【完結】オネエ騎士の執着溺愛

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  「あら、アタシったら。──失礼しました!」

 とん、と軽やかに私を立たせてくれた。

 「この度、お嬢様のお側に仕えることになった、ガレス=ローズブレイドと申します。私、こんなにムキムキですけど、心はお嬢様と同じ繊細な女性ですの。お嬢様、これからよろしくお願いします!」

 麦の穂のようなパサパサした茶色の髪を後ろで一括りにし、誠実そうな焦げ茶の瞳を輝かせて微笑んだ。確かに言うように全身筋肉でパンパンになったような体だったが、なぜか少しも嫌悪感を抱かなかった。
 はい、採用!

 「うん。よろしくね」

 まだ驚愕から立ち直れずに口をパクパクさせる父を尻目に、私達は微笑みあった。


 それから、もう6年ほどの付き合いになるかしら。3年間の女学園時代は寮暮らしということもあって長い休みの時にしか護衛に付いてもらえなかったけど、逆にその期間の寂しいという想いがガレスへの恋慕に変わっていった。
 そう、いつからか、私は逞しいくせにオネエのガレスに恋をするようになっていたのだ。

 ──死地へと向かうがごとく、重い足取りで部屋を出る私の脳裏に走馬灯のように思い出が駆け巡る。
 私はこれから夜這いをかけるためにガレスの部屋へ向かうのだ。一度でいい。本当に好きな人と夜を過ごしたい。その一心で。いえ、あわよくば───。

 「緊張はわかりますが、そんなに悲壮感を漂わせなくても。襲うのはお嬢様の方なんですから」

 「うう・・。どう考えても上手くやれる気がしないわ」

 「心配ご無用ですわ。男は皆狼、といいますから。お嬢様はベッドに潜り込んで可愛くおねだりしたらいいんです」

 「男は皆狼・・・、ガレスはそのくくりに入るのかしら」
 
 「・・・あら」

 相手はオネエ。
 つまり。
 女性には興味がない、ということ。
 今度こそ鉛のように重くなった足が止まり、壁に手をついた。
 そもそも普通であっても、男嫌いの、女学園出の世間知らずの女が、男に夜這いをかけようだなんてどう考えても無理があるだろう。

 「・・・ガレスは男性が好きなのに」

 二重の意味で泣きそうになった。
 少し前も恋愛小説に出てくる男性について二人で語ったところだ。
 確か、読んでいた小説の中の、美形で背が高くて足が長くて髪がサラサラで優しくて成績が良くて爵位が高くて素敵なセリフばかりを言う、とにかく全てが完璧な、主人公の女の子が恋する王子様を「ステキよね~」、とため息混じりに私が呟いたのがきっかけだった。

 女性が好む恋愛小説を、もちろんガレスも読んでいて、私達は(コレットも含めて)小説を回し読みする仲なのだ。

 「んまっ、この子ったら男を見る目が無いんだから!」

 側に立っていたガレスが声を掛けてきた。普通の護衛なら気安く声を掛けてくるなんてないのだろうが、私達にはこれが通常のことだった。

 「え、なぜ?こんなに完璧じゃない?」

 「チッチッ、物語の中だからこそ許されるヤローよ。いいこと?現実にこんな男がいたら要注意よ!完璧と引き換えに何か大きな欠点、いえ、欠陥があるに違いないのよ!アタシはこんな男ゴメンだわ」

 「ふーん、じゃあ、主人公はもう一人の男の子とくっついた方が幸せになれるのかしら」

 この小説にはもう一人、主人公に恋する騎士の男の子が登場する。この男の子も格好良くてとてもモテるのだが、口下手で女心がわからない不器用な一面があるのだ。

 「アタシから言わせればその男の子はマザコンよ。騎士のくせにトロすぎるわ。仕事以外では全部、家族か従者にお世話してもらっているんでしょうね。自分のことができない子に人を幸せにすることができるわけがないわ。つまり、その子もアウトよ」

 し、辛辣・・・。

 「ガレスにかかると世の中の男はみんな及第点に達しないみたいね。ちなみに、ガレスはどんな男性がいいと思うの?」

 「──そうね、まず。男は筋肉よ!」

 「筋肉・・・」

 ガレスは、ぶん、と大きく腕を振り、私の前で大きな力こぶを作った。

 「あとは、優しさとユーモア。外見じゃないのよ男は!」

 「なるほど。じゃあ、ガレスは自分みたいな人がタイプなんだね。全て当てはまるもの」

 「──タイプ・・・。ええ、ま、そうね。アタシほどの男はそうはいないわよ?──ど、どうかしら」

 「うん!ガレスはとっても素敵よ!──私は筋肉は苦手だけど、ガレスには、ガレスみたいなお陽様のような人が似合うわ」

 珍しく俯きながらもちらちらこちらを見るガレスを褒めちぎった。その後ガレスは、がくり、と一瞬肩を落としたのだけど。それはきっと、私が“筋肉が苦手”だなんて失言してしまったからよね。
 気付いて、“でも、ガレスの筋肉なら苦手なんかじゃないわ、とっても綺麗だもの”と言いたかったけど、そのまま“ガレス、だーい好き!”って続けちゃいそうな自分を感じて、口を噤んだのだった。
 


 「コレット、こんな計画上手くいくはずがないわ」

 私はガウンの裾を掴み、中に着込んだというか羽毛のように纏わせている夜着であって夜着ではないものを思った。

 「大丈夫ですって」

 今や壁に向かって立ったまま突っ伏してしまった私にコレットはあくまで軽く言う。

 「どこをどう取っても大丈夫なところなんて見当たらないけど」
 
 そもそも私には、筋肉も優しさもユーモアもない。男性でもない。暗い、嫁き遅れの女だ。

 「私ってば、ガレスの好みとは程遠いわ・・・」
 
 「やれやれ、んじゃ、止めますか?今夜を逃したらもうチャンスなんて無いかもしれませんが」

 
 
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