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 魔法の教師はレオと一緒に現れたオレと妖精の姿にギョッとした様子を見せた後、カクカクと右手を胸に当て、貴族の礼をとった。王族のオレにビビっているのか妖精にビビっているのか。
 撫でつけた茶髪、口元のチョビ髭。揉み手をせんばかりのわざとらしい笑み。とても小物感ただよう教師だった。

 「急にすまないな。普段のレオの様子が知りたいだけだ。気負わずいつも通りにやってくれ」

 「殿下、お目通りが叶い、このアントン、望外の幸せにございます。聞きしに勝るその気高きお美しさ、まこと女神のごとく。私の胸の鼓動はまるで──」

 お前の胸の鼓動が早かろうが全く興味はない。──が、確かにルイは美しい。
 背中を覆う波打つ金髪に、しんとした湖の底を思わせる深緑の瞳。
 ルイになってから初めて鏡を見た時は驚いて、鏡の前でパントマイムをやらかしたもんだ。美形の真剣なパントマイム。思い出すと笑えるがその時は冷や汗が出た。
 認めよう。ルイは常に口に薔薇を咥えていそうな麗人だ。
 だが、“女神のごとく”とは男に向かっての褒め言葉としてはアウトだろ、それ。
 オレはなんとか笑みを浮かべ礼を言ったがその後はその教師と目を合わせるのを止めた。つーん。

 レオは驚いたことにオレと同じく全属性持ちだった。そして闇と光(聖)以外は既に発動できていた。
 特に雷魔法は凄まじい。小声で短く詠唱しただけで少し離れた場所に3本の雷が落ちた。

 「こわ・・・」

 オレの肩にとまったジェイドが呟く。
 オレも内心で、同じように呟いていた。ルイの3歳の頃はどうだっただろう。確か、自分の中の魔力量に体が対応できず、常に吐き気や目眩で寝込んでいたような記憶がある。
 レオは特に健康に問題がなさそうだ。それはもしかしたら早いうちから魔法を使わせて発散できているからかもしれないな。小さいのに特訓させた鬼畜の如き行為にも良い面があったわけだ。良かった。

 「レオ様はさすが勇者になられるお方。それぞれの魔法の習熟度はほぼ大人並みでございます!」

 「・・・それはすごいな」

 どんな3歳児だ。

 「おかあさまーっ!!」

 レオが満点の笑顔でこちらに駈けてくる。“ぼく、がんばったーほめてほめて”と顔に書いてある。

 「レオ!いっぱいがんばったんだな、凄かったぞ!」

 体をかがめレオを抱きとめて、思いっきり褒めた。

 それからの小一時間───。
  
 「「「・・・・・。」」」

 幼児の魔法による無双をまざまざと見せ付けられた。
 野原は焼け野原になった。


 行きと同じくレオの乗るポニーに合わせ、のんびりと馬を歩ませ、散策気分で屋敷に戻った。
 屋敷に着いたら頑張ったレオと甘いものでも食べて一息つこう、そう思っていたのだが。
 
 「旦那様がお帰りになられております」

 ベルの言葉に体が震えた。


 オレじゃない。ルイの震えだ。ルイの恐怖だ。

 「おかあさま・・・」
 
 「レオ、疲れただろ、お部屋でおやつを貰ってな」

 何か言いたそうなレオを近くの侍女に託し、ベルと共に旦那が待つという応接室へ向かった。ちなみにジェイドは“おやつ”と聞いてレオより先にすいーっとレオの部屋に飛んで行った。

 ルイは耐えた。耐えて耐えて、ようやく出産という自分の責務を終わらせた後、旦那に命令という形で北の砦に向かわせた。
 記憶の中に旦那に対し他の言葉はない。圧倒的な暴力への恐怖に歯向かう言葉も悲鳴さえ出なかったんだ。
 だったらオレが言う。熊野郎に言ってやる。ルイの心の奥に溜まった膿をぶつけてやるぜ!
 当初のオレの護衛を願い出るという目的も忘れ、ベルがドアを開けるのを待たずに勇んで勢いよくドアをバーンと開けた。

 部屋に入ると、ソファに座っていた隊服を着た大柄な男が立ち上がった。
 この熊野郎が!よくもルイを酷い目に合わせやがって!──って、待て待て!

 ・・・男は熊じゃなかった。品のある美形だった。プラチナの短い癖っ毛に深い藍色の瞳。

 「ルイ様!お呼びと聞き、不肖フィリップ・オルソン、馳せ参じました!」

 「あぁ、うん」

 さすが将軍の身体能力というべきか、一瞬躊躇したオレの前に素早く移動し、跪き、俯いたまま花束を差し出してきた。

 「どうか、受け取って下さい」

 薄いピンク色をした大ぶりな薔薇を中心にした美しい花束だ。それが大きくぶるぶると震えている。花弁が散る勢いだ。どうやって受け取れと?

 「あー、・・・っと、ベル!」

 できる侍女に丸投げしてしまった。ベルは顔色を変えることなく揺れる花束をさっと受け取り、部屋を出て行った。活けてくるつもりなのだろう。かっこいい。

 「座ってくれ、将軍」

 お互い、テーブルを挟み向かいあった。
 気付いたが、旦那の顔色が悪い。膝に置かれた手はぎゅっと握られ、目線をこちらに合わせようとしない。
 まるで断罪を待つかのような様子に、色々と文句を言ってやろうと思っていたのだが、なんとも気が削がれてしまった。
 熊というよりしょげている大型犬といった風情だ。
 困った。犬は大好きだ。特に大型犬。


 
 

 
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