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哀の話

天国のやっちゃん

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私に初めて彼氏が出来たのは中学二年の冬。

相手は学年ひとつ上の先輩。



突然告白シーンから始まる。


先輩の受験が無事に終わったあとに
学校の傍にひっそりと佇む神社の境内に呼び出した。


「ずっと好きでした!…卒業式に第2ボタンをもらっていいですか?」


ドッドッドッ……ドキ…ドキ…ドキ…


尋常じゃない心臓の高鳴りを今でも覚えている。


太陽が西に傾いて、ふたりの頬をさらに赤く染める。


「ありがとう。…うん、わかった。僕ので良ければ…」


今思うと、このときの先輩は
「とりあえず」って感じだったんだろう。



携帯やスマホがなかった時代の
ピュアな、お付き合いだった。



私が彼を好きになったきっかけを話してこうと思う。



放課後の図書室へ行くのが日課だった私。

好きな作家は江戸川乱歩やアガサ・クリスティ。

その本たちの貸し出し履歴には必ずと言ってもいいほど
私と彼の名前があった。


「この人とは本の趣味が合うな~」


よく見ると懐かしさを感じる名前。


誰だっけ?
昔から知ってたような気がする。


「あっ、もしかしてお兄ちゃんの友達?」


おてんばだった私は
昔から兄の友達に交ざって、野球や木登りをよくしていたものだ。



「やっちゃんだ!」

兄の友達の中のひとり、
あのやっちゃんに違いない!


夕飯時にさりげなく兄にこう訊いてみた。


「やっちゃんって、佐藤康隆やすたかっていったっけ?」


「どうした?そうだよ、康隆がどうかした?」

「ううん?何でもない、ありがと!」


やっぱり、そうだった!


兄と同じ陸上部所属で、中距離を颯爽と走る姿をグラウンドで友達と見ていた。

視力が悪い私は、それが佐藤先輩と知らずに惹かれていたのだ。


そして、習字展覧会で優秀な成績を残す綺麗な字体。


穏やかな物腰。


クラスの中心にいた兄と違い、
無口だけどすごく真面目で、友達を大切にする人。


5つ離れた弟くんがいたっけ。

やっちゃんは近所のグラウンドで
兄弟でキャッチボールやサッカーをして遊んであげてた。


そう考えたら、やっちゃんのことを私はわりと知っていることに気付いた。


年月をゆっくり重ねていきながら
やっちゃんのことを好きになっていってたんだ。


兄に改めての紹介を頼み、
やっちゃんに私を再認識してもらった。


お互い、おとなしくて口下手ということもあって、
手紙を下駄箱で交換しあった日々。

「先輩、秋の大会頑張ってください。応援しています!」

「ありがとう。頑張って、いい成績残すから!」


「A高合格おめでとうございます!」

「うん!ありがとう。よかったら来年同じ学校ところ来てね」



そして……

卒業式にやっちゃんから第2ボタンと名札、そして応援メッセージの書いてある手紙をもらった。


「高校行っても会えるから!」

そう言って、やっちゃんは卒業証書の入った筒を左右に降って笑顔で去っていった。


今度は私が受験に追われる立場になった。

もちろんだけど、やっちゃんがいるA高に合格出来る頭もない(苦笑)


そして、やっちゃんとは自然に会わなくなり
恋は淡いまま終わった。



それから何年経ったのだろう。
再会は思いもよらない展開で突然やってきた。



変わり果てた26才のやっちゃん。

会社の同僚に恋愛による怨恨により
殺害されてしまったのだ……。


しかも、遺体をバラバラにされ、某県の湖に遺棄されて……。


やっちゃんのことはバラバラ殺人事件として、テレビニュースで報道され、
兄のところに新聞社などからインタビューがきた。


私は現実としてこのことを受け入られずに
ただ呆然とするだけだった。



………冗談でしょ?


やっちゃんが殺された?


………そんなの、信じられないよ。


こんな地獄を見るほどの悲しいことなのに、
涙は一滴も零れない。


そんな自分自身に驚いた。



翌日、やっちゃんの自宅へ足早に向かうと
大勢の報道陣がいて憔悴しきっている家族に追い討ちをかける。

やっちゃんのお母さんの号泣している姿を見て私はやっと現実に引き戻された。


「やっちゃん…やっちゃん…う、う、う……」


まだ26才で突然天国に逝ってしまったやっちゃん。





そして。
あれからもう13年も経ったんだね。


兄からもらった中学校の卒業アルバムには
埃の匂いと懐かしさか詰まっている。


開くと、
そこには私にとって初めて真剣に好きになった人が
照れ臭そうに笑っている。


アルバムが色褪せていったとしても
やっちゃんとの思い出は今後も色褪せることはないだろう。



やっちゃん

天国でも笑顔でいてくれてますか?



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