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9 ガレス
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軍学校に入った当時の俺は16才の、まぁ、定職につかないゴロツキだった。
幼い頃に流行り病で家族を失くし、教会の孤児院で育った俺に世間は冷たく、定職にはつけず、日雇いや教会の敷地内の畑を耕して日々の暮らしを立てていた。
領主が変わろうとなんの興味もなかったが、新しい領主は将軍であり、王都ではなく、この北の地に住むという。そして、軍学校を作り、寮を作り、やる気さえあれば年齢も生まれも不問、と広く募ったのだった。
食うのにも困る日々だったから、タダで飯にありつけて、寝床ももらえるなら、とやって来た。
鍛練は厳しかったが、規則正しい毎日は人を真人間に戻すのか、それとも兵士としての生き方が俺には合っていたのか、悪い連中とも疎遠になり、日々兵士になるべく鍛錬と座学に明け暮れるようになった。
そうして季節が一つ過ぎた頃、将軍がちまちました、人形のような可愛らしい女の子を連れてきて、これから一緒に鍛錬する、と俺達に言い放った。
全然似てはいなかったが、燃えるような緋色の髪が将軍と同じことから娘かと推測したら、やはり娘だという。強く育てる、とガハハハと笑った将軍とは対照的に、青褪めるほど白い顔で押し黙っていた。
どう見ても無理矢理連れて来られたのは明らかだった。
──可哀想にな、脳筋の親を持つと苦労するな。
将軍は良くも悪くも真っ直ぐな質で、慣れてしまえば裏表のない好ましいとも思える人物なのだが、とにかく深く考えることのない筋金入りの脳筋だった。
これが男の子だったら、ポン、と肩を軽く叩いて慰めてやりたいところだが、女の子相手だと、そうはいかない。
「さあ、ココ。お前の場所はそこだ」
左端の一番前を将軍が指差し、ココと呼ばれた少女は俯いていた顔を初めて上げた。
紅い琥珀色の大きな瞳が、日の光を受けきらめいた。
心臓を鷲掴みにされたような衝撃を受けた。
──尊い。
我を忘れて跪きそうになった。そう感じたのは俺だけじゃなかったようで、少女の出現にざわめいていたヤロー共が、一瞬で静まり返った。
少女は短い警棒を両手で握り、びくびくしながら指示に従い、端に向かって駆けた。
本来ならご令嬢として、部屋でかしずかれている存在をこんなゴロツキの巣窟に連れて来るなんて!将軍め!俺は激しく苛ついた。
すぐに型の稽古が始まり、その日の当番の号令に従い型をなぞっていく。少女の隣には将軍が付き、型を教えている。型に合わせて声を出すのだが、「やあっ」という細い声が可愛い。
その日から、ココは軍学校一年生の“お姫様”になった。
ココの部屋を出て、宿直の為の部屋に戻る途中で、階段を上がってくる微かな音を耳が捉えた。こちらからも向かうと、見回りを任せていたヨルだった。
「隊長、特に異常はありません。・・・ですが、何か嫌な予感がするんです」
「──ああ、次の者に見回りを代わってくれ。お疲れさん」
「隊長こそ、少しは休んで下さい」
ヨルは、今年軍学校を卒業したばかりの兵士だが、体術もでき、頭も切れるので、俺の部隊に引き抜いた。今のように兵士にしては珍しく気遣いもできるヤツなので既に俺の右腕のような存在になりつつある。
そんなヨルの言う、嫌な予感はここ数日、俺も感じていたものだ。
隣の領の息子の婚礼に合わせてなのだろうが、ここ一月程商人も含め人の出入りが多い。そうなるとあちこちで何かしらの軽い事件が起きてくるのだ。
手品のトリックと一緒で、事件に目が引き付けられているときほど、裏で巧妙な仕掛けが進行していることが多い。
将軍不在の今夜、第6まである各部隊はそれぞれの持ち場を守っている。
俺の部隊は第6部隊で、どの持ち場も持たない遊撃部隊だが、今回は軍会議で頼み込んで屋敷の守りにつかせてもらった。
すんなり意見が通ったのは、そもそもがこの部隊はココの為の部隊だからだ。俺がココの為に作った。
裏表のない将軍の言動は、庶民には好印象を与えるが、貴族の中では悪目立ちしている。
消したい、とまでは思わなくとも家族を痛い目にあわせ、将軍の鼻っ柱をへし折りたいと思う貴族は多そうだ。
だから護衛だけではなく、一個部隊が必要だと将軍に説いたのだ。
ヨルと別れ、部屋で待機しようかと思ったが、踵を返しココの部屋に戻った。
将軍の失脚を狙う者、恨みを持つ者にとって、今夜は絶好のチャンス。そして狙われるのはココだろう。
──ベッドサイドの小さな灯りだけのココの部屋。
そっとココに近付けば、先程と寸分変わらない姿ですやすやと眠っていた。健やかな眠りだ。
書き物机から木の椅子をベッドの横に持ってきて座る。
さっきはココに、完璧に危機感を破壊されていたな、と思う。馬鹿みたいにココのことしか考えられなかった。もし刺客が先程の俺達を狙っていたら、たやすく事が運んだことだろう。そんなことにならなくて良かったと安堵する。
