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第三章 幻想世界
第7話 近づく幻想世界へ出発の時
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期末試験が終わり、目前に迫る夏休みに心踊らせている生徒たちでにぎわう大食堂。楽しそうな声が響く中、壁際のテーブルで突っ伏して真っ白に燃え尽きている冬夜の姿があった。
「終わった……すべて終わったんだ。俺はやり切った!」
「冬夜くん、お疲れ様です。こちらにお茶を置いておきますね」
「ありがとう。ソフィーの優しさが心に染み渡るよ」
冬夜の様子を心配したソフィーが冷たいお茶を運んで来た。コップを口元で傾けると心地よい冷たさが乾いた喉を潤していく。
「全く……普段からちゃんと勉強していればこんなに苦労することなんてなかったのよ。少しはメイちゃんを見習いなさい!」
「うっ、それを言われると返す言葉もない……」
ホッとしたのもつかの間、リーゼから耳の痛い一言が飛んでくる。テスト期間中もほぼ毎日放課後に生徒会室で冬夜のために特別講義を開いてくれた。講義にはメイとソフィーも参加していたため、気合の入り方が数段違っていたのは言うまでもなく。
「平均点以上は取れたのでしょう?」
「ああ、メイには敵わないけれど、魔法科目を含めた総合順位は予想以上だったよ。言乃花もありがとう」
メイの成績は圧巻だった。全教科でほぼ満点、文句なしの学年トップだ。ソフィーの話では、毎日夜遅くまで勉強していて机で寝てしまうこともしばしばあったらしい。そんなことを話していたら、メイが食事を持って戻ってきた。
「何の話をしていたの?」
「ああ、メイが頑張り屋さんだって話だよ」
「そんなことはないよ! いろんなことを知れるのが面白くてつい夜更かししちゃって。いつもソフィーに怒られているから」
「ほんとメイはすごいよ。俺も頑張らなきゃな」
「お互いに健闘をたたえ合うのは素晴らしいことだけど、そろそろ本題に入りたいの、いいかしら? 冬夜君も早くお昼ご飯を取ってきなさいよ」
少し呆れた様子でリーゼが話に割って入る。慌てて昼食を取りに行き、冬夜が席に着いたところでこれからの予定を話し始める。
「期末テストも終わり、明後日から幻想世界へ行きます。集合場所は学園の裏門に朝九時。荷物は最低限の着替えと学生証を持ってきてください。森を抜けると迎えの人が来ているので合流して目的地に向かいます」
「質問いいか? 学園長の話ではある施設に向かうと言っていたが、具体的にはどんな施設なんだ?」
「そのことね。詳しくは現地で説明をするけど、ちょっとした研究所よ」
ちょっとしたという言葉に引っかかりを覚える。どんな研究をしているのか聞こうとしたところで、対面に座る言乃花が小さく横に首を振る。そして、一筋の風が通り抜けると同時に囁くような声が耳に入る。
「ここで聞かれても答えられないの。詳しくは現地でね」
大食堂で他の生徒たちがいる前では話せないことらしい。その後も淡々と説明が続いた。待ち合わせの場所には霧の森を抜ける必要があり、少し長い距離を歩くこと。幻想世界と言っても基本的には現実世界と変わらないということ。研究所の方が迎えに来てくれるが、少々抜けているところがあるので少し心配ということだった。
「幻想世界って魔法が生活の中にあるんだろ? ゲームのようなモンスターがいるんじゃないのか?」
「はぁ……あのね、どこの世界の話をしているのよ? そんなことあるわけないでしょ!」
「魔法のある世界って言ったら冒険者という職業があるんじゃないのか……」
「だからどこの世界よ! 漫画の読みすぎじゃないの? そんな世界だったら芹澤が黙っているわけないでしょ?」
「たしかに……真っ先に突っ走りそうだな」
妙に納得させられる一言だった。散々実験室を爆発させて、妖精たちを前にして『サンプルがたくさんいるぞ!』と立ち回るような人が大人しくしているとは考えられない。
そんな世界があるならばあの人は二度と学園に帰ってこない未来が容易に想像できた。
「納得できた? 明後日から慣れない世界での生活が始まるわけだから早めに準備してじっくり身体を休めておいてね。あと、寝坊はしないでね?」
ニッコリとしたいい笑顔で話すリーゼから無言の圧力がかかる。心当たりがありすぎる冬夜から冷や汗が滝のように流れる。
「ハイ。ジカンゲンシュデコウドウイタシマス」
突然片言で話す様子に不思議そうなメイとソフィー。対象的に笑いを押し殺している言乃花。こうして楽しいランチタイムは過ぎていった……
いよいよ出発の日の朝を迎えた。裏門に全員が揃い、学園長が見送りに来ている。
「みんな揃ったわね」
「全員いるっすよ。自分は半分寝ぼけているので早く昼寝がしたいっす」
「いよいよ私の研究成果をご報告に行ける良き日だ! 世紀の瞬間に立ち会えるとは光栄だな」
「副会長、うるさいわよ。変なことを言っていると、わかっていますよね?」
「言乃花くん、冗談に決まっているだろう……」
いつものやり取りを見て冬夜はホッとする。
「では、気を付けていってきてくれ。施設の方に話は通してあるから、現地では彼らの指示に従うようにね。じゃあ、後は頼んだよ、リーゼ君」
「わかりました。そろそろ出発するわよ」
「しーちゃんとうさみちゃんにお土産を買ってくるんだ。かわいいのがあるといいな」
