龍姫伝〜白き覇者の物語〜

安藤 炉衣弩

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始まりの刻

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 ここは中世ヨーロッパまたは、中華や旧日本のような街並みや文化がある滅びに向かう世界オズカシにある、町外れの小さな一軒屋で小さな産声が上がった。

「よぉ、頑張りなさった。元気な女子じゃて、さぁさぁ抱いておやり」

  1人の老婆が毛布に包まれた赤ん坊を、流れるような銀髪が美しい女性へと渡す。

「ああ、なんて可愛い子。なんて小さな……」
 彼女が小さな左手を見た瞬間、言葉が漏れるより先に涙が漏れだしていた。

「いかがなされたかの、何処か痛む処でもお在り処 ?」
 老婆が赤子の手を観るなり、驚き腰を抜かすなり瞬く間に血の気が引いていく。
 左手の甲に、百合の花と龍が会わせたような紋章が刻まれていた。この紋章が刻まれているという事は、彼女は生まれながらにして聖なる五匹の龍に選ばれた人であって、人ではない存在。
故に彼女たちは、必然的に龍姫皇帝りゅうきこうていになり世界を〝スクウ〟為の闘いに巻き込まれていく存在。そして、それは彼女達を統括する帝立龍姫皇帝継承査問管轄院により継承の儀まで世俗から隔離し力の使い方を教えられるのが本来の姿。

 しかし、念願が叶い産んだ我が子を彼女は諦め切れずにいた。長年の苦労を知る老婆は、彼女達にある決意を伝える。

「カナタや、もう外にはおそらく査問管轄院の連中がおるじゃろうて。あやつらが、龍姫が生まれるのに勘づいておらんはずじゃからな」

ゆっくりと立ち上がると、壁に立て掛けてあった杖を手に取り玄関へと向かう。

「なに、お前さんの気持ちは痛い程分かる。じゃからな、老い先短いこのババアの意地を見せつけてやろう思うてな。少しばかり時間をかせげるじゃろうて、その隙にお前さんはその子を連れてお逃げ」

玄関へ威勢よく走っていく老婆を見た後、彼女は出産したばかりというのに赤子を連れて何処へ向かう訳でもなく走り続けた。誰の手助けも得られずに彼女は少しでも人里から離れようと、暗く深い森の中へと迷い込んでいた。

ふらつく足にムチを打ち、霞む視界を擦りながらある山小屋の前でとうとう力尽きてしまい赤子を庇うようにして、その場から動かなくなってしまった。

数時間後、小屋の主が戻ってきて彼女たちを見つける。しかし、カナタと呼ばれた女性は既に息を引き取っていたが赤ん坊はまだ懸命に生きようとしているのが目に入る。

その懸命さを見て、男は赤子を抱き上げ小屋の中へと入っていく。


十六年後――

 腰まで届くほどの栗色の髪を持つ少女が、テーブルの上に食器を並べながら男性に声を掛ける。その男性は、十六年前と変わらず男性というより青年と呼んだ方がしっくり来るほどだ。

「おじさん、私この後母さんの墓参りと買い出し行くけど欲しいものある ?」

「いつもすまないね、シラユリ。確か今日でもう16歳だったかな、帰って来たら伝えなければいけない事があるけど良いかな――」

「大丈夫だけど、おじさんがそんな事言うなんて珍しいね」

シラユリと呼ばれた少女は、木で出来たバスケットの中に献花と簡単なお供えを入れ目的地へと向かう。

家の裏にある高台から海が見える場所に、ひっそりと建っていた。名前すら分からない母親のお墓、シラユリを守る為に出産直後の身体で相当な無茶をしたとおじさんからは聞いている。

 いつも通り慣れた動作で、掃除と献花をしそっと手を会わせその場を離れる。


 家に戻ると、おじさんが分厚い書物をテーブルに置き座るよう促される。

「おかえり、それじゃあ良いかな ?」

「どうしたの、改まって――」

「始めに左手の甲を見せてくれないかな」

 左手を差しだすと、手の甲に龍と百合の花が書かれた紋章が淡白く煌めいていた。

 「シラユリ、この紋章が何を意味しているか知っているかい ?」

「そんな事まったく気にしてなかったけど、そんなに重要なモノなの  ?」

 男性はお茶をひと息に飲み干すと、徐に立ち上がり外を見ながら口に指を当て小声で何かを呟く。

「どうしたの ?」

「いや、少し聞かれると不味いと思ってね結界を周りに張っただけだよ。さて、本題にもどろうか。君の甲にある紋章の名は龍紋りゅうもん、次の龍姫皇帝になる事を許された人間に現れる。そして、現皇帝を除く五人で帝位継承を掛けて殺し合いをするんだ」

淡々と説明をされている為に、聴き逃してしまうかと思ったがある一言にシラユリは困惑する。

「殺し合い、そんな嘘でしょ。たかが、一時の帝位に命を賭けるなんてーー 」

「普通の人であるなら、それも然りだとおもうけど龍姫達に当てはめると話が違ってくる。本来なら1つの身体に魂は一つだけれど、龍姫達はもう1つの魂が同居しているんだ。そして、内に眠る龍と対話し、同調する事で人では抗えない龍の力である覇気を纏えるようになるんた」

訳が分からない、龍の魂が混在している。その力を龍と会話すれば使えるようになる。

「ちょっと待って、話が突拍子過ぎて話が入って来ないのだけどーー」

「まぁまぁ、落ち着いて、話を最後まで聞いて貰えるかな ?」

混乱する頭を落ち着かせるため、ハーブティーを飲み干し再び耳を傾ける。

「さっきも話したように、龍姫達は人では抗えない力持っているために、産まれて間もなくある施設に強制的に引き取られる」

「ある施設 ?」

「帝立龍姫皇帝継承査問管轄院、龍姫を統率し皇位継承の儀を滞りなくする為の組織。そこで、覇気の使い方や龍との対話を学んだ後16歳になった段階で帝国の5ヶ所の都市に配置される。そして、18になったと同時に継承の儀は有無を言わさずに始められる」

「待って待って、私何も知らないけどそれでも巻き込まれるの ?」

男性は静かに頷くと、自分の顔から血の気が引いていくのを感じた。だってそうでしょう、
個人の意見を聞かず、問答無用で殺し合いをするなんて考えられない。

「私殺されるよ、絶対最初の脱落者になるじゃん。ううん、絶対になる自信があるもん」

「まぁまぁ、落ち着いてそうならない為に僕が居るのだから。それに、そんな自信は捨ててしまいなさい」

「でも、いったいどうするの ?」

「今から2年間の間に、自分の中の龍と対話して覇気を扱えるようになってもらう。さらに基本的な格闘術も教えておこうと思ってる」

「2年も時間があるなら大丈夫よね、その間に様々な事を覚えれば良いのよ」

 しかし、男性は渋々と首を横に振る。2年という時間は余りにも短いのだとシラユリは直ぐに確信してしまうが本心では認めたくないのだ。

本来龍姫達は院で十余年余りにも渡り、龍の力を扱えるように調整される。さらには、能力も均一になるようにパワーバランスが平等にされているのだ。

「シラユリ、僕が教えるにしても2年というのは余りにも短い。それに恐らく、五匹目の龍を捜すため管轄院も躍起になってるだろうしね。兎にも角にも時間が無いのは事実、早速明日から調整もとい修行を始めようか」

 2年という長いようで短い時間、これがコレから始まる長い旅の始まりだとは、この時のシラユリは知る由もなかった。
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