自分が敵の立場ならどう動くか、考えて動かなければ。
昔、ココが襲われた時のことが脳裏をよぎった。
幼い頃に流行り病で家族を失くし、教会の孤児院で育った俺に世間は冷たく、定職にはつけず、日雇いや教会の敷地内の畑を耕して日々の暮らしを立てていた。
領主が変わろうとなんの興味もなかったが、新しい領主は将軍であり、王都ではなく、この北の地に住むという。そして、軍学校を作り、寮を作り、やる気さえあれば年齢も生まれも不問、と広く募ったのだった。
食うのにも困る日々だったから、タダで飯にありつけて、寝床ももらえるなら、とやって来た。
鍛練は厳しかったが、規則正しい毎日は人を真人間に戻すのか、それとも兵士としての生き方が俺には合っていたのか、悪い連中とも疎遠になり、日々兵士になるべく鍛錬と座学に明け暮れるようになった。
そうして季節が一つ過ぎた頃、将軍がちまちました、人形のような可愛らしい女の子を連れてきて、これから一緒に鍛錬する、と俺達に言い放った。
全然似てはいなかったが、燃えるような緋色の髪が将軍と同じことから娘かと推測したら、やはり娘だという。強く育てる、とガハハハと笑った将軍とは対照的に、青褪めるほど白い顔で押し黙っていた。
どう見ても無理矢理連れて来られたのは明らかだった。
──可哀想にな、脳筋の親を持つと苦労するな。
将軍は良くも悪くも真っ直ぐな質で、慣れてしまえば裏表のない好ましいとも思える人物なのだが、とにかく深く考えることのない筋金入りの脳筋だった。
これが男の子だったら、ポン、と肩を軽く叩いて慰めてやりたいところだが、女の子相手だと、そうはいかない。
「さあ、ココ。お前の場所はそこだ」
左端の一番前を将軍が指差し、ココと呼ばれた少女は俯いていた顔を初めて上げた。
紅い琥珀色の大きな瞳が、日の光を受けきらめいた。
心臓を鷲掴みにされたような衝撃を受けた。
──尊い。
我を忘れて跪きそうになった。そう感じたのは俺だけじゃなかったようで、少女の出現にざわめいていたヤロー共が、一瞬で静まり返った。
少女は短い警棒を両手で握り、びくびくしながら指示に従い、端に向かって駆けた。
本来ならご令嬢として、部屋でかしずかれている存在をこんなゴロツキの巣窟に連れて来るなんて!将軍め!俺は激しく苛ついた。
すぐに型の稽古が始まり、その日の当番の号令に従い型をなぞっていく。少女の隣には将軍が付き、型を教えている。型に合わせて声を出すのだが、「やあっ」という細い声が可愛い。
その日から、ココは軍学校一年生の“お姫様”になった。
ココの部屋を出て、宿直の為の部屋に戻る途中で、階段を上がってくる微かな音を耳が捉えた。こちらからも向かうと、見回りを任せていたヨルだった。
「隊長、特に異常はありません。・・・ですが、何か嫌な予感がするんです」
「──ああ、次の者に見回りを代わってくれ。お疲れさん」
「隊長こそ、少しは休んで下さい」
ヨルは、今年軍学校を卒業したばかりの兵士だが、体術もでき、頭も切れるので、俺の部隊に引き抜いた。今のように兵士にしては珍しく気遣いもできるヤツなので既に俺の右腕のような存在になりつつある。
そんなヨルの言う、嫌な予感はここ数日、俺も感じていたものだ。
隣の領の息子の婚礼に合わせてなのだろうが、ここ一月程商人も含め人の出入りが多い。そうなるとあちこちで何かしらの軽い事件が起きてくるのだ。
手品のトリックと一緒で、事件に目が引き付けられているときほど、裏で巧妙な仕掛けが進行していることが多い。
将軍不在の今夜、第6まである各部隊はそれぞれの持ち場を守っている。
俺の部隊は第6部隊で、どの持ち場も持たない遊撃部隊だが、今回は軍会議で頼み込んで屋敷の守りにつかせてもらった。
すんなり意見が通ったのは、そもそもがこの部隊はココの為の部隊だからだ。俺がココの為に作った。
裏表のない将軍の言動は、庶民には好印象を与えるが、貴族の中では悪目立ちしている。
消したい、とまでは思わなくとも家族を痛い目にあわせ、将軍の鼻っ柱をへし折りたいと思う貴族は多そうだ。
だから護衛だけではなく、一個部隊が必要だと将軍に説いたのだ。
ヨルと別れ、部屋で待機しようかと思ったが、踵を返しココの部屋に戻った。
将軍の失脚を狙う者、恨みを持つ者にとって、今夜は絶好のチャンス。そして狙われるのはココだろう。
──ベッドサイドの小さな灯りだけのココの部屋。
そっとココに近付けば、先程と寸分変わらない姿ですやすやと眠っていた。健やかな眠りだ。
書き物机から木の椅子をベッドの横に持ってきて座る。
さっきはココに、完璧に危機感を破壊されていたな、と思う。馬鹿みたいにココのことしか考えられなかった。もし刺客が先程の俺達を狙っていたら、たやすく事が運んだことだろう。そんなことにならなくて良かったと安堵する。
自分が敵の立場ならどう動くか、考えて動かなければ。
昔、ココが襲われた時のことが脳裏をよぎった。
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