更かししちゃって。いつもソフィーに怒られているから」
「ほんとメイはすごいよ。俺も頑張らなきゃな」
「お互いに健闘をたたえ合うのは素晴らしいことだけど、そろそろ本題に入りたいの、いいかしら? 冬夜君も早くお昼ご飯を取ってきなさいよ」
少し呆れた様子でリーゼが話に割って入る。慌てて昼食を取りに行き、冬夜が席に着いたところでこれからの予定を話し始める。
「期末テストも終わり、明後日から幻想世界へ行きます。集合場所は学園の裏門に朝九時。荷物は最低限の着替えと学生証を持ってきてください。森を抜けると迎えの人が来ているので合流して目的地に向かいます」
「質問いいか? 学園長の話ではある施設に向かうと言っていたが、具体的にはどんな施設なんだ?」
「そのことね。詳しくは現地で説明をするけど、ちょっとした研究所よ」
ちょっとしたという言葉に引っかかりを覚える。どんな研究をしているのか聞こうとしたところで、対面に座る言乃花が小さく横に首を振る。そして、一筋の風が通り抜けると同時に囁くような声が耳に入る。
「ここで聞かれても答えられないの。詳しくは現地でね」
大食堂で他の生徒たちがいる前では話せないことらしい。その後も淡々と説明が続いた。待ち合わせの場所には霧の森を抜ける必要があり、少し長い距離を歩くこと。幻想世界と言っても基本的には現実世界と変わらないということ。研究所の方が迎えに来てくれるが、少々抜けているところがあるので少し心配ということだった。
「幻想世界って魔法が生活の中にあるんだろ? ゲームのようなモンスターがいるんじゃないのか?」
「はぁ……あのね、どこの世界の話をしているのよ? そんなことあるわけないでしょ!」
「魔法のある世界って言ったら冒険者という職業があるんじゃないのか……」
「だからどこの世界よ! 漫画の読みすぎじゃないの? そんな世界だったら芹澤が黙っているわけないでしょ?」
「たしかに……真っ先に突っ走りそうだな」
妙に納得させられる一言だった。散々実験室を爆発させて、妖精たちを前にして『サンプルがたくさんいるぞ!』と立ち回るような人が大人しくしているとは考えられない。
そんな世界があるならばあの人は二度と学園に帰ってこない未来が容易に想像できた。
「納得できた? 明後日から慣れない世界での生活が始まるわけだから早めに準備してじっくり身体を休めておいてね。あと、寝坊はしないでね?」
ニッコリとしたいい笑顔で話すリーゼから無言の圧力がかかる。心当たりがありすぎる冬夜から冷や汗が滝のように流れる。
「ハイ。ジカンゲンシュデコウドウイタシマス」
突然片言で話す様子に不思議そうなメイとソフィー。対象的に笑いを押し殺している言乃花。こうして楽しいランチタイムは過ぎていった……
いよいよ出発の日の朝を迎えた。裏門に全員が揃い、学園長が見送りに来ている。
「みんな揃ったわね」
「全員いるっすよ。自分は半分寝ぼけているので早く昼寝がしたいっす」
「いよいよ私の研究成果をご報告に行ける良き日だ! 世紀の瞬間に立ち会えるとは光栄だな」
「副会長、うるさいわよ。変なことを言っていると、わかっていますよね?」
「言乃花くん、冗談に決まっているだろう……」
いつものやり取りを見て冬夜はホッとする。
「では、気を付けていってきてくれ。施設の方に話は通してあるから、現地では彼らの指示に従うようにね。じゃあ、後は頼んだよ、リーゼ君」
「わかりました。そろそろ出発するわよ」
「しーちゃんとうさみちゃんにお土産を買ってくるんだ。かわいいのがあるといいな」
「そうだね。きっと喜んでくれるよ! どんなところなのか楽しみだね」
「もうひとつの世界か……」
それぞれの想いを胸に裏門から出て、森の中へ足を踏み入れる。
『幻想世界』へ向け、一行は進み始めた。
2
お気に入りに追加
36
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
都市伝説と呼ばれて
松虫大
ファンタジー
アルテミラ王国の辺境カモフの地方都市サザン。
この街では十年程前からある人物の噂が囁かれていた。
曰く『領主様に隠し子がいるらしい』