「そうだね。きっと喜んでくれるよ! どんなところなのか楽しみだね」
「もうひとつの世界か……」
それぞれの想いを胸に裏門から出て、森の中へ足を踏み入れる。
『幻想世界』へ向け、一行は進み始めた。
「終わった……すべて終わったんだ。俺はやり切った!」
「冬夜くん、お疲れ様です。こちらにお茶を置いておきますね」
「ありがとう。ソフィーの優しさが心に染み渡るよ」
冬夜の様子を心配したソフィーが冷たいお茶を運んで来た。コップを口元で傾けると心地よい冷たさが乾いた喉を潤していく。
「全く……普段からちゃんと勉強していればこんなに苦労することなんてなかったのよ。少しはメイちゃんを見習いなさい!」
「うっ、それを言われると返す言葉もない……」
ホッとしたのもつかの間、リーゼから耳の痛い一言が飛んでくる。テスト期間中もほぼ毎日放課後に生徒会室で冬夜のために特別講義を開いてくれた。講義にはメイとソフィーも参加していたため、気合の入り方が数段違っていたのは言うまでもなく。
「平均点以上は取れたのでしょう?」
「ああ、メイには敵わないけれど、魔法科目を含めた総合順位は予想以上だったよ。言乃花もありがとう」
メイの成績は圧巻だった。全教科でほぼ満点、文句なしの学年トップだ。ソフィーの話では、毎日夜遅くまで勉強していて机で寝てしまうこともしばしばあったらしい。そんなことを話していたら、メイが食事を持って戻ってきた。
「何の話をしていたの?」
「ああ、メイが頑張り屋さんだって話だよ」
「そんなことはないよ! いろんなことを知れるのが面白くてつい夜更かししちゃって。いつもソフィーに怒られているから」
「ほんとメイはすごいよ。俺も頑張らなきゃな」
「お互いに健闘をたたえ合うのは素晴らしいことだけど、そろそろ本題に入りたいの、いいかしら? 冬夜君も早くお昼ご飯を取ってきなさいよ」
少し呆れた様子でリーゼが話に割って入る。慌てて昼食を取りに行き、冬夜が席に着いたところでこれからの予定を話し始める。
「期末テストも終わり、明後日から幻想世界へ行きます。集合場所は学園の裏門に朝九時。荷物は最低限の着替えと学生証を持ってきてください。森を抜けると迎えの人が来ているので合流して目的地に向かいます」
「質問いいか? 学園長の話ではある施設に向かうと言っていたが、具体的にはどんな施設なんだ?」
「そのことね。詳しくは現地で説明をするけど、ちょっとした研究所よ」
ちょっとしたという言葉に引っかかりを覚える。どんな研究をしているのか聞こうとしたところで、対面に座る言乃花が小さく横に首を振る。そして、一筋の風が通り抜けると同時に囁くような声が耳に入る。
「ここで聞かれても答えられないの。詳しくは現地でね」
大食堂で他の生徒たちがいる前では話せないことらしい。その後も淡々と説明が続いた。待ち合わせの場所には霧の森を抜ける必要があり、少し長い距離を歩くこと。幻想世界と言っても基本的には現実世界と変わらないということ。研究所の方が迎えに来てくれるが、少々抜けているところがあるので少し心配ということだった。
「幻想世界って魔法が生活の中にあるんだろ? ゲームのようなモンスターがいるんじゃないのか?」
「はぁ……あのね、どこの世界の話をしているのよ? そんなことあるわけないでしょ!」
「魔法のある世界って言ったら冒険者という職業があるんじゃないのか……」
「だからどこの世界よ! 漫画の読みすぎじゃないの? そんな世界だったら芹澤が黙っているわけないでしょ?」
「たしかに……真っ先に突っ走りそうだな」
妙に納得させられる一言だった。散々実験室を爆発させて、妖精たちを前にして『サンプルがたくさんいるぞ!』と立ち回るような人が大人しくしているとは考えられない。
そんな世界があるならばあの人は二度と学園に帰ってこない未来が容易に想像できた。
「納得できた? 明後日から慣れない世界での生活が始まるわけだから早めに準備してじっくり身体を休めておいてね。あと、寝坊はしないでね?」
ニッコリとしたいい笑顔で話すリーゼから無言の圧力がかかる。心当たりがありすぎる冬夜から冷や汗が滝のように流れる。
「ハイ。ジカンゲンシュデコウドウイタシマス」
突然片言で話す様子に不思議そうなメイとソフィー。対象的に笑いを押し殺している言乃花。こうして楽しいランチタイムは過ぎていった……
いよいよ出発の日の朝を迎えた。裏門に全員が揃い、学園長が見送りに来ている。
「みんな揃ったわね」
「全員いるっすよ。自分は半分寝ぼけているので早く昼寝がしたいっす」
「いよいよ私の研究成果をご報告に行ける良き日だ! 世紀の瞬間に立ち会えるとは光栄だな」
「副会長、うるさいわよ。変なことを言っていると、わかっていますよね?」
「言乃花くん、冗談に決まっているだろう……」
いつものやり取りを見て冬夜はホッとする。
「では、気を付けていってきてくれ。施設の方に話は通してあるから、現地では彼らの指示に従うようにね。じゃあ、後は頼んだよ、リーゼ君」
「わかりました。そろそろ出発するわよ」
「しーちゃんとうさみちゃんにお土産を買ってくるんだ。かわいいのがあるといいな」
「そうだね。きっと喜んでくれるよ! どんなところなのか楽しみだね」
「もうひとつの世界か……」
それぞれの想いを胸に裏門から出て、森の中へ足を踏み入れる。
『幻想世界』へ向け、一行は進み始めた。
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