上 下
92 / 97
番外編①

ポッコチーヌ日記

しおりを挟む
 どんどんと体に力がみなぎり自然と身体が起き上がる。どうやら朝が来たようだ。
 僕はとんとんとカーテンを頭でノックする。
 やがて、外から光が差し込み、親友の声が聞こえてきた。

『おはよう、ポッコチーヌ。今朝も元気だな』
『おはようマックス。僕の元気はすなわち君の元気だよ。おめでとう!』

 親友の温かい掌が、そっと布越しに身体を撫でる。

『少し元気すぎるくらいじゃないか?』
『昨晩は二回しかしてないからね!出し切ってないんだよ。しかも更に補充されちゃったみたいだ。出たい出たいって騒ぐんだ。すっかり起こされちゃったよ。ねえ、何とかしてくれるよね?』
『……夜まで我慢できないのか?』

 親友の声に僕は大げさにがっかりし、拗ねて見せた。

「いやだよ……ランマルソーに会いたい。ランマルソーにこのミルクを届けなきゃ」
「しかし、ランマルソーの母体はまだ睡眠中だ」
「起こしてよ。マックスが耳の後ろを舐めて、おっぱいをいい感じに揉めば目を覚ますはずだよ」
「寝ぼけたゲルダから鳩尾に肘を入れられることがあるのだが……あれは、結構効くのだ。胃の中のものが全部出そうになる」
「挫けちゃだめだマックス!僕を何度もマンゴマム洞窟へ突入させて鍛えるって約束してくれたじゃないか!」

 僕はいきり立った。マンゴマム洞窟はそれはそれは、恐ろしいところなのである。僕はまさに命がけで、毎回あの難所に挑むのだ。
 僕は脳裏に焼き付いた光景を思い浮かべる。すると、身体に染みついているあの感触が、否が応なく蘇ってきた。僕は歯を食いしばり理性を保つ。そして、込み上げてくるものを意志の力でねじ伏せた。これ以上ミルクに侵食される訳にはいかない。

 なんたって僕は、王国騎士団最強剣士の親友であり彼の一部なのである!
 もう二度と、志半ばで挫折し果てるなど許されない……!

 僕はゆっくりと深呼吸をした。
 シミュレーションを始めるためだ。マックスに余裕がある時は、なるべく行うようにしている。
 事前に様々な想定をしておけば、予想外の出来事にも対処できるというものだ。

 マンゴマム洞窟の奥からは、今日も甘い匂いが立ち上り、入口はトロトロとした蜜で濡れそぼっている。僕は、思いっ切り突入して奥まで一気に駆け抜けたい気持ちを懸命に堪える。
 ゆっくり進まないと拒まれることもある。そして、たとえ奥へと到達したとしても、簡単にミルクを零してはならない。一回で果てるのは意気地のないことであり、ランマルソーとマンゴマム洞窟をがっかりさせてしまうのだ。
 そう、僕は洞窟の中を何度も往復する必要がある。決して焦ってはいけない。体力と気力を温存しつつ慎重に、尚且つ力強く壁を擦りながら行ったり来たりを繰り返す必要があるのだ。

 柔らかくも窮屈な穴に僕は意を決して飛び込む。
 何度も往復するうちにその壁はうねうねとうねり出す。
 そうなるともうたいへんだ。それはもう、大声で叫び出したくなるほどの心境だ。
 しかも込み上げてくるミルクを吐き出さぬよう我慢しなきゃならないのだから、並の精神力ではできない偉業なのだ。
 果たして、マックスは僕の苦労を真実わかっているのだろうか。
 きゅうきゅうと締め付け撫で上げる壁の中を、正気を失わずに果敢に進む僕は、すごいと思う。
 それこそ勲章を授けて貰いたいほどだ。

 けれど、それだけ我慢をしてもこの任務に挑むには訳がある。

 マックスから発射命令が下されたらば、僕はすぐさま行動を起こす。
 最奥で僕を待つ恋人の下へ駆けつけるのだ。

 ああ、僕の愛しのランマルソー。

 そして、彼女に迸るミルクを渡すのだ。

 もう、その瞬間の素晴らしいことと言ったら!

 何度経験しても、僕は感極まってしまう。
 毎回溢れんばかりに渡す僕のミルクはランマルソーの中には大抵収まりきらず、こぼれたそれは、洞窟の床をべちょべちょに濡らす。
 けれど、それでもランマルソーは幸せそうで。
 とても美味しそうにミルクを飲み干してくれるんだ。

 僕はその尊い光景を見つめ、最高の幸せに包まれながらぐったりとした身体を横たえる。
 そして、マンゴマム洞窟はそんな僕を労うようにゆらゆらと揺れながら包んでくれるのだ。

 この幸せを味わう為なら、僕は幾度となく立ち上がってみせる。僕もマックスも幸い健康で、ミルクの精製だって盛んに行える。タンクへの充填は万全、いつだって満タンだ!

