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「お父様、お母様をお連れしました。おじ様、お待たせしました」
神殿の脇にある社務所へ入ると、縦長の広い空間のうち、手前の8畳程が畳敷きになっていて、テーブルを挟んで風雅と見知らぬ小柄な、頭頂部の眩しい好々爺といった感じのおじいちゃんが向かい合って座っていた。
「来たか、真白」
嬉しそうにする風雅にうなずき、差し出される手を取り隣に座る。
そして座った後に、なにこの流れ!と、ハッとするのだ。
親密そうにぺたりと並ぶオレ達に向かいのおじいちゃんは目をうるませ感激していた。
「おお、兎様!ようお戻りになられました!父はこの日を待ちわびておりましたぞ!」
父!?
はじめましてと頭を下げかけたまま、まさかの言葉に戸惑う。
「たなかさん、さっき話したように真白は、何一つ覚えちゃいないんだ」
「そうでしたのう。あまりにも在りし日のお二人と重なりましてな」
だよな、こんな近くに座っちゃ記憶がないって言っても信じないって。
そう思うんだけど、風雅の手ががっつり腰を掴んでいて身動きが取れない。下手に動けば膝に乗せられる気がするし。
「真白、こちらの方はたなかさんといってな、氏子の総元締めでもあるし、俺達にとっては結婚の際に尽力してくれた、えらく御恩のあるお方なんだ」
「ほほ、えらく持ち上げましたな。兎様、私は参道で和菓子屋を営んでおります“たなか”。妖怪、小豆洗いでございます」
その妖怪の名前、聞いたことある!カッコいい!
まるでヒーローに会えたかのように気分が上がった。
「兎様はこちらにお輿入れなさる前にうちの養女となりまして。形だけのことではありましたが、それでも一週間程うちで一緒に過ごさせて頂きました。私のことを“お父様”と呼んでくださいましてなあ。あの頃の兎様は御山を下りたばかりでこちらの暮らしが色々不思議だったようで、よう私に尋ねておいででした」
たなかさんの目に光るものがある。ずっと兎の真白を心配していたのだろう。
優しい人だな。お蝶ちゃんが懐くのもわかる。きっと兎の真白もこの人、いやあやかしに懐いていたのだろう。
「大神様へのご挨拶はもうお済みですかな?」
お蝶ちゃんの淹れてくれた緑茶と、たなかさんの持ってきてくれた大福を頂きながらの昔話が一段落したところで、たなかさんにそう切り出された。
「いや、・・・真白の記憶が戻ってからと思っていたんだが、・・・それに、あの時、真白を探していた俺に大神様は何も手を貸しては下さらなかったのが気にかかっていてな」
「──そうでしたな。しかし、何か事情があったやもしれません。兎様がいなくなってから、大神様はどなたともお会いしていないようですし。あまり先伸ばしせず行かれるのがよろしいかと」
「ああ、だがいつにするかな、悩ましいな。真白のことを他の奴らに極力見せたくねえ」
「はあ、北の黒丸ですかの」
「まあ、大きな声では言えないがな。あの男には二度と真白を会わせたくねえ」
会話に出てきた“黒丸”という言葉に胸がドキンと波打ち、息苦しくなった。
「真白?」
座っているのに倒れそうになっていると、風雅が気付いて抱きしめてくれた。
「ん、だいじょぶ」
髪の毛に潜って遊んでいた鳥居達もお腹の辺りに集まって、心配そうにこちらを伺っている。大丈夫だよ、と手のひらに鳥居達を包み、風雅の匂いを大きく吸い込んだ。
「・・・その、北の黒丸、って、何なんですか?」
「・・ええ、ですが兎様、お顔の色が悪いようですし、この話はまたにした方が良くはないですかな」
たなかさんの言葉にふるふると首を振る。
たなかさんが心配してくれてるのはありがたかったが、オレはどうしても今、聞きたかった。
オレは記憶を取り戻したい。
風雅とお蝶ちゃんと本物の家族になりたい。
ここに来て一週間。
向こうの家族との距離を悲しく思うけど、こちらの人々、いやあやかし達みんなを大好きになっていたから。
“北の黒丸”
心臓がドキドキと早鐘を打っている。
そのワードに、真白の失踪の鍵があると感じた。
「北の黒丸、ってえのは北にある黒丸神社のことよ。こんな話、おめえにはしたくなかったがなあ。そこの宮司の叶翔(かなと)はおめえに横恋慕してたのよ。表向きはそんな気配は見せていなかったが俺にはわかっていた。
どんなきっかけがあったのかまではわからねえが、あの日、おめえを手に入れるチャンスがあったんだろうよ。
真白、おめえは叶翔から逃げるために命を捨て、人界に転生した、俺はそう思っている」
「ですが白丸様。何一つ証拠がありませんのでなあ」
「あの日、真白は御山で行方をくらました。そしてその日、御山に出入りしたのは黒丸の夫婦だけだ。──それに、今、記憶のない真白がこんなにも動揺しているのが何よりの証拠じゃねえかい?」
横恋慕・・・、黒丸神社の宮司がオレに?黒丸の夫婦、って言ってたよ?奥さんがいたのにオレに何かしようとした、ってこと?
「・・ですが、叶翔おじ様はそんな無体な事をなさるお方には見えません。そう何度もお会いしたわけではありませんけど」
遠慮がちにお蝶ちゃんが発言した。小さい頃、何度か会ったことがあるらしい。
「ふうむ。黒丸殿は人格者として有名ですからの」
「ちいっ。たなかさんもそう思うのかい?どいつもこいつも騙されてやがる」
「・・・オレ、その人に、黒丸神社の宮司、叶翔?に会ってみたい」
神殿の脇にある社務所へ入ると、縦長の広い空間のうち、手前の8畳程が畳敷きになっていて、テーブルを挟んで風雅と見知らぬ小柄な、頭頂部の眩しい好々爺といった感じのおじいちゃんが向かい合って座っていた。
「来たか、真白」
嬉しそうにする風雅にうなずき、差し出される手を取り隣に座る。
そして座った後に、なにこの流れ!と、ハッとするのだ。
親密そうにぺたりと並ぶオレ達に向かいのおじいちゃんは目をうるませ感激していた。
「おお、兎様!ようお戻りになられました!父はこの日を待ちわびておりましたぞ!」
父!?
はじめましてと頭を下げかけたまま、まさかの言葉に戸惑う。
「たなかさん、さっき話したように真白は、何一つ覚えちゃいないんだ」
「そうでしたのう。あまりにも在りし日のお二人と重なりましてな」
だよな、こんな近くに座っちゃ記憶がないって言っても信じないって。
そう思うんだけど、風雅の手ががっつり腰を掴んでいて身動きが取れない。下手に動けば膝に乗せられる気がするし。
「真白、こちらの方はたなかさんといってな、氏子の総元締めでもあるし、俺達にとっては結婚の際に尽力してくれた、えらく御恩のあるお方なんだ」
「ほほ、えらく持ち上げましたな。兎様、私は参道で和菓子屋を営んでおります“たなか”。妖怪、小豆洗いでございます」
その妖怪の名前、聞いたことある!カッコいい!
まるでヒーローに会えたかのように気分が上がった。
「兎様はこちらにお輿入れなさる前にうちの養女となりまして。形だけのことではありましたが、それでも一週間程うちで一緒に過ごさせて頂きました。私のことを“お父様”と呼んでくださいましてなあ。あの頃の兎様は御山を下りたばかりでこちらの暮らしが色々不思議だったようで、よう私に尋ねておいででした」
たなかさんの目に光るものがある。ずっと兎の真白を心配していたのだろう。
優しい人だな。お蝶ちゃんが懐くのもわかる。きっと兎の真白もこの人、いやあやかしに懐いていたのだろう。
「大神様へのご挨拶はもうお済みですかな?」
お蝶ちゃんの淹れてくれた緑茶と、たなかさんの持ってきてくれた大福を頂きながらの昔話が一段落したところで、たなかさんにそう切り出された。
「いや、・・・真白の記憶が戻ってからと思っていたんだが、・・・それに、あの時、真白を探していた俺に大神様は何も手を貸しては下さらなかったのが気にかかっていてな」
「──そうでしたな。しかし、何か事情があったやもしれません。兎様がいなくなってから、大神様はどなたともお会いしていないようですし。あまり先伸ばしせず行かれるのがよろしいかと」
「ああ、だがいつにするかな、悩ましいな。真白のことを他の奴らに極力見せたくねえ」
「はあ、北の黒丸ですかの」
「まあ、大きな声では言えないがな。あの男には二度と真白を会わせたくねえ」
会話に出てきた“黒丸”という言葉に胸がドキンと波打ち、息苦しくなった。
「真白?」
座っているのに倒れそうになっていると、風雅が気付いて抱きしめてくれた。
「ん、だいじょぶ」
髪の毛に潜って遊んでいた鳥居達もお腹の辺りに集まって、心配そうにこちらを伺っている。大丈夫だよ、と手のひらに鳥居達を包み、風雅の匂いを大きく吸い込んだ。
「・・・その、北の黒丸、って、何なんですか?」
「・・ええ、ですが兎様、お顔の色が悪いようですし、この話はまたにした方が良くはないですかな」
たなかさんの言葉にふるふると首を振る。
たなかさんが心配してくれてるのはありがたかったが、オレはどうしても今、聞きたかった。
オレは記憶を取り戻したい。
風雅とお蝶ちゃんと本物の家族になりたい。
ここに来て一週間。
向こうの家族との距離を悲しく思うけど、こちらの人々、いやあやかし達みんなを大好きになっていたから。
“北の黒丸”
心臓がドキドキと早鐘を打っている。
そのワードに、真白の失踪の鍵があると感じた。
「北の黒丸、ってえのは北にある黒丸神社のことよ。こんな話、おめえにはしたくなかったがなあ。そこの宮司の叶翔(かなと)はおめえに横恋慕してたのよ。表向きはそんな気配は見せていなかったが俺にはわかっていた。
どんなきっかけがあったのかまではわからねえが、あの日、おめえを手に入れるチャンスがあったんだろうよ。
真白、おめえは叶翔から逃げるために命を捨て、人界に転生した、俺はそう思っている」
「ですが白丸様。何一つ証拠がありませんのでなあ」
「あの日、真白は御山で行方をくらました。そしてその日、御山に出入りしたのは黒丸の夫婦だけだ。──それに、今、記憶のない真白がこんなにも動揺しているのが何よりの証拠じゃねえかい?」
横恋慕・・・、黒丸神社の宮司がオレに?黒丸の夫婦、って言ってたよ?奥さんがいたのにオレに何かしようとした、ってこと?
「・・ですが、叶翔おじ様はそんな無体な事をなさるお方には見えません。そう何度もお会いしたわけではありませんけど」
遠慮がちにお蝶ちゃんが発言した。小さい頃、何度か会ったことがあるらしい。
「ふうむ。黒丸殿は人格者として有名ですからの」
「ちいっ。たなかさんもそう思うのかい?どいつもこいつも騙されてやがる」
「・・・オレ、その人に、黒丸神社の宮司、叶翔?に会ってみたい」
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