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第一章 終わる世界
第三の道
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(何だ? これは)
第三王子は、顔に絡みついた絹のような糸を、邪魔そうに振り払った。
それは、ただの糸。
蓮の繊維で作った糸。
攻撃力は欠片もない代わりに、ひたすら顔に絡みつく、鬱陶しい糸。
(こんなもの!)
第三王子は、それを振り払った。
振り払った拍子にバラバラになった蓮の茎。そこから編み出されるロータスシルク。
再び顔に絡みつく繊維。
(ええいっ! キリがない!)
ギャリッ!
第三王子の腕から放たれたすさまじい衝撃波が、彼の周りのロータスシルクを吹き飛ばした。
そして。
彼はロータスシルクに気を取られている間に、完全に私を見失った。
(どこだ?)
周りを見回す第三王子。
(そこかっ!?)
いきなり頭上に腕を振り上げた。
凄まじい音と共に彼の腕から大量の泥水が吹き出した。
水柱だ。
天と地をつなぐ形で、太い泥の柱が生まれた。
柱の根元はオークランドの街を完全に覆った泥水から生えている。
上空に伸びた柱はどこまでも伸びて、その先はまるで見えない。
(ぐぬぬぬぬぬっ!)
第三王子の身体の周り、少しのスペースを残して全てが轟々と音を立てる泥水に覆われた。
何?
何をする気?
どおんっ!
一瞬で、泥水の柱が周りに広がった。
いや、「広がる」なんて生易しいものじゃない。
多分、音速に近いスピードで泥の柱が広がった。
泥の海と化したオークランドの水面に、かろうじて浮かんでいた人々は皆、音速の泥の柱に跳ね飛ばされて消えていった。
むごい。
何でだろう。
何でこの人は、人間の命をこんなに簡単に奪えるんだろう。
本気で「害虫」と考えてるの?
腹が立つと言うより、悲しい。
一生懸命生きている地球人を、顔色一つ変えずに虐殺する第三王子に対して。
その第三王子の暴虐に対して、何一つ止める手段を持たない自分の弱さに対して。
第三王子と、戦う?
第三王子から、逃げる?
私は、どちらも選ばなかった。
選ばない代わりに、他の方法を見つけた。
第三の道、それは、かくれんぼ。
私はあの時、一旦仮想空間を構築して第三王子の攻撃を避けた。
第三王子には、私が逃げたように見えたはず。
仮想空間にありったけの白蓮を作り、自動的に第三王子を攻撃するようにプログラムした。
私の仮想空間が第三王子の仮想空間に上書きされた結果、私の白蓮は王子の泥水から無尽蔵のパワーを得た。
そう。
私の花は、第三王子の能力と相性が良い。
しかも、第三王子はそれに気づいていない。
どんな強力な衝撃波を放たれても切り裂かれても、それをエネルギーにいくらでも修復して増殖できる。
そして駄目押しのロータスシルクで王子の視界を奪った結果、彼は完全に私を見失った。
(どこだあっ!)
私は、実は彼のすぐ後ろにいた。
手持ち武器の野球バットを、お尻につくぐらいまで振りかぶって。
いつでも彼の頭を攻撃できる体勢で。
なのに、悲しい。
私は、今はっきり分かってしまったから。
自分の望みを理解してしまったから。
ケダモノを殺したくない。
あの、シカゴの惨劇。
私には花乙女の力があったのに、私の大事な人を誰も守れなかった。
あの時強烈に感じたのは「みんなを守りたい」という気持ちだ。
「ケダモノを殺したい」じゃない。
それでも、ケダモノを倒さないとみんなを守れないことは分かっているから、学校に入った。
いまだに落ちこぼれだけど、他の花乙女と一緒に訓練を受けた。
なのに、フアニータたちが何のためらいもなくケダモノを殺すのを見て、違和感しか感じない。
オークランドを壊滅させた、人類の敵のはずの第三王子を目の前にしても私は、彼を殺したくない。
敵意すら湧かない。
あのとき、私にはわかっていた。
第三王子は自分の真っ白なスーツを汚さないため、いつも武器の泥水を身体から離して発生させる。
だから彼の身体の、すぐそばは絶対に安全。
で、私は一体何をどうしたいんだろう。
こうやって野球バットを構えたまま、何をしたいんだろう。
「第三王子!」
私の声に彼は一瞬びくっと反応し、ゆっくりこっちを振り向いた。
第三王子は、顔に絡みついた絹のような糸を、邪魔そうに振り払った。
それは、ただの糸。
蓮の繊維で作った糸。
攻撃力は欠片もない代わりに、ひたすら顔に絡みつく、鬱陶しい糸。
(こんなもの!)