 さあ、今日は何回ミルクの運搬をできるかな?
 三回かな、四回かな?それとも前人未到の五回……




「……何ですかこれは」

 ゲルダはそのえんじ色の冊子を掲げ、普段よりワントーン低い声で訊ねた。
 しかし、問われた夫は、妻の醸し出す不穏な空気に気付かない。
 そればかりか美しい顔に無邪気な笑顔を咲かせ、はきはきと答えてみせた。

「ポッコチーヌ日記だ!」
「……ほう、ポッコチーヌ様の日記だとおっしゃる」

 ゲルダは冊子を手に持ったまま腕を組む。眉間に皺を寄せ、ベッドに腰掛ける夫を見つめた。

「どうだった?中々良く書けているだろう?」
「どうだったって……いったい何の目的でお書きになられたのかお聞きしても?」
「ゲルダとの素晴らしい性交の体験を、是非とも書き残しておきたかったのだ」
「だからってなにもポッコチーヌ様に語らせることはないでしょう。あの方は陰茎ですよ!」
「ポッコチーヌは神秘的なゲルダの中を至近距離で知る唯一の存在だ。ポッコチーヌの目線で書いたなら、きっと官能的で臨場感のある作品に仕上がると思ったのだ」

 日記に臨場感なんぞ必要ない。つか、もう作品って言っちゃってるし。
 ゲルダは無言でマクシミリアンを見下ろす。夫は視線を逸らし、もじもじと身体を動かした。

「それに、いずれ俺たちに子供が出来たら、読み聞かせなど……」

 あれを……!
 ふざけた名前の陰茎が、命がけの任務と称して性交に励む猥褻な物語を、子供に読んで聞かせるというのか!

「性教育の一環として……」

 いやいや……あかんて。それ変人教育、不要、絶対ダメ!断固阻止!!

「そうだ、ニコライに挿絵を頼もうか。ああ見えて美術の成績は良かったはずなのだ」

 喜んで引き受けそうで怖いな。
 そして、それを面白おかしく騎士団中に喋りまくるに違いない。
 いや、作品を執務室に飾るとか言い出すかも……ポッコチーヌ肖像画……いかんいかん、絶対却下!!

「これは、私が責任をもって保管いたします」
「まだ書きかけなのだが。これから体位ごとに短編を増やしていくつもりだったのだ。後背位、対面座位、騎乗……」
「させるかぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーー!!」

 ゲルダは書きかけの『ポッコチーヌ日記』を握りしめて部屋を飛び出した。
 そして、何重にも梱包し、幾つものトラップを施した上で、納戸の奥の屋根裏へとしまいこんだ。

 (どうか、見つかりませんように……)

 額の汗を拭いながら、神に祈るゲルダであった。

 
 数年後、ガルシア家の次男が屋敷を探検中、納戸の屋根裏で怪しいものを発見した。
 彼はその戦利品を意気揚々と頭の上に掲げ、兄弟らの元へ持ち帰った。
 何重にも包まれていた布や紙や藁をはぎ取れば、中から現れたのは、えんじ色の表紙で装丁された薄い冊子。
 覗き込む兄弟。思いもがけぬお宝の発見に、それぞれが瞳を輝かせて顔を見合わせた。
 ページをめくる役は暗黙のうちに御年12歳の長男に決まり、4人の弟がそれを取り囲む。
 皆、期待に身を上下に弾ませながら長男を見守った。


 数百年の歴史を誇るガルシア家。この家に生れる男子には、妙な掟がある。

 それは、『男子たるものはすべからく、自分の陰茎に命名し会話するべし』といったものである。
 家内安全、子孫繁栄の祈りが込められているといった説を唱える者もいるが、結局のところ、このみょうちくりんな行為の意図は誰も知らない。

 しかし、初代マクシミリアン・ガルシアの陰茎ポッコチーヌを筆頭に、その後に誕生した子孫男子一人も余すことなくその陰茎の名を記した記録は、今でも大切に保管され、継承されているのだという。



 『ポッコチーヌ日記』おしまい
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

麗しのシークさまに執愛されてます

こいなだ陽日
恋愛
小さな村で調薬師として働くティシア。ある日、母が病気になり、高額な薬草を手に入れるため、王都の娼館で働くことにした。けれど、処女であることを理由に雇ってもらえず、ティシアは困ってしまう。そのとき思い出したのは、『抱かれた女性に幸運が訪れる』という噂がある男のこと。初体験をいい思い出にしたいと考えたティシアは彼のもとを訪れ、事情を話して抱いてもらった。優しく抱いてくれた彼に惹かれるものの、目的は果たしたのだからと別れるティシア。しかし、翌日、男は彼女に会いに娼館までやってきた。そのうえ、ティシアを専属娼婦に指名し、独占してきて……

異世界転移したら、推しのガチムチ騎士団長様の性癖が止まりません

冬見 六花
恋愛
旧題:ロングヘア=美人の世界にショートカットの私が転移したら推しのガチムチ騎士団長様の性癖が開花した件 異世界転移したアユミが行き着いた世界は、ロングヘアが美人とされている世界だった。 ショートカットのために醜女&珍獣扱いされたアユミを助けてくれたのはガチムチの騎士団長のウィルフレッド。 「…え、ちょっと待って。騎士団長めちゃくちゃドタイプなんですけど!」 でもこの世界ではとんでもないほどのブスの私を好きになってくれるわけない…。 それならイケメン騎士団長様の推し活に専念しますか! ―――――【筋肉フェチの推し活充女アユミ × アユミが現れて突如として自分の性癖が目覚めてしまったガチムチ騎士団長様】 そんな2人の山なし谷なしイチャイチャエッチラブコメ。 ●ムーンライトノベルズで掲載していたものをより糖度高めに改稿してます。 ●11/6本編完結しました。番外編はゆっくり投稿します。 ●11/12番外編もすべて完結しました! ●ノーチェブックス様より書籍化します!

宮廷魔導士は鎖で繋がれ溺愛される

こいなだ陽日
恋愛
宮廷魔導士のシュタルは、師匠であり副筆頭魔導士のレッドバーンに想いを寄せていた。とあることから二人は一線を越え、シュタルは求婚される。しかし、ある朝目覚めるとシュタルは鎖で繋がれており、自室に監禁されてしまい……!? ※本作はR18となっております。18歳未満のかたの閲覧はご遠慮ください ※ムーンライトノベルズ様に重複投稿しております

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

孕まされて捨てられた悪役令嬢ですが、ヤンデレ王子様に溺愛されてます!?

季邑 えり
恋愛
前世で楽しんでいた十八禁乙女ゲームの世界に悪役令嬢として転生したティーリア。婚約者の王子アーヴィンは物語だと悪役令嬢を凌辱した上で破滅させるヤンデレ男のため、ティーリアは彼が爽やかな好青年になるよう必死に誘導する。その甲斐あってか物語とは違った成長をしてヒロインにも無関心なアーヴィンながら、その分ティーリアに対してはとんでもない執着&溺愛ぶりを見せるように。そんなある日、突然敵国との戦争が起きて彼も戦地へ向かうことになってしまう。しかも後日、彼が囚われて敵国の姫と結婚するかもしれないという知らせを受けたティーリアは彼の子を妊娠していると気がついて……

皇帝陛下は皇妃を可愛がる~俺の可愛いお嫁さん、今日もいっぱい乱れてね?~

一ノ瀬 彩音
恋愛
ある国の皇帝である主人公は、とある理由から妻となったヒロインに毎日のように夜伽を命じる。 だが、彼女は恥ずかしいのか、いつも顔を真っ赤にして拒むのだ。 そんなある日、彼女はついに自分から求めるようになるのだが……。 ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

【R18】幼馴染な陛下と、甘々な毎日になりました💕

月極まろん
恋愛
 幼なじみの陛下に、気持ちだけでも伝えたくて。いい思い出にしたくて告白したのに、執務室のソファに座らせられて、なぜかこんなえっちな日々になりました。

R18、アブナイ異世界ライフ

くるくる
恋愛
 気が付けば異世界。しかもそこはハードな18禁乙女ゲームソックリなのだ。獣人と魔人ばかりの異世界にハーフとして転生した主人公。覚悟を決め、ここで幸せになってやる!と意気込む。そんな彼女の異世界ライフ。  主人公ご都合主義。主人公は誰にでも優しいイイ子ちゃんではありません。前向きだが少々気が強く、ドライな所もある女です。  もう1つの作品にちょいと行き詰まり、気の向くまま書いているのでおかしな箇所があるかと思いますがご容赦ください。  ※複数プレイ、過激な性描写あり、注意されたし。

処理中です...