曰く『領主様が密かに匿い、人知れず塩坑の奥で育てている子供がいるそうだ』
曰く『かつて暗殺された子供が、夜な夜な復習するため街を徘徊しているらしい』
曰く『路地裏や屋根裏から覗く目が、言うことを聞かない子供をさらっていく』
曰く『領主様の隠し子が、フォレスの姫様を救ったそうだ』等々・・・・
眉唾な噂が大半であったが、娯楽の少ない土地柄だけにその噂は尾鰭を付けて広く広まっていた。
しかし、その子供の姿を実際に見た者は誰もおらず、その存在を信じる者はほとんどいなかった。
いつしかその少年はこの街の都市伝説のひとつとなっていた。
ある年、サザンの春の市に現れた金髪の少年は、街の暴れん坊ユーリに目を付けられる。
この二人の出会いをきっかけに都市伝説と呼ばれた少年が、本当の伝説へと駆け上っていく異世界戦記。
小説家になろう、カクヨムでも公開してましたが、この度アルファポリスでも公開することにしました。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
【完結】おじいちゃんは元勇者
三園 七詩
ファンタジー
元勇者のおじいさんに拾われた子供の話…
親に捨てられ、周りからも見放され生きる事をあきらめた子供の前に国から追放された元勇者のおじいさんが現れる。
エイトを息子のように可愛がり…いつしか子供は強くなり過ぎてしまっていた…
髪の色は愛の証 〜白髪少年愛される〜
あめ
ファンタジー
髪の色がとてもカラフルな世界。
そんな世界に唯一現れた白髪の少年。
その少年とは神様に転生させられた日本人だった。
その少年が“髪の色=愛の証”とされる世界で愛を知らぬ者として、可愛がられ愛される話。
⚠第1章の主人公は、2歳なのでめっちゃ拙い発音です。滑舌死んでます。
⚠愛されるだけではなく、ちょっと可哀想なお話もあります。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
愚者による愚行と愚策の結果……《完結》
アーエル
ファンタジー
その愚者は無知だった。
それが転落の始まり……ではなかった。
本当の愚者は誰だったのか。
誰を相手にしていたのか。
後悔は……してもし足りない。
全13話
☆他社でも公開します
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
問い・その極悪令嬢は本当に有罪だったのか。
風和ふわ
ファンタジー
三日前、とある女子生徒が通称「極悪令嬢」のアース・クリスタに毒殺されようとした。
噂によると、極悪令嬢アースはその女生徒の美貌と才能を妬んで毒殺を企んだらしい。
そこで、極悪令嬢を退学させるか否か、生徒会で決定することになった。
生徒会のほぼ全員が極悪令嬢の有罪を疑わなかった。しかし──
「ちょっといいかな。これらの証拠にはどれも矛盾があるように見えるんだけど」
一人だけ。生徒会長のウラヌスだけが、そう主張した。
そこで生徒会は改めて証拠を見直し、今回の毒殺事件についてウラヌスを中心として話し合っていく──。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
ド田舎からやってきた少年、初めての大都会で無双する~今まで遊び場にしていたダンジョンは、攻略不可能の規格外ダンジョンだったみたい〜
むらくも航
ファンタジー
ド田舎の村で育った『エアル』は、この日旅立つ。
幼少の頃、おじいちゃんから聞いた話に憧れ、大都会で立派な『探索者』になりたいと思ったからだ。
そんなエアルがこれまでにしてきたことは、たった一つ。
故郷にあるダンジョンで体を動かしてきたことだ。
自然と共に生き、魔物たちとも触れ合ってきた。
だが、エアルは知らない。
ただの“遊び場”と化していたダンジョンは、攻略不可能のSSSランクであることを。
遊び相手たちは、全て最低でもAランクオーバーの凶暴な魔物たちであることを。
これは、故郷のダンジョンで力をつけすぎた少年エアルが、大都会で無自覚に無双し、羽ばたいていく物語──。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる