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龍癒庵

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  キンカモミジと私はリンちゃんに示された龍癒庵を目指していた。普通の人間は入れない為か、すれ違う人はほとんど居ない。大体が龍姫が来た時の為に整備作業をしている人達だった。

「にゃはは、まさか温泉入る前に登山とはね。しかも結構キツイしーーー 」

「そう ? 私はずっと山の中で暮らしてたから、あまりキツイとは思わないけど」

「にゃはは、あっ ! やっと出て来たよ、温泉」

  前方に龍癒庵と書かれた看板が出てくると、その横に龍姫のみ入浴可能と書かれている。さらに注意書きとし、龍姫以外が入浴した場合は命の保証はしませんと書かれている為より物騒に感じる。

「これ、入って大丈夫なのよね ?」

「にゃはは、水星が言ったんだから間違いなく大丈夫のはずーーー 」

 龍癒庵の中へ入ると簡易ながらも脱衣所があり、龍姫しか入れない為か女性用の設備が充実している。湯船を見に行くと、全体的に透き通っているのだが、如何せん温泉自体の見た目が不気味すぎる。

 お湯の色が紫色の上、煮立っている訳では無いがプクプクと泡が湧き出しているのである。毒ガスではなく、水中に溶け出せない微量の覇気が湧き出していると説明書きに書かれている。
  ちなみに後から知った事だが、この龍癒庵は初代龍姫が見つけ出し改良を重ねたらしい。管理は宮廷に移され、ここの修繕等は龍姫皇帝の公務として継承されている。

  脱衣所の中へ入ると、隅々まで手入れが行き届いていた。さらに最終チェックを兼ねて、術が掛けられた姿見に龍紋を見せて入浴可能となる。左手の甲を見せると、白龍の龍紋と姿見が共鳴しチェック終了となった。次にキンカモミジの番になったのだが、唐突に着ていた修練着を脱ぎ始めたのである。

「いやいや、何してるのよ !?」

「何って、龍紋を見せようとーーー 。シラユリは良いよね、直ぐに出せるトコロにあって」

  キンカモミジの龍紋は臀部でんぶにあるらしく、必要な時に出すのが大変なうえ恥ずかしいとの事。

「にゃはは、流石に今回は温泉で助かったよ~」

 彼女に続き、私も衣服を脱ぎ浴場へと向かう。浴場へ入ろうとした時、脱衣所の脇に簡易サウナが設置されている事に気づく。キンカモミジは無類のサウナ好きらしく、吸い込まれるようにサウナへと消えていった。

  先に入っててとの事の為、浴場に入ると硫黄の匂いと共に件の温泉が現われる。身体を流し、意を決して紫色のお湯へと入る。少しヌメヌメしているがサラッとしたお湯で、温度も丁度よく芯から疲れが癒されていく気がする。


  温泉に浸かってしばらくして、私以外にもう一人の気配がある事に気付く。互いに気配を察知し、その方向を向くと見知った顔と対峙する。

「白龍の龍姫 !?」

「クロツツジ !!」

  互いに息を併せたかのように覇龍化し、覇気を手に凝縮する。白龍爪と黒龍爪がぶつかり合いそうになった瞬間、飛び出して来たキンカモミジにより放たれる前に動きを封じられる。

「たんまたんま、龍癒庵で争い事は禁止だって !?」

「キンカモミジ、どうして貴女が白龍の龍姫と ?」

「にゃはは、クロツツジがクソ真面目だからでしょ。あーしだって休みたかったの、お守りばっかで疲れたの~」

「誰がお守りですか、こちらの苦労も知らずに本当に心配したのですよ !」

「分かった分かったから、泣くのをやめなさいな。あーしが悪者みたいじゃないのーーー」

  完全OFFモードのキンカモミジと、普段は凛としているクロツツジがオロオロしているのを見て思わず覇龍化を解いてしまう。


  それから一連の流れをクロツツジへ説明すると、キンカモミジに対し管轄院から帰投命令が出ている事を知る。

「兎に角キンカモミジ、私と一緒に戻りますよ」

「はいはい、分かりました。だけど、今日1日は水星屋に泊まる事になってるから、出発は明日にするわよ。後でクロツツジが泊まってる場所教えなさいな」

「ワタシも水星屋に滞在していますよ。リンさんに診てもらい龍癒庵へ来たのですがーーー 」


  キンカモミジにクロツツジと私という変な面子で温泉に浸かり、なんとも言えない時間を過ごす。何はともあれ、龍癒庵で湯治を済ませ宿へと戻る。


  宿へ戻ると先に戻って居たコシが想像していなかった人物と鉢合わせした事により、素振りしていた長刀を構える。

「クロツツジ、どうしてここに !?」

「安心して下さい、貴女達と今争う気はありません。それよりも、キンカモミジの横暴な頼み事を聞いて頂きありがとうございます」

「にゃはは、さっき迄泣きべそかいてたのに良く言うねぇ~」

 礼儀正しく頭を下げるクロツツジを見て、すかさず茶々を入れるキンカモミジ。そんな仲睦まじい光景を見て、思わず笑みが零れてしまう。


  私とコシにキンカモミジ、それにクロツツジを加えた四人で水星屋自慢の料理に舌鼓を打つ。

「白龍の龍姫、いえシラユリと呼ばせていただきます。龍姫の事を深く知りたいのであれば、
 東の果ての国を訪れて見てください」

「いやいや、クロツツジだけどあそこにはーーー 」

「勿論かなり危険ではあるでしょう。なにせ、龍殺しの御二家がひとつ、東の龍殺し中島家が取り仕切る地なのですから。しかし、それでも行く価値はあると思います。東の果ての国は、初代龍姫が幻神龍げんしんりゅうと契約した土地なのですからーーー 」


 初代龍姫、前におじさんに聞いた事がある。まだ龍が空を飛び交い、人はソレに怯えながら暮らしていた時代。幾千といる龍は己が力を誇示しようと、龍同士による争いが耐えず人間を含む他種族は皆疲弊していた。そんな時、それを憂いた一匹いちひきの龍と少女が出会ったーーー。


特別イラスト↓
天龍の名を持つ、二人の龍姫
左:覇龍化したキンカモミジ
右:覇龍化したアオバラ
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