第三王子は、それを振り払った。
振り払った拍子にバラバラになった蓮の茎。そこから編み出されるロータスシルク。
再び顔に絡みつく繊維。
(ええいっ! キリがない!)
ギャリッ!
第三王子の腕から放たれたすさまじい衝撃波が、彼の周りのロータスシルクを吹き飛ばした。
そして。
彼はロータスシルクに気を取られている間に、完全に私を見失った。
(どこだ?)
周りを見回す第三王子。
(そこかっ!?)
いきなり頭上に腕を振り上げた。
凄まじい音と共に彼の腕から大量の泥水が吹き出した。
水柱だ。
天と地をつなぐ形で、太い泥の柱が生まれた。
柱の根元はオークランドの街を完全に覆った泥水から生えている。
上空に伸びた柱はどこまでも伸びて、その先はまるで見えない。
(ぐぬぬぬぬぬっ!)
第三王子の身体の周り、少しのスペースを残して全てが轟々と音を立てる泥水に覆われた。
何?
何をする気?
どおんっ!
一瞬で、泥水の柱が周りに広がった。
いや、「広がる」なんて生易しいものじゃない。
多分、音速に近いスピードで泥の柱が広がった。
泥の海と化したオークランドの水面に、かろうじて浮かんでいた人々は皆、音速の泥の柱に跳ね飛ばされて消えていった。
むごい。
何でだろう。
何でこの人は、人間の命をこんなに簡単に奪えるんだろう。
本気で「害虫」と考えてるの?
腹が立つと言うより、悲しい。
一生懸命生きている地球人を、顔色一つ変えずに虐殺する第三王子に対して。
その第三王子の暴虐に対して、何一つ止める手段を持たない自分の弱さに対して。
第三王子と、戦う?
第三王子から、逃げる?
私は、どちらも選ばなかった。
選ばない代わりに、他の方法を見つけた。
第三の道、それは、かくれんぼ。
私はあの時、一旦仮想空間を構築して第三王子の攻撃を避けた。
第三王子には、私が逃げたように見えたはず。
仮想空間にありったけの白蓮を作り、自動的に第三王子を攻撃するようにプログラムした。
私の仮想空間が第三王子の仮想空間に上書きされた結果、私の白蓮は王子の泥水から無尽蔵のパワーを得た。
そう。
私の花は、第三王子の能力と相性が良い。
しかも、第三王子はそれに気づいていない。
どんな強力な衝撃波を放たれても切り裂かれても、それをエネルギーにいくらでも修復して増殖できる。
そして駄目押しのロータスシルクで王子の視界を奪った結果、彼は完全に私を見失った。
(どこだあっ!)
私は、実は彼のすぐ後ろにいた。
手持ち武器の野球バットを、お尻につくぐらいまで振りかぶって。
いつでも彼の頭を攻撃できる体勢で。
なのに、悲しい。
私は、今はっきり分かってしまったから。
自分の望みを理解してしまったから。
ケダモノを殺したくない。
あの、シカゴの惨劇。
私には花乙女の力があったのに、私の大事な人を誰も守れなかった。
あの時強烈に感じたのは「みんなを守りたい」という気持ちだ。
「ケダモノを殺したい」じゃない。
それでも、ケダモノを倒さないとみんなを守れないことは分かっているから、学校に入った。
いまだに落ちこぼれだけど、他の花乙女と一緒に訓練を受けた。
なのに、フアニータたちが何のためらいもなくケダモノを殺すのを見て、違和感しか感じない。
オークランドを壊滅させた、人類の敵のはずの第三王子を目の前にしても私は、彼を殺したくない。
敵意すら湧かない。
あのとき、私にはわかっていた。
第三王子は自分の真っ白なスーツを汚さないため、いつも武器の泥水を身体から離して発生させる。
だから彼の身体の、すぐそばは絶対に安全。
で、私は一体何をどうしたいんだろう。
こうやって野球バットを構えたまま、何をしたいんだろう。
「第三王子!」
私の声に彼は一瞬びくっと反応し、ゆっくりこっちを振り向いた